北樺太方面軍②
ちょっと遅れました……
「長谷川君。マトローソヴォとやらまで、どれくらいか?」
「敷香から大体40kmなので、単純計算で10時間。休息を含めると11時間程かと。」
「なかなか遠いものだな。」
「ですが、道がある程度整備されているので、歩きやすいですね。」
牟田口も頷いてから、言った。
「まあ、これだけ整えられているのならば、軍も動きやすいか…………ロシア軍の進軍と撤退の早さはこれか。我が国も、もっと隅々まで道を整備してもらいたいものだな。
……………………歌か?」
「………………おそらく、兵たちではないかと。」
「海を渡りて蝦夷地へと」から始まる、北方軍軍歌が小さく聞こえてきた。
「まだ先は長い。疲れすぎんように歌えと伝えろ。いや、伝えずとも分かるか。」
「大丈夫でしょう。そこまでのバカは、ここにはいませんよ。」
「それもそうだな!」
ハッハッハと笑いだした牟田口。はっきり言って、歌うよりもこっちの方が疲れそう。と、思ったのは兵たち全てだろ。
1200時
「ここがレオニードヴォか。」
「レオニドヴォです。にしても、本当に人1人居ませんね。」
ロシア帝国のレオニドヴォ町。今は「元」がつくが、なかなか大きい町だったはずだ。しかし、その町には誰もいない。無人の木造建築が建て並ぶ廃墟街と化している。
「この規模なら6千人は居ただろうに…………それも全て退かせたか。」
「ロシアも本気ですね。」
「ああ、もし食料を現地調達で行こうとしたのなら、即死だったな。」
『本来、持っていくべきですけどね。』
「まあ、その話はいい。そろそろ昼にしようではないか。」
すると、言うが早いか適当な道端に座り、握り飯を食べ始めた牟田口。「まず兵の確認から」と言う副官の言葉も無視すると、逆に「早く食べろ」と兵に言い始める始末。結局、レオニドヴォ到着30分後にやっと点呼を取り始めた。
1300時
小隊ごとに町中を捜索。しかし、食べ物1つ見つからなかった。
また、井戸水は飲んでいない。というか、飲ませない!
「で、見つかったのは中身の無い箪笥と斧、包丁、ナイフ、木材か。本当に何も無いな。」
「でも、持っていける訳でも無いですし、無くていいじゃないですか。」
確かに、ここから持っていくのは無理がある。かといって、敷香から部隊は出せない。
「仕方ない。あの家に纏めて置いておけ。それと、あの板に日本軍が辿り着いた事を記しておこう。」
そして、町の中心。町の名前を記した板に「5月22日 日本陸軍291連隊着」と追加で記した。
「素晴らしい!では、行こうか。」
そして大喜びする牟田口。
1320時
291連隊はレオニドヴォを出発。目的地はここから約20km北のマトロソヴォだ。
森の中を突っ切る様に作られた道を進み続ける。勿論、民家など無い。
「また出ました!!」
「撃ち殺せ!!」
ターン!ターン!
「…………………………大丈夫です。死んでます。」
「またか………………何なんだここは?熊の王国か何か?」
レオニドヴォからマトロソヴォまでの直線区間。さっき書いた森の中の道だ。
「何体目だ?」
「4体目です。全て焼却していますが…………」
「やはり遅れているか…………この状況での予定到着時刻は?」
「地図の距離が曖昧なので何とも言えませんが、この地図が正しいと考えると、マトロソヴォまで残り約9km。休息含め3時間とすると、到着は…………1900時。午後7時頃かと。」
「……………………致し方あるまい。このまま進むことにしよう。遅れの回復で体力を使い果たしては元も子も無い。」
そう言うと、牟田口は歩き始めた。骨だけになった熊を置いて。
道が大きく右に曲がると、急に木々が減り、住居が増えていく。
そのまま数分歩くと、2階建てのレンガ造りの建物が見えてくる。そして、その入口の前には立て板が置かれている。
「ここはマトロソヴォ」
ロシア帝国 サハリン街道の終わりに位置する小さな町。それが、このマトロソヴォだ。
1850時
昔、いや最近までは栄えたであろう街道の町も、レオニドヴォと同様、静まり返っている。
「日も暮れたというのに、灯りの1つも無いというのは何とも不思議な感じだな。」
「誰も居ないはずですし、当然と言えば当然でしょう。」
月明かりの中、行軍してきた彼らの目には静まり返った、灯りの無い町が見えている。昼間見たならば少し不気味な所だろうが、夜になるとそれは「とても」不気味な所だ。そして、それは次々伝染していく。
「大佐!後方で、兵がお化けを見たと騒いでいます!」
「おるわけ無いだろう………………長谷川君。このまま町の中心に向かって移動し続けておいてくれ。」
「はっ。」
「おい、案内しろ。」
「こちらです!」
「あ、あいつです!!」
「お前か!お化けがおるなど言ったのは!!」
「た、大佐!?」
案の定、最高位の人間が来、驚く兵士。
「お化けなぞこの世におらんものを…………」
「本当ですって!赤い火の玉がボ~っと………………」
「赤い火の玉ぁ?」
「そうです!例えば………………あれとか!!」
兵士が指差した先を一斉に見る。
「「「「……………………………………………………」」」」
「銃寄越せ!!いいから寄越せ!!」
突然、横に居た兵の銃を奪い取る牟田口。
「大佐どうしたんです!?」
「総員、構えっ!!!」
「だから何か「早くしろっ!!モタモタするな!!」…………構え!!」
ばらつきながらも、銃を構える兵士たち。
「目標!火の玉付近!少しづつずらして5発撃て!!
てえっ!!!」
付近の兵、計15人の射撃。火の玉に向けて火の玉が飛んでいく。
1分もしない内に、射撃が終了。いつの間にか火の玉は消えていた。
「今の15人は俺に続け!他はそのまま前進!」
そういうと、牟田口は先陣切って走りだし、後ろから急いで兵が追う。前方、マトロソヴォの街中では長谷川が火を焚かせ、牟田口捜索隊の編成を開始。その間にも、続々と兵士が辿り着く。
結局、1161大隊から1163大隊の兵力をマトロソヴォに残し、残りを全て捜索隊に編入。そのまま森の中に消えていった。
「大佐。あれは?」
森の中を進むこと数分。兵の一人が口を開いた。
「…………おそらく、そうだろう。総員、射撃用意。何がなんでも当てろ。
撃て!!!」
牟田口の号令に従い、小銃が火を噴く。赤い火線が暗闇に吸い込まれ消えてゆく。木々にめり込む音。彼方に飛び去る音。様々な音の中に、一瞬、人の声が混ざった。
「着剣!前進する!」
ガチャガチャと音が響き、銃剣を取り付ける。明かりは無いが、月明かりを頼りに進んで行く。
「この辺りか…………」
しばらくすると、銃剣の背で草の中を漁っていた兵が牟田口の下に駆け寄ってきた。
「どうした?」
「血の跡です。それも新しい。」
「追うぞ。お前は案内しろ。
総員、ついてこい。」
そして、また奥へ奥へと進んでいった。




