34.オネエは悔しがっているようです
「メイクさんて本当に偉大ですね。」
結局ギリギリまで寝ても完全に取り切れたなかった隈が隠れ『西九条れいな』の顔が出来ていった。
「何が言いたいのかな。それよりもトモくんのメイク技術のほうが呆れ返るわよ。メイクさんに同じ道具を借りたといっても私へのメイクをそっくりそのまま写し取るんですもの。何よ。その技術。」
鏡の中には同じ顔が2つ並んでいた。もちろん元の造りが違うから全く同じでは無いが輪郭とメイクの仕方が同じ所為でソックリの印象を与えている。
「最近はメイク技術を動画で配信しているんですよ。それをアタシは何度も練習しているだけなんです。そうすれば自然とできるようになります。」
元々メイクの手順なんて定跡があるのだ。チークを載せてからファンデーションを塗るなんてありえない。
「それでソックリにしたのには訳があるんでしょ。」
「ええまあ。ヒデタカの母親へアタシの第1印象を最悪にしておきたいんですよ。そうすれば後は上がっていくしかないですよね。」
「理論は解るし、手本が『西九条れいな』というのも納得がいくけど、最悪というのは底なし沼みたいなものなのよ。そんな場合、最悪よりも1段上くらいが理想というものよ。」
恋多き女優が言うと実感が溢れて聞こえるよな。週刊誌で毎週のように喧嘩をふっかけるような記事が掲載されるからな。
「何か手伝ってくれるんですか?」
「そうね。キス1個でどうかしら。」
自分とソックリの顔とキスをするのは変な気分だ。ルージュがズレないようにそっとキスをする。
記者会見の準備が始まり、出演者と監督が舞台の上にあがると俺たちは袖の暗いところで待機する。
「ヒデタカは平気そうね。アタシは緊張して上手く歩けるか解らないの。リードしてね。」
本当は逆にイライラと足でリズムを刻んでいるヒデタカの方が緊張しているのは明らかだ。でもそれを指摘せずに男としてヒデタカを立てる。例えそれがオネエであっても有効に違いない。
「まあな。子供の頃は何度か。こういった場所に連れて来られたことがある。写真が残っているばかりで全然覚えてないんだけどな。」
自覚したのか足のリズムが止まる。アレをやられるとこっちもイライラするんだよね。
「子役デビューとかの話は無かったの?」
「そういうんじゃなくて、オレを連れ回すことで母親役を貰いたかったんだよ。きっと。」
「ヒデタカはお母さんが嫌いなの?」
「多分な。あの人がオレに構いたがるときは、きっとなにかがあるんだ。」
俺は何も言えなくなって、ヒデタカと手を繋ぎ握り込む。
「心配すんなよ。何も喧嘩しようってわけじゃ無い。向こうが売ってこなきゃな。」
☆
試写会の会場に記者たちを入れた形で記者会見が始まった。
「本日はサプライズゲストに来て頂いております。『黒川瑞枝』さんのご子息ヒデタカ君です。」
今日の司会進行役は和重さんが行うらしい。元役者なだけあって、実業家とは思えない身軽さだ。
驚く『黒川瑞枝』をよそに彼女の目の前までヒデタカが向かうと花束を手渡す。
「あらヒデタカくん。なかなかのイケメンね。ツバを付けておこうかしら!」
馬子にも衣装。明るいところで見たヒデタカは、いつにもましてイケメンだった。
「お姉さまダメ!」
『西九条れいな』が妖艶な笑みを浮かべてヒデタカに抱き付いてホッペにキスしたところへ持っていた花束を叩きつけてヒデタカに抱き付いて睨みつける。
辺りが一瞬静まり返った。
「チヒロちゃん。冗談よ。君の恋人を取ったりしないって。」
ここまでがシナリオだった。『西九条れいな』がヒデタカの恋人が俺と知っていてちょっかいを掛ける図だ。派手な女2人が息子を取り合うという母親にしてみれば見たく無い光景だろうが、相手が恋多き女優の『西九条れいな』では俺の方がマシに見えるという趣向だ。
だが予想外のことが起こった。ブーイングが巻き起こり全く止まないのだ。試写会に訪れた映画関係者から一般のお客様まで手を突き上げて親指を下げている。
大したことじゃないはずだった。主演女優が花束贈呈のゲストのほっぺにキスするだけだ。こういった場所では日常茶飯事のはずなのに何故?
静止を叫ぶ和重さんのマイクの声も掻き消されてしまっている。
「止めて!! お姉さまに酷いことをしないで!」
勝手に身体が動いた。苦笑いを浮かべる『西九条れいな』に周囲の視線から庇うように抱き付き叫んだ。
再び辺りが一瞬静まり返った。
「チヒロちゃんの言う通りだ。これ以上騒いだら、俺の権限で退場して貰うからな。」
即座に和重さんがコメントを挟む。
「お姉さまも笑ってないでなんとか言ってくださいよ!」
「大丈夫よ。いつもの光景だから。・・・チヒロちゃんには刺激が強かったかしらね。そんなに泣かないの。困ったわね。どうすれば泣き止むのかしら。」
志保さんが悲しいことを言うので涙が止まらなくなっていた。自分でもどうやって止めればいいのか解らないのだ。
そのときヒデタカが俺を志保さんから引き剥がし、手を繋いで舞台袖にエスコートしてくれた。
そのまま楽屋に戻る。
「誰も知らないんだ。志保さんがどんなに頑張って医者になろうとしているのか。女優の仕事だって決して疎かにしてないんだよ。なのに直ぐああやって攻撃するんだ。悔しい悔しい悔しいよー。」
その引き金を引いてしまうなんて、なんて俺はバカなんだ。
「ああそうだな。」
ヒデタカの胸に顔を埋めているとヒデタカが俺の頭を撫でてくれた。




