35.一緒に居て欲しいと言われました
程なくして和重さんと志保さんが楽屋に戻ってきた。上映が始まったらしい。
「ヒデタカ君。お母さんのところへ行ってくれないか。話したいことがあるんだそうだ。」
和重さんがヒデタカに拝むよう頼んでいる。
「でも・・・。」
「アタシは大丈夫だから行ってきてよ。『黒川瑞枝』さんの情報収集しに来たんでしょ。頑張ってきてね。」
俺は化粧を落としに鏡に向かいながらヒデタカにお願いすると素直に従ってくれた。酷い顔だ。誰にも見せたくない。さっさと落としてしまおう。
「今日はどうしたんだろうな。いつもならブーイングするのなんて前3列に座っている映画関係者だけで一般人は大人しいのにな。」
「それだけトモくんが可愛く見えたんでしょ。私は意地悪婆役ね。話題になってしまうけどトモくん。大丈夫? 未成年者だからと和重が報道関係者に頼めば抑えることも可能と思うんだけど。」
「親には隠してますけど、あの女装姿がテレビに映っても解らないと思います。」
随分、派手な化粧だったからなあ。いつものオネエ姿と比べても段違いだ。ようやく化粧を落とせた。すっきりした。
「そうじゃなくて、何処の誰だって調べられるかも知れないわよ。」
「女装姿のアタシを密告する人間には心当たりが無いですね。なったらなったで諦めます。元々それほど隠していたわけじゃ無いですから。」
母親に知られるのは痛いけど、エロ本が見つかった位の気まずさだ。妹たちは恥ずかしがるかな。父親は良く解らない。そもそも日本に居るのかな。
30分ほど経ったころ、ヒデタカが戻ってきた。随分と浮かない顔付きだ。
「どうしたの?」
「俳優をやってみないかって母に言われた。次作の役柄にピッタリなのがあると監督に言われた。ヒロインに絡む重要な役らしいんだ。どうしたらいいと思う?」
物凄く他人事のような言い方だ。こんな出来事が自分に降って湧くとは思っていなかったのだろう。
「演技についてアドバイスくらいできると思うけど、私はこの世界に入ったのは強制的だったし、和重はやりたくてやった口だからねえ。そういう意味ではトモくんがオネエをやりはじめたときとソックリね。」
「アタシも半ば強制されたような・・・でもそうね。そこまでお膳立てされていると断りづらいよね。でもヒデタカはお母さんのことが知りたいんでしょ。同じ職業に就けば少しは解るかもね。無責任な助言で悪いけど。」
「ねえ。ヒロインは決まっているって言っていた?」
「素人からオーディションで決めると言っていましたけど。」
「素人ねえ。来るのかしら。そんな役のオーディション。」
そう言えば志保さんにオファーがあったと聞いたな。
「どんな役柄なんですか?」
「銀座のバーのホステスの役なのよ。素人がいきなり汚れ役は普通嫌がるよね。」
「すでに募集は始まっていて、1人は応募があったという話でしたけど。」
「それは出来レースね。そうだわ。トモくんが応募すればいいのよ。私がチョイ役をやると言えば入れてくれるはずだわ。ヒデタカ君は1人が不安なんでしょ。良く知らない母親と2人か。」
「それなんですよね。母親と2人っきりというのが不安で、でもチヒロに負担掛けるのもなあ。」
「いいわよ。どうせヒデタカの彼女としてスタジオに出入りすることになるんだもの。スタッフと顔見知りの方が何かと都合がいいはずよね。」
「何言っているのよ。応募するなら合格前提よ。ビシバシ鍛えるわよ。」
「それこそ何言っているの。志保さんにそんな時間が何処にあると思っているんですか。チョイ役も難しいんじゃない?」
さっきまで女性とは思えない姿になるまで勉強に没頭していたくせに。女優業なんてやっている暇は無いはずだ。
「あう。まあ応募は和重に捻じ込んで貰うとして、それなりの形になる程度には教え込むわよ。」
「オーディションって何をするんですか?」
「そんなの。・・・オーディションって何やるんだっけ和重。私、応募したこと無いや。」
「俺に丸投げかよ。水着審査は無いと思うが演技の基本が出来ているかとか。発声は十分あるかとか。役柄の知識とかもあったほうがいいと思うけど。未成年に期待するほうがオカシイよな。」
1日限りのホステスの経験ならあるけど流石に言えないよね。
「知り合いに銀座のバーのママさんが居るから教えて貰ってくる。演技の基本は夏休みに教えて貰ったことだよね。発声か・・・難しいわ・・・女性の声を出しながら大きな声とか無理すぎる。」
高い声のままで大きな声を出せば喉が潰れる。ダミ声しか出ないオカマになってしまう。だが最近はミックスボイスという発声方法で女性の声を出すのだ。普通に歌うくらいの声量なら平気で出せるのだが、発声練習レベルとなると無理だ。
「オーディションで発声練習をやらされるわけじゃ無いから、滑舌さえシッカリしていればいいんじゃねえか。必要なら九星芸能の養成所も紹介してやれるが所属は無理だよな。」
九星芸能はスターグループが経営する大手芸能事務所で養成所出身の女優さんも多い。
「えっ何故?」
「トモヒロ君ならMotyの板垣吉右衛門が社長を務めているIT企画にするんだろ。」
IT企画とはバイト先の会社の子会社の1つでZiphoneの広報を一手に担う広告代理店業務と一部芸能事務所を兼務する会社だ。
「どうなんでしょうね。今は新人を入れる余裕は無さそうですけど。」
所属芸能人はアイドルグループの新生Motyの2人だけだ。入れて欲しいと言えば入れてくれそうだが、あの2人の隣に俺というのは余りにもおこがましい気がする。
「良く考えておけや。とりあえずマネージメントは俺がやっておくことにするよ。」
「よろしくお願いします。」
「あとすまないがもう一度化粧をしてくれないか。『黒川瑞枝』さんがヒデタカ君を同席させるみたいなんだ。そうなると彼女役のトモヒロ君も同席しないとおかしいだろ。できれば志保の近くに居て、仲の良い振りをしてやってくれ。トモヒロ君が居なくなってから客席からの視線が痛かったみたいなんでな。」
派手な化粧も2度目となると慣れたものだ。だけど1日に2度もこんな厚化粧をしても大丈夫だろうか。肌荒れを起こしそうだ。
「何ですかそれは!」
「ヒデタカ。監督さんになんていう口をきくの。」
監督の話が次回作に移った途端、ヒデタカ出演の話が出てきたのだ。こちらの楽屋から直接舞台に上がったからヒデタカはまだ了承してないはずだ。
温厚なヒデタカでもこのやり口には怒り心頭だったらしい。
「サプライズのつもりだったんだが如何だろうか。」
監督さんがヒデタカを落ち着かせるつもりなのか。ゆっくりとしたスピードで喋る。
一瞬、ヒデタカの視線がこちらを向く。さっきの話のことだろう。俺は頷く。
「ヒロインはチヒロにしてください。それならば受けます。」
いやいや、それじゃあ話が違う。オーディションという話じゃないのか。客席からは声援が飛んできている。
「それはイイ話ねえ。この子は私の秘蔵っ子なの。何処かでデビューさせるつもりだったんだけど、特別に貸してあげるわ。なんならチョイ役くらいなら出てあげても良くってよ。」
横から志保さんが『西九条れいな』のキャラクターに合わせて高飛車に言い放つと場内に拍手が鳴り響いた。
本当に大丈夫なのだろうか。自分の出番もあるのに志保さんの出番前にはメンテナンスさせられそうだ。
「それがヒロイン役はオーディションで決めるつもりなんだが。」
監督さんが必死に話を戻そうとする。
「監督のことだから、ゲストとして呼んであるんでしょ。」
「まあな。」
「それならば、今ここでオーディションをやってしまえばいいでしょ。幸いにもここには公平な観客もいらっしゃるようだから、しっかりと見届けてくださるわよ。和重。あとはよろしくね。」
「また丸投げかよ。解ったよ。解りました。簡単に演技と知識に絞ってやりましょう。監督。他に希望はありますか?」
「水着審査を。」
「水着審査ですか。まあいいでしょう。開始は30分後、そのヒロイン候補を呼んで客席の方々に紹介して頂けませんか。」
「ああ。上条友香さん入ってきてくれないか。」
監督さんの声が鳴り響くと1人の女性が入ってきた。
そこに現れたのは同級生の上条さんだったのだ。




