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37.難しい注文を受けました

「ではダブルで。少し濃い目がいいな。」


 着替えたあとは銀座のホステスに必要な知識ということでウイスキーの水割りの作り方だそうだ。


 舞台の上にはいろんな形のグラスや氷やミネラルウォーターといった基本的なものから料理で使うような道具まで置いてあった。


「質問してもよろしいですか?」


 まずは監督さんから注文が入る。陽子さんのお店でテーブルに置いてある銘柄を指定された。


「いいぞ。なんでも聞いてくれ。」


「今までで最高に美味しかった水割りは何処で飲んだものですか?」


「そうだな。いきつけのバーで馴染みのホステスたちに囲まれて、ママさんに作って貰ったものだな。」


 以外と俗物のようだ。しかし一番面倒な注文だな。基本に忠実な作り方にするしか無さそうだ。


「解りました。ありがとうございます。」


「それは何だね。」


「何ってデジタルスケールですけど。料理の基本は計ることですから。ダブルということはシングルの倍の量ですから60ミリリットルでしょ。液体なんでほぼ60グラムですよね。」


 ヒデタカのために料理が出来る彼女を演じるのが目的だ。原点に立ち返り、ここで少しはアピールしてみるのもいいんじゃないだろうか。


「おいおい。それをバラしてしまうのかね。対戦相手がいるんだぞ。」


 16歳の子供が変に詳しかったらオカシイから一般的知識にしてしまおうという作戦だ。放っておいてほしい。


「えっ。一般的知識ですよね。だいだい2.5倍の水で薄めるのが普通だから濃い目は2倍の120ミリリットルです。」


「おいおい。それもバラしてしまうのかね。対戦相手はまだ作ってないんだぞ。」


 もちろん聞こえるように言っている。未成年がそんな基礎知識で躓いて面白がろうというのだろう。意地が悪いな。


「お店で作って貰ったときのグラスはこれですよね。これに氷を入れて、デジタルスケールをゼロにリセットして水を入れて・・・あれっ・・・監督さん。160ミリリットルしか入らないみたいですので45ミリリットルのジガーでお作りしてもよろしいでしょうか。」


 オカシイと思ったんだ。ホステスのいるような店に置いてあるグラスで作れる水割りのウイスキーの量はシングルからジガー辺りのはずだ。ダブルの量で水を足せば溢れていた。


 意地悪問題だったのだろうか。


「なんだと。あの店ではいつもダブルで請求されているのに騙されたのか?」


 違ったようだ。会場内から笑いが巻き起こる。拙い。監督さんに恥を掻かせてどうする。


「そのママさんの指が細いのでしょ。」


 グラスの下に指を添えてみる。


 陽子さんのお店でも、知ったかぶってダブルの水割りを頼む客が居るんだそうだ。そういう場合は指を2本重ねて計る振りをしながら1.5本分の量のウィスキーを注ぐのだという。


「おお確かにそうやって計っておったな。それは何だね。」


「何ってザルですけど。」


 どう考えても見れば解るものばかり使っているつもりだ。わざわざ質問するなよな。


「何に使うんだね。」


「氷が勿体無いので再利用します。」


 程よくグラスが冷えたところでザルの上に水と氷をあけた。そして大きい氷のみをグラスに戻す。氷はロック氷を使ったのだがシロウトが割ったせいか粉々になった氷が浮いていたのだ。


 陽子さんのお店では内部までヒビが入ってしまった氷は捨てるのだという。粉々になった氷が口に入ると不味いらしい。


 デジタルスケールにグラスを戻してゼロにリセットして45グラムになるまでウイスキーを注ぎマドラーで良く混ぜる。そのままミネラルウォーターを注ぐよりはウィスキーを冷やしてから注いだほうが美味しいらしい。この辺りは陽子さんのお店のバーテンダーさんに教えて貰った知識だ。


 さらに135グラムまでミネラルウォーターを注ぎ入れ、マドラーで10回混ぜれば出来上がりだ。


 出来上がった水割りのグラスについた水滴をおしぼりで拭いてから、監督さんの前に置いてあったコースターの上に置いた。この辺りは陽子さんのお店で習った手順通りだ。


「さあどうぞ。召し上がってください。」


 ニッコリ笑って声を掛けることも忘れずにやっておく。


「おおっ。これだ。これこれ。・・・いつもよりも美味しい。ありがとう。」


 ザルやデジタルスケールを使った水割りが美味しいとは思わなかったのだろう。驚きの声をあげ、褒め称えてくれた。まあ絶対に銀座のバーではできない作り方だ。


「こちらも出来ました。どうぞ。」


 隣に上条さんの作った水割りが差し出される。


 こっちはなかなか個性的だ。きっと劇場のドリンクコーナーから持ってきた氷なのだろう。クラッシュアイスが使われていた。これならばウイスキーも十分冷やされていて水割り自体も冷え冷えになっているようだ。


 直ぐに飲めば俺が作った水割りと大差無い味が再現されるだろう。置いておくと直ぐに氷が解けそうだが。さらにストローが刺さっている。悪酔いしないだろうか。


 監督さんは一瞬引き攣った顔をしたが、おずおずとストローに口をつける。


「うん。美味しいよ。」


 既に氷が解け出していたのか顔と言葉が一致していないのは仕方が無いところだろう。


「次はノーヒントでチヒロくんは『西九条』さんに、トモカくんは『黒川』さんに作ってあげてくれるかな。」


 これまた難しい出題だ。そもそも志保さんがお酒を飲んでいるのを見たことがない。


 『西九条れいな』のイメージなら酒好きかもしれないが医者になろうとしている志保さんは深酔いするほど飲まないようにしているのだろう。それでも美味しい水割りを飲んで欲しい。その辺りをアピールすべきだろう。


 デジタルスケールにブランデーグラスを置き、ゼロでリセットをする。15グラムのウィスキーと同量のミネラルウォーターを注ぎマドラーで軽く混ぜる。


 これはトワイスアップという飲み方だがミネラルウォーターとウィスキーを使っているから水割りだと豪語しよう。


「ありがとう。これは何?」


 志保さんの知識にも無い飲み物だったらしい。


 『西九条れいな』が慣れた仕草でブランデーグラスを持つとトワイスアップも高級酒に見えるから不思議だ。


「水割りです。少し濃いですがビール中瓶の半分くらいのアルコール量ですので、万が一医者として応急処置が必要な事態になったとしても大丈夫だと思います。」


「『西九条』くんが医者?」


「そうですよ。監督さん知らないんですか? 『西九条れいな』お姉さまは認天堂医大の学生です。」


「し、知っていたとも・・・。」


 知らなかったんだな。本当に認知度が低いよな。医大生の志保さん。会場のそこかしこで話題になっているのか隣の人間に聞いている姿が見えた。


「最後は井筒くんだな。」


「俺、ウィスキーは基本オンザロックしか飲まないんだ。だから好きな作り方で作ってくれ。」


 また面倒な注文だ。


 口が広がっているタイプのグラスを使う。氷を入れてデジタルスケールに載せてゼロでリセットする。ミネラルウォーターを120グラムまで注ぐと下から3分の2辺りになった。


 丁度、良い加減だ。そのまま、ソッとウィスキーを60ミリリットル、180グラムまで流し入れると上手く層になってくれた。


「おおっ。ウィスキーフロートじゃねえか。良くこんな高度なもの知っていたな。」


 和重さんは褒めてくれているらしいが16歳の子供が知っていていい知識じゃない。


「ええっ。こういう飲み物があるんですかぁ?」


「知らずに作ったというのか。」


 陽子さんのお店のカウンターでバーテンダーが作っていたのは見たけど、実際に作ったのは初めてだ。


「良くドリンクバーに行くとジュースと紅茶で層を作るやり方が載っているでしょ。あれを真似てみたんです。良かった成功して。」


 でもこれも本当だ。作り方はソックリだ。ウィスキーフロートの作り方をドリンクバーで真似たんだな。


「なるほどな。これなら初めはオンザロック風で徐々に水割りになる。ありがとな。」


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