第29話 狩猟解禁
炎の鳥に向かって駆け出すクロノの背中を見ながら、ソフィアはミスラとアリアを抱えて、ゆっくりと後ずさっていた。
行き先は先ほど通ってきた穴だ。
大広間よりもこちらの方が安全だろう、とそう思って動いていたのだが、
「駄目だ、ソフィアさん。あれは、いくらクロノ君でも……危ない……!」
抱えていたミスラが呻くように言ってきた。
そして大広間に戻ろうとする。
「わ、わ、ミスラルトさんこそ危ないですよ」
「でも、あいつには物理攻撃が、通らないんだ。ここで得られた、敵の情報を伝えないと……。力も使えるだけ使わないと……」
ミスラは青ざめた表情になりながらも、そんな事を言って来る。けれども、
「あ、それなら大丈夫ですよ、ミスラさん。クロノさんは映像でお二人の戦いを見て分析したあと、『こいつは幻想精霊系の動物に近いから、普通の物理攻撃は効かないな』っておっしゃっていましたから」
「え……?」
「クロノさんは、ここに来るまでの間、説明をしてくださったんですよ。ああいう体を液状化したり、手ごたえがなさそうな手合いには、故郷にもいて、狩る際には苦労したんだ、と」
小さい獲物でも油断できないんだよなあ、と、ここに来るまでの間、笑い話として告げてきたのだ。
「か、狩り、だって……?」
「ええ、魔力で体を構築したような存在――幻想精霊系の動物はクロノさんの故郷に生息しておられるそうで、子供のころから狩っていたそうですよ」
その言葉に、ミスラは身を振るわせた。そればかりか、目線も震えて、動揺しているようだった。
「ば、ばかな。幻想精霊系の生物は、人里に姿を現す事なんて殆どないし。大型獣なんてものが現れたら街一つが崩壊しかねない被害が出るのに……狩っていた、だって?」
「ええ。私も驚きましたけれどね。でも、クロノさんだから、あり得るんだろうなって納得しました。そして――都会でやるとは思わなかったけれど、田舎流の狩りを見てくれるといいって、そう言っていたんです」
そして、ミスラはソフィアと共に、その光景を見た。
クロノが、炎の鳥に拳を叩きつけている姿を。
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「闖入者は去れ……!」
フェニックスキメラは怒気を含んだ言葉と共に、その翼を振って来る。
熱湯を放射しながら、だ。
「うわ、十一階層のあっつい奴じゃねえか。お前の仕業だったのかよ」
まずこちらに来る熱湯を殴って弾きながら、俺はフェニックスへと近づいていく。
「な……素手で弾いて、来ただと……!? な、何者だ、貴様……!」
「ただの同級生の魔人だよ……!」
そしてぶつけに来た翼をもう片方の拳でぶん殴った。
だが、手ごたえは無かった。
「ふん……その程度の打撃で、妾を突破できると思うな……!」
拳が直撃する瞬間、フェニックスキメラの翼がパシャッと液体になったのだ。
「やっぱり、そういう風に回避して来るか」
想像は出来ていた。だから俺は再び拳を構え直して、更なる接近をしようと走り出す。すると、
「熱で効かぬなら焼いてやる……!」
フェニックスキメラは身体を回し、炎の羽をまき散らしてきた。
石の床ですら焼けただれるような温度の炎だ。
それがぶわっと広範囲に散っていく。
このままにしておくと、部屋全体が燃え上がってしまう。
「――ったく、後ろに怪我人がいるのに、火花を散らすんじゃない。危ないだろうが……!」
俺はその炎の羽の嵐に、腕の鎖を叩き込んだ。
魔力で出来た支配の鎖は炎をはじき突き進み、そして、フェニックスキメラに直撃する。
「なあっ……これは魔力で出来た鎖……。炎ごと、殴れるのか!?」
「殴れるだけじゃないさ。漏らさないように、全力で縛り付けてやる!」
そして、当たった瞬間鎖を操作して、フェニックスキメラの体全体に這い回し、グルグルと巻き付ける。だが、相手も黙って巻かれているわけもなく、
「この程度の武骨な鎖で妾を縛るなどと出来るものか。《流体――」
暴れて、鎖の拘束から逃れようとした。だが、それよりも早く、
「大人しくしてろ……!」
俺は鎖を操作して、ダンジョンの横壁に叩き付けた。
「ぬがっ……」
「全く、田舎の炎の鳥にそっくりだ」
このような、炎で出来ているんだか、液体で出来ているんだか分からない上に、巨体な獲物を相手にするときは、本当に大変だった。なにせ、
「こうして弱らせないと直ぐに体の構成を変えて、逃げ出そうとするからよ……!」
そうはさせない。その為の鎖であり、振り回しだった。
「く……そ。この桁外れに強い魔力の鎖のせいで、上手く流体化が出来ん――ガァッ!!」
喚くフェニックスキメラを再び振り回し、逆方向の壁に激突させながら、クロノは昔を思い出す。
田舎で覚えた通りの、懐かしい、狩り方だ、と。
……魔力で物理的に体を変化させてくる獣――幻想精霊系の大型獣は、魔力の籠ったもので縛れば、身体を変化させることが出来なくなる。
だからまず、その身を縛り、弱らせることが重要だ。
故郷では、鎖ではなく、村人たちが作ってくれたロープで、こういったモンスターを縛っていた。
最初は上手く縛れず苦労していたこともあったが、
……今ではこの通り、鎖でも問題なく縛り付けられるくらいにはなってるからな……。
「そうだ。今は、逃がすわけには、いかないからな……!」
「く……縛って叩き付ける程度で、妾を倒せるとでも……!」
「ああ、もぞもぞ動くんじゃない。鎖がほどけるだろうが」
未だに暴れようとするフェニックスキメラを、力いっぱいに床に叩き付けた。
「ッ……!?」
白い岩で出来た床がへこみ、フェニックスキメラの身体が埋め込まれる。
結果、フェニックスキメラの動きが、ようやく収まった。
獲物が動けなくなった。だが、
「この程度では、妾は死なんぞ……!!」
フェニックスキメラはその翼から炎を噴き出し、こちらを狙って来る。
「ああ、知ってるよ、それくらい」
その程度では倒せないのは分かっている。
幻想精霊系の大型獣はそこまで弱くない。動けなくなったように見せても、最後の最後まで抵抗して来る。だから、
「トドメの一撃を放つだけだ……!」
俺はその場から飛び上がる。
これは故郷で老人から教えられた狩りの技。
「それは……! この馬鹿げた、妾に近しい魔力の感じはまさか貴様……!?」
「喰らえよフェニックスキメラ。炎も水も使えない、ただの魔人が撃つ、狩りの一撃を……!!」
俺は、空中で半回転し、背中から噴き出す魔力のブースターの勢いをプラスしながら急激に下降する。
同時に、黒い鎖が二重にも三重にも巻き付いた足を振り上げる。
それは全身を勢い良く振りかぶり、体重全てをぶつけるようにして放つ、かかと落し。
平凡な体躯の俺が、巨大な獲物を確実に押し潰すための一撃。
「魔人技――《デーモニッシュ・メテオストライク》……!」
鎖を纏った足は大気すら切り裂き。
俺の全身には白い蒸気とオレンジの火花すら生み出す速度で。
振り降ろされた脚部はフェニックスキメラの体躯に激突した。
「――ッ!!」
その威力は、フェニックスキメラの全身を、床ごと潰すようにして破砕するほど。
フロアの床一面を波打たし、ぶち抜くほどの衝撃を受けたフェニックスキメラはそのまま、
「……」
火の粉ともいえない塵ほどになりながら、消えて散っていくのだった。




