16.オネエとバレても仕方が無いようです
「それで何があったんだい?」
旧交を温めていると突然、安田さんが真顔になった。
やだな。今あった出来事を言うのか。
もうお家に帰りたいぞ。はあ。
「アタシがー、ウォータースライダーの行列でナンパされたん・・ですよ。」
暗くなりそうなので出来る限り、明るく話すことにする。
「うんうん。トモヒロくん可愛いからね。解る解る。こんな可愛いコが居たら、オジサンもナンパしにいくぞ。」
安田さんもノッてくれるらしく軽口を返してくれる。
「ヤダー・・・モー・・安田さんったら、アタシ後でエスコートお願いしちゃおかな。」
「するする。それで?」
「撃退したら警備員を呼ばれちゃいましたー。あはっ。」
もう終わらせてくれないかな。このままではこの会社を糾弾することになる。そんなことはしたくない。
「オイコラ。事情を聞いただけじゃないよな。トモヒロくんの友人を怒らせるようなことをしでかしたんだな。」
安田さんは元警察官だけあって鋭い。2人の警備員たち喰ってかかる。
「これ以上は自分の口からは言いたくないんです。アタシが許可しますから、警備員室の自動録画映像を見てください。」
ダンマリを決め込む警備員たちに業を煮やしたのか片方の警備員の胸ぐらを掴もうとするのを止めて提案する。うちの会社で警備員室がある施設にはカモフラージュされているがカメラが設置してあり自動録画されているのだ。
警備員側と聴取を受けた側の両方の許可があればその場で開示しても良いことになっているのだ。
「何故、貴様がそんなことを知っている!」
警備員の2人が驚いた表情になる。
「何を言っているんだ。トモヒロくんはうちの従業員だぞ。腕のバンドが赤いから一目瞭然だ。まさか知らなかったのか。」
「えっ・・あっ・・・。」
ようやく思い出したらしい。まあ俺も知り合いに身バレしたくなくて黙っていたんだけどな。
「とにかく映像を見てください。タブレットでダウンロードできるはずです。但し、変な感想は言わないでくださいね。かなり恥ずかしい映像が含まれていますから。」
俺は早口で捲くし立てるように説明する。
「あ、ああ。ええと、どうやって操作すればいいんだ。」
使い方が解らないらしい。オジサンだから仕方が無いよな。横から俺が手を出して操作していく。
「ここでパスワードを入力してください。」
何で被害者の俺がこんなことをしているのだろうと思わないでも無かったが時間がもったいない。そう思うことにする。
タブレットで映像を見始めると『へえ』『はあ』『ふーん』と感嘆詞だけが聞こえてくる。それだけでも結構、嫌だな。
「拙いな。」
映像を見終わったところで安田さんが呟いた。
「拙いですよね。」
厳密には2人の警備員のしたことは犯罪に当たる。親告罪だからと言って公になったら会社として困ったことになってしまう。
「もうちょっと解像度が高ければ核心のシーンも迫力があったのにな。」
そっちかよ。道理で何度も繰り返し再生していたはずだ。絶対今俺の顔赤いぞ。軽口のつもりなんだろうけど何てことを言うんだ。
実はタブレットを操作すれば拡大縮小は思いのままなんだが絶対に教えない。教えるもんか。
「どうしたらいいんでしょうね。」
安田さんに問題認識をして貰ったはいいが途方にくれる。
「懲罰委員会レベルだぞ。」
「ですよね。そうなったら、この映像を社長が見るんですよね。」
「確実に見るな。もしかすると他の人間も見るかもしれないな。」
「もう止めよ。これ以上チーちゃんが恥ずかしい思いをする必要は無いわ。」
順子さんが止めに入る。
嫌なだけで恥ずかしい訳じゃない。このまま泣き寝入りしても構わない。問題はそこじゃない。
「それじゃあダメなの。これを教訓として会社に残さなければいけないのよ。」
だが次の被害者が出てからでは遅過ぎるのだ。今のうちに対策を立てなければ会社の信用に関わってきてしまう。
「じゃあ決定だな。もう1人呼ぼう。彼らが確実に罰を受けるように。」
火の粉は確実に安田さんにも降りかかるのに拒みもしない。この人は全てを覚悟していたんだ。
「渚佑子さんですよね。」
「そうだ。渚佑子様だ。」
「ヒッ。」
警備員の彼らから悲鳴が漏れる。彼女の怖い噂は知れ渡っているらしい。
この辺りをナワバリにしていた朝鮮マフィアを彼女が壊滅したとか、彼女の回りでは突然人が居なくなるとか、クスリをやっているかのように狂ってしまう人が出るとか、その筋の人間とニコニコと談笑しながら歩いていたとか、まことしなやかに噂されているのだ。
まあ確かに彼女のオシオキを受けると人が変わったかのように大人しくなった例もあるので怖いのかもしれない。
良く一緒に見かける小父さんやお爺さんはいい人ばかりなのだ。時々俺も送って貰ったりしたけど黒色の高級乗用車にちょっと怖そうな運転手付きで帰ってたりするから間違われているのだ。
タツヤ同様に噂なんてそんなものだろう。
☆
「何、バカみたいな恰好して。もしかしてオカマになったの?」
「渚佑子さん。今の俺はお客様です。差別用語を使わない。それに言葉遣いも悪い。そんなことだから、周囲の人間が真似するんですよ。解ってますか?」
警備員に悪い影響を与えているのは彼女だった。安田さんはTPOの使い分けができるのだが、彼女は業務中であっても相手によって言葉を崩してしまうのだ。
彼女相手にだけはオネエをやる訳にはいかない。教育係としての顔で対応する。
「はーい。」
「伸ばさない。何度言ったら直してくれるんですか。」
「あの安田警備部長、彼はいったい何者なんですか?」
俺と渚佑子さんのやり取りを不思議に思ったのか警備員の2人が俺のことを安田さんに聞いている。
「彼は古参のアルバイトだ。今は高校生だからアルバイトという身分だが、卒業してこの会社に入社したら即幹部になるだろうと言われている。ありとあらゆる委員会というものに参加しているから、この会社のルールには滅法詳しいんだ。」
「ヤダー安田さん。委員会と言っても大抵はSNS上で議論するから、アタシみたいな人間でも参加できるんですよ。」
何時でも思い付きを書けるから自宅でも出来るのだ。これが会社の会議室だったら参加も出来ないに違いない。
「でも社長は有り難がっていたぞ。トモヒロくんが活発に意見や疑問点を言ってくれるから、早く纏まるし、間違いも早急に判明するんだって。」
チビで中学生だったから、どんな生意気なことを言っても許して貰えたのだ。
「そうですかー。役にたっていれば嬉しいです。SNSで書き込むだけでバイト代が出たのは有り難かったですね。」
「そうそう、これが一番大事な事だが渚佑子様の教育係だ。懲罰委員会の結果に関わらず、渚佑子様のオシオキは確実だ。まあ頑張れよ。」
はあ。コレか。
問題の原点はこんなところにあった。
「そんなこと、させませんよ。そうやって何でも力で抑えつけようとするから、威圧的な態度を取っていいと思い込むんです。彼らは言葉遣いも基本指導も再教育が必要なレベルです。それを判断して申請するのは安田さんの仕事です。オシオキが必要なのは安田さんのほうですよ。」
「ヒッ。・・・ちょっと待って。そ、それだけはカンベンしてくれー!」




