大鵜取防衛戦④ ~宮崎繁三郎~
宮崎繁三郎大尉
大日本帝国陸軍 歩兵第73師団隷下第290連隊1160大隊所属 第3中隊中隊長
1706年 岐阜で生まれる
1726年 陸軍士官生学校入学
1730年 陸軍歩兵少尉任官(歩兵第73師団)
1731年 1160大隊第3中隊中隊長(大尉昇進)
現在 北の前線で戦闘中
1200時
「隊長!!最右翼陥落寸前!!」
「増援要請でも来たのか?」
「いえ、来ておりませんが…………」
「なら、そのままでいい。浜田ならなんとかするだろう。」
小銃の弾を込めながら、言う。
「………………………………」
「距離、300!!」
無言で引き金を引く5中隊に向け、叫ぶ偵察兵の声。しかし、ロシア兵の鬨の声にかき消されていく。
「もうそろそろか………………撃ち方、止め。」
呟くように言った隊長の声に、皆一斉に射撃を止める。
「敵は逃げるぞ!押し潰せぇ!!」
誰かも分からないが、とにかく聞こえたその言葉。それに従い、ロシア兵は足を速める。実際に、敵の攻撃は止まっている。いつ再開するかも分からない今、攻略は出来るときにしなければならなかった。なにせ、失敗したときに死ぬのは自分だ。
上は死なない。
「落ちろ。」
と、同時にロシア兵の足元が黒く変わった。そして、兵がスッと消えていく。
「おい!押すな!押すなって…うわぁぁぁぁぁああ!!」
「お、おい!うわっ!!」
「穴だ!落とし穴があるぞ!止まれ!止ま…………」
後続に押され、面白いように落ちていく敵兵。大尉は次の命令を出す。
「撃ち方、始め。」
所詮は中隊。砲は勿論無い上に、機銃も無い。機銃は連隊配備だからだ。だから、小銃を撃つ。
「「「「「………………………………………………」」」」」
誰一人口を開かず、引き金を引く。他の隊は、声を上げ、士気を鼓舞しているが、この隊はしない。
「お、おい。あいつら、悪魔だ………………」
「あ、悪魔!?」
そう叫んだ兵のすぐ横を銃弾が掠める。
「じゃあ、なんで声をあげないんだよ!!あいつらは今まで一才声を出していないんだ!!!」
「悪魔だ。」
「俺たちは悪魔と戦ってるんだ……」
「どうりで勝てないんだ…………」
「悪魔と戦って勝てるわけねぇ!」
「おい!逃げる……クハッ…………」
指揮官が撃たれたのを皮切りに、兵が一斉に逃げ始める。
「撃ち方、止め。佐藤。」
「はっ。」
「小隊を率いて、右翼の援護に回れ。弾は自由に持っていって構わん。」
「直ちに。佐藤小隊、出るぞ!準備急げ!!」
佐藤幸徳中尉は、急ぎ部隊を集め、陣地を駆け抜けて行く。
「佐藤が行くなら最右翼はもつだろ……さぁ、こちらも陣地を守らねばならぬ。君たち。弾は持ったな?」
「「「「「………………………………」」」」」
兵たちが、無言で頷く。
「…………宜しい。では、今のうちに飯としよう。空いた時間は有効に使わねば。な。」
ガチャリ
そう音を立てて、銃が地に置かれた。
「よっしゃあ!飯だ飯だ!!」
「おい!それ俺の!勝手に開けんじゃねえ!!」
「…………その飯盒…………わてのなんやけど…………」
「んなもん分かっとるわ!ほれ!食え食え!!」
「隊長はん!あんたも食べな!」
「ああ…………ありがとな。」
「ええんね!上下関係なし言うたんは隊長はんやないか!」
「せやせや。」
「下手なとこより色々ええからな~。ここは。」
「ほんま前んとこは悪いのなんの。やっぱここが一番じゃの~!」
「ちげぇねえ!」
飯になると急に騒がしくなる。それが292大隊3中隊だ。
「撃て!」
タタタタタ!!タタタタタタン!
「クソッ!総員、着剣!!突撃用意!!」
「待て!早まるな!!」
「誰だ!?」
「3中隊の佐藤だ!宮崎隊長からここの増援として回された!」
「そうか!それは助かる!!見ての通り、ギリギリでな……」
「安心しろ。大船に乗った気でいてくれればいいさ。」
「そういう訳にも………………いかねぇんだよ!!」
1300時
3中隊佐藤班、浜田班に合流
「佐藤班は横から攻撃!!浜田班の攻撃中に止めを刺す!!」
「「「了解!!」」」
「佐藤班に負けるなよ!!!ここの主力は俺たちだ!!!」
「「「応!!!」」」
「佐藤班準備終わったか!?」
「完了しております!!」
「よし……………………行くぞ。続け。」
宮崎中隊の「声を出さない」がここでも始まった。
「行け行け行けぇ!!!奴等を殺せぇぇぇぇえええ!!!」
「隊長!右側で声が……「うるせぇ!無駄話する暇があんなら進め!!」………………はあ………………」
「敵、退きます!!」
「貴様らぁぁぁあああ!!!!突っ込めぇぇぇえええ!!!」
そう叫びながら先陣切って進むロシア軍のグーネル大尉。
「ここで落とせば、褒美は思いのままぞ!!進め!!!……………………え……………………」
走る大尉が倒れる。そして、後に続く副官、その他兵士も次々と倒れていく。
「なんだ!?」
「敵か!?」
ロシア兵たちは、敵陣地の目前であるというのに、歩を止めた。
「撃ち込めぇ!」
すると、退却したはずの日本兵が一斉に攻撃を開始。急ぎ退却するが、横からも攻撃を受け、散々に逃げ去っていく。
「退却!退却!!」
「て、敵か!?」
「五月蝿い!黙って逃げろ!死にたいのか!?」
「死にたくねぇからな。逃げさせてっ!…………」
バタン
「おい!ウラジミール!!おい!!お前には婚約者がいるんだろ!ここで死ぬわけにっ!………………」
「くそっ!お前ら!足を止めるな!止めたら死ぬぞ!!」
「ウワァァァァァアアア!!!」
「クソッ!まだ、死にたくねぇよぉぉぉおおお!!」
「仲間の仇!死ねぇぇぇえええええ!!」
走って逃げる者。地に伏せて叫ぶ者。仲間の仇といい、無謀な突撃を図る者。しかし、その全てが、尽くが、蜂の巣にされる。そして、生き残った者も、やたらしつこい追撃を受け、命を落としていく。
追っ手が消えたのは、森に入ってからだった。
3000を越えていた「仲間」たちは、200程しか残っていない。それも大半が何かしらの怪我を負っている負傷兵だ。このままでは、野戦病院に辿り着く前に死んでしまう。かといって、負傷兵を置いていくわけにもいかない。いや、そもそも病院に入れてくれるだろうか。病院に入りきらず、その辺りに野垂れ死んでいる兵士は、つい先日の戦いの時だったはずだ。今回はそれを優に越える兵が戦っている。
このまま行っても、自分たちも野垂れ死ぬだけなのでは?
なら、どうする?
ここから逃げる?いったい何処に?
自殺?まぁ、選択肢の1つではあるだろう。
とりあえず味方に合流する?したら最後、前線で使い潰されるだけだ。
後退する?後退しても辿り着けるか分からない上に、殺される可能性も否定できない。
どうする?どうすれば、「仲間」を守ることができる?




