第30話 色々なネタばらし
フェニックスキメラが霧散していくのを見届けた後、俺は一息ついた。
「ふう、とりあえず、どうにか倒せたか」
幻想精霊系の、厄介な動物の狩り方を覚えておいたのは行幸だったな、と思いながら俺はソフィアやミスラ達が待つ場所へ歩こうとしたのだが、
「クロノ――!」
それよりも早く、アリアが俺の方に来るなり、抱き着いてきた。
「凄い、凄いわ、クロノ! あの化物を倒しちゃうなんて」
「ああ、上手い事、相手がハマってくれたからな。……しかし、傷は大丈夫なのか、アリア」
ここに来るまでに、思いっきりダメージを受けていた筈だが。
「問題ないわ! 向こうで休んでいる間、ソフィアから回復薬を呑ませて貰ったからね!」
回復役を飲んだだけで、あれだけボロボロの状態から直ぐ動けるようになるとは。
天竜の回復力はかなり高いんだなあ、と思っていると、
「お疲れさま、クロノ君……!」
ミスラも同じく回復したのか、ふらふらした足取りながらもこちらへとやって来た。
「おう、ミスラもお疲れさん。体の方は平気か?」
「ボクはそこまで回復力が高くないから、結構ギリギリだけど……気分は最高だよ。この契約印の光が、消えたからね……!」
ミスラは嬉しそうな表情で、自らの片手を見せてくる。
そこには覇竜のダンジョンを攻略しない限り光り続ける紋章が刻まれていた筈だが、今やミスラの言う通り、光は完全に消えていた。
「つまりこれは、覇竜のダンジョン、攻略したってことだよ……!」
「そうよ、そうなのよ! 今まで天竜の誰もが攻略できなかったダンジョンを攻略できたのよ!」
ミスラにしては珍しく、そしてアリアも今まで以上にテンションが上がって喜んでいる。
それを見て、俺はようやくこのダンジョンが終わったのだと認識した。
「なるほどなあ。あいつを一度倒すだけで、覇竜のダンジョンを攻略したって扱いでいいんだな」
そして呟いた俺の言葉に、アリアとミスラの動きが止まる。
「えっと、クロノ君? 一度倒すだけって、どういうこと?」
「だって俺はアイツを殺せてないぞ。まだそこに、生き残ってる気配が残ってるし」
俺が指差した先、そこには僅かに光るオレンジの火の粉が漂っていた。そこからは明らかに、タダの火の粉では無い、気配がしていたのだ。
そう伝えると、天竜二人に一気に緊張が走った。そして、
「――やれやれ、こんなに小さな力でも感じ取れるのか、この少年は」
火の粉の方から声が響いた。
「その声は、フェニックスキメラ……!?」
「ご名答。……ああ、だが、そう殺気立つな。もう妾に戦う力は残っておらんからな」
そんな言葉を響かせる火の子の周辺には、段々と炎が集まっていく。
それは火の玉になり、火の大玉になり、やがて、小柄な少女の形を取った。
「ぷはー。まあ、こうして、数百年分を一気に放出する事で、どうにか復活しただけじゃからな。今の妾はただの無害な存在になったわけじゃから、手だし厳禁じゃぞー。特にそこの少年はな。次、あの一撃を受けたら流石に不死鳥の妾でも死にかねんし」
小柄な少女になったフェニックスキメラは降参、と言わんばかりに両手を上げている。
「敵意がないのは分かるから、攻撃はしないさ」
「そうか、それはよかった。ホント、この床の岩盤をぶち抜くし、少年の一撃は訳が分からん。ここ、どんな巨人が降って来ても壊れないように設計されておるんじゃがなあ。どんなパワーしてるんじゃ」
呆れたように言われても、俺は教わった通りに技を撃っただけなので困るんだが。あと敵対していた輩に言われる筋合いもないし。
「まあ、何にせよもう戦わなくていいと考えると助かるの。久しぶりにこの身体になったから動き辛いが……まあ、何にせよ、攻略おめでとうと言っておこう。天竜の子孫よ。これでこのダンジョンはクリアじゃ」
少女の姿になったフェニックスキメラが言った瞬間、ズズン、と音を立てて、大広間の外壁が全て引っ込んだ。
そして、その外壁の向こうからは、
「おーい、ミスラ達-、大丈夫かー!」
転送ポイントで分かれて、それぞれの檻に閉じ込められていた皆が走り寄って来た。
「み、皆。良かった……」
その姿にミスラはほっと息を吐くが、
「良かったじゃねえよ。すげえボロボロになってたじゃないか!」
「そうよ! 何であんな風に無茶な戦い方をしてるのよ!」
超特進クラスの皆は、ミスラを心配していたようで、次々に声を掛けてくる。
「え? 何で知っているの?」
「映像で見せられてたんだよ。転送された部屋に映像を投影する板が用意されていてな。そこのフェニックスキメラをクロノがぶっ潰して、今しがた復活するまでの一部始終をしっかり見せられたよ。当然、お前たちが無理して戦う所も見たって訳さ」
「な、なるほど……。で、でも、今は問題ないから大丈夫」
「そうそう。皆こそ大丈夫なの? フェニックスキメラが力を吸い取っているって言っていたけれど……元気は残っているの?」
今度はミスラとアリアが皆を心配し始めた。
そんな彼女たちに対し、超特進クラスの面々は、首を縦に振って肯定した。
「ああ、それはなんか、クロノが大広間をぶち壊しながら戦っている内に回復していってな。もう万全なんだよ」
皆の言葉にフェニックスキメラの少女は、うむ、と大きく首を縦に振った。
「外壁が檻の吸い取り機能を担っていたからの。当然、壊されれば元気になるじゃろうな。……しかし、互いに思いやりをしあって、きちんとした仲間が出来ている。その上、仲間との親睦を深める事が出来たのじゃな。うん……このダンジョンの目的も果たせたし、何よりじゃ!」
「はい? 親睦を深めるのが、目的?」
はきはきとした力強い語調で放たれた、フェニックスキメラの少女の言葉に、ミスラは首を傾げた。何を言っているのか分からない、というかのような視線で、フェニックスキメラの少女を見る。
「えっと? 目的ってなに?」
「いやな、この覇竜のダンジョンは、ぼっちになりがちな天竜に、仲間を作った上に、親睦を深めて貰おう、という意思を込めて、始祖の天竜と魔王と、その仲間たちによって作られたダンジョンなのじゃよ」
「え……え!? そ、そんなの初耳だよ!?」
「そうかや? 妾を倒した、そっちの馬鹿力の少年は、何となく感づいておった気はするんじゃがな」
話を振られて、ミスラの視線も一緒に着いて来た。
「き、気付いていたの、クロノ君?」
ややフリーズしかけながらの問いかけだ。余程ショックだったみたいだ、と思いながら俺は答える。
「まあ、このダンジョン、天竜に効くトラップばっかりだったし、一人で攻略させないように仕組まれている感が出てる……って思っていたけれどな。でも、本当に、その為に作られているとは思わなかったが」
しかも始祖たちが作っているとか、そこは想定外だった。
わざわざこんな広くて面倒くさいダンジョンを子孫のために作るとか、良い性格をしていると思うが。
「うむ、そうじゃろう。始祖の天竜である魔王と、そのご学友たちは、楽しそうに作っておったぞ。『ここを攻略すれば、絶対仲が深まるだろ!』とか『この熱湯地帯は超つらいだろうな!』って言いながらな」
「良い気分で作ってやがったんだな。……というか、アンタはそんな昔の事を覚えているのか」
まるで見てきたかのように語っているけれども。このフェニックスは始祖が生きている時代からその意思を持っていたんだろうか。そう問うと
「無論じゃ。妾は、このダンジョンの永久の管理として、その時に造られたフェニックスと人工精霊のキメラじゃからな。全部、知っておる。ま、年寄り故に忘れている事も多いが、始祖がいたのはそこまで昔じゃないからの。……そんな理由だから、ここは魔王のダンジョンとは呼ばれんのに、宝物庫に入り口があったりするわけじゃよー」
最後の方は軽々とフェニックスの少女は話してきた。
そして、この話を聞いて、ようやく頭の中が纏まったのか、ミスラがフリーズから解けて動き始めた。
「ま、待って、くれ。フェニックスキメラ。それはもしかして……ボクたちの親も知っている……事なの?」
「あー……どうじゃろうな。最近は目的が忘れられ、このダンジョンを攻略する事を重視されることが多くなったからのう。君のお父君やお母君が知っているかは分からん。ただ、歴代魔王には大体伝えられている筈じゃよ」
「ああ、通りで。リザさんが深刻そうな顔をしていないわけだ」
あの人は情報不足な場所や相手に挑むときは、下調べをしっかりするタイプだし。
それに何が何でも、必死に学生たちの安全を守ろうとする。
今回だって、覇竜のダンジョンの正体が分からなかったら、もっと過激な動きをしていたと思うし。
「しかし、魔王様はともかく、もしもお父様が知っていたら、正直一発位ぶん殴らないと気が済まないレベルね……」
「うん、今回ばかりは、アリアに同意するかな」
言いながら、ミスラは俺や超特進クラスの面々に顔を向けた。そして、
「皆、こんな事に巻き込んでしまって大変申し訳ない。天竜の仲間づくりって理由で、大変な目に合って貰って、本当にごめんなさい」
ぺこりと頭を下げてきた。それに合わせて、アリアも隣ですまなさそうに会釈してくる。
相変わらずミスラはこっちを気遣うタイプだな、と思いつつも、俺は言う。
「いや、そこで何で謝る必要があるんだよミスラ」
「へ?」
俺の言葉にミスラは目を大きく開けながら頭を上げた。
というか、俺が思っている事は超特進クラスの皆も思っていた事らしく、
「そうそう。仲良くなれたのは嬉しい事だから、いいわよ別に」
「だよなあ。今回のダンジョン探索のお陰で、ミスラルトがどうやって動くか戦うか、なんてのも、沢山見られたしな。天竜を尊敬する俺としては有り難いかぎりだったぜ」
「偶にはいいと思いますよ。こういう特殊なダンジョンを攻略していくのも」
次々に問題ないとの声が上がった。
目的がどうだろうと、困っていたのは事実なんだからさ。どうせ手伝おうとしたんだから、気にするな、ミスラ」
「クロノ君……。皆……ありがとう」
ミスラは目の端に雫を浮かしながら、礼を言ってくる。
そんな彼女に対し、フェニックスキメラの少女が口を出して来る。
「というか、天竜の子孫と仲間達よ。お主たちが行ったのは、こんな事と言うほど卑下するような事では無いぞ。ダンジョンの試練や戦いのほうは茶番ではなく、本気で、殺す気で戦ったからのう。こういった死線を潜って、攻略したんじゃからな」
「おいおい、仲間と親睦を深める目的のダンジョンで、死んでたらどうするんだ?」
「その時はほれ、妾が泣けばいいんじゃ。『フェニックスの涙』は死者をもよみがえらせることが出来るでな。もしも試練の最中で死にかけている奴がいたら、それをぶっかける予定じゃったし。死人が出た場合は、そう動くように妾も設計されておるしな」
フェニックスの少女は軽々と言ってくる。
薬剤師としては、確かにフェニックスの涙があるなら、上手く使えば死人でも蘇ると分かってはいるけれども。割と乱暴なやり方だと思う。
「まあ……とはいえ、妾が殺すほど本気になったのは、初代の天竜と、今代くらいじゃがな。しかも今代に至っては、殺す気で言って、逆に突破されたからのう……。それも、わっちが一度やられるとは……時代は進むもんじゃなあ。初代の天竜は確かに妾の所に来たが、妾に勝てずに終わったし。……初代を越えたものを見るとは、長生きしてみるもんじゃ」
そうして放たれた発言に、俺は少し気になる事を見つけてしまった。
「うん? 初代も倒していなかったって事は、攻略できたのは本当に俺達だけなのか」
「勿論。さっきから言っておるじゃないか? お主たちが唯一の、覇竜のダンジョン攻略者だと」
「となると、他の天竜が挑んだときはどうしたんだ? ずっとこのダンジョンに挑ませ続けたのか?」
俺たちの世代以外はずっと、天竜はこのダンジョンに縛り続けられたのだろうか。それだとしたら、悲しいし、と思いながら問うたのだが、
「いやあ、そんな事はせんよ。このダンジョンは妾がずっと監視しているから、どれだけ友人と協力しているかも分かる。ゆえに、仲間と仲良くなったと妾が判断すれば合格で、このダンジョンに挑み続ける契約から解放させられるんじゃ」
「え、それは、アンタに挑まなくても、か?」
「そうじゃよ。始祖の次の世代から、この前の世代までは、そういった判断でこのダンジョンから開放していたのじゃ。本来、妾に挑む必要も倒す必要もないというか、挑む事すらなくてな。だからこそ妾を倒したのは、お主たちが初めて、と言ったのじゃ」
フェニックスの少女のセリフに俺は頬を掻いて、ソフィア、ミスラ、アリアの三人と顔を見合わせた。そして、
「挑み損だったんだなあ……」
「ええ、まあ、そうでしたねえ」
「結構残念な事実を知った気がするよ……」
「な、何だか納得いかないわ! 挑まなくてもいいだなんて!」
四人とも何だか微妙な気持ちになってしまった。
若干肩も落ちるレベルでガックリ来た感じがあるなあ、と吐息していると
「あ、いや、いやいや、そう残念がるでないぞ! 妾を倒したという名誉があるし、覇竜のダンジョン初の攻略者になったご褒美はあるんじゃから!」
「褒美?」
「そうじゃよ! ま、まず天竜の子孫らにはこれを渡そう!」
フェニックスの少女は慌てたように懐から二つの腕輪を取り出した。
「まずこれは覇竜の証明腕輪と言って、ここのダンジョンを攻略した事を示す証なんじゃけど、それなりの価値と機能があってな。ある程度の攻撃ならば物理的に防護してくれる。お主たちの魔法防護を貫くような湯や、竜に特別な威力を発揮する魔法でも、な。歴史的価値もあるから。それを付けているだけで丁重に扱われるはずじゃ!」
「わ、面白い色をしているけれど、綺麗な腕輪ね!」
「え、えっと、ありがとう、ございます?」
二人は反応にばらつきはありつつも、フェニックスの少女に会釈しながら二人は腕輪を受け取った。そんな彼女たちを見て、フェニックスの少女は満足そうな笑みを浮かべて、
「いやいや、礼を言う必要はないのじゃよ。攻略に対する報酬なのじゃから。君たちは、当時の魔王の予想を超えたのじゃ。それはとても喜ばしい事であるし、誇る事じゃ。だからこれにその思いを込めて、持っていくといい。そして……妾を倒した少年には、これを渡そう」
ミスラ達から俺の方に向き直った彼女が渡してきたのは、水滴のような形をした透明なペンダントだ
中は筒状なのか、赤と青の液体が入って波打っていた。
「これは?」
「妾が制作された当日にテスト稼働として出したフェニックスの涙を加工したものでな。中身を使えば回復も可能だし、そのペンダント自体が、所持者に様々な補助効果を与えてくれる。じゃから、持っていると御利益があるぞよー」
「へえ、了解。お守りにさせて貰うよ」
「うむ。そして最後に。天竜の子孫の仲間たちには、フェニックスの一枚羽を渡そう」
フェニックスキメラの少女は俺にペンダントを渡したあと、近くにいた超特進クラスの面々に燃える様に赤い色をした羽を一枚ずつ手渡していく。
「素材として高く売れるし、汎用性もあるじゃろうからな」
「ありがとうよ、フェニックスキメラさん」
「礼はいらんと言っておるだろうに。ともあれ、では……全員に行き渡ったところで、この辺りでお開きとさせてもらおう。帰りの魔法陣は向こうに作ろう」
そして、フェニックスキメラの少女は両手を広げて掲げた。
すると大広間の奥。俺が穴をあけていた壁面辺りに、巨大な魔法陣が出来上がった。
「さあ、攻略者たちよ、大手を振って胸を張って帰るがいい。それが、攻略された者にとっての幸いになるのだから」
少女の台詞に俺達は顔を見合わせ、笑みを交わす。
「じゃあ、攻略したって自信を持って帰るか!」
「ああ!」
俺の言葉を皮切りに、超特進クラスの面々はぞろぞろと帰還の魔法陣に向けて歩いていく。
勿論、俺も帰ろうと思って、皆に付いて行こうとした。
その時だ。
「ちょいと待ってくれ、少年」
背後から、フェニックスの少女が声を掛けてきた。
「なんだ? まだ戦いたいとか言うなよ?」
「流石に言わんわ。ただ、最後に一つだけ尋ねてたくての。……お主は、あの子たちを助けたくて、動いたんじゃよな? 自分の意思で」
何を聞いてくるのかと思ったら、よく分からない問いかけをしてきた。だからごく普通の答えを返した。
「そりゃあ、当然だろ。俺は俺の意思で、あの二人を助けようと思ったんだから」
そう答えたら、フェニックスの少女は満足そうに頷いた。
「そうか……。上手く意思を持てているのであれば、何も言う事はないな。引き留めてすまない。達者でな」
「ああ、アンタもな」
そうして俺達は覇竜のダンジョンから帰還した。
●
「ふいー、やっと全員帰っていきおったか。今回の天竜は怖い物を引き連れていたが、しかし、いいものを見させて貰ったのう」
フェニックスキメラは少女の姿で大広間に出来た戦闘の痕を見る。
ぶち抜かれた壁と、それ異常に砕かれた床を撫でながら、彼女は、ふふ、とほほ笑んだ。
「妾はプロトタイプじゃからな。そこから進歩したモノを見るとなると、なんだか感慨深くなるのう。機会があったら、ここから出て色々と話をしてみるか」
そんな声が誰もいなくなったフロアに響いていく。