2.夜の名はリオ
浅倉梨央が逮捕されたのは、北浜市の橋の近くだった。
警察は事前に張り込み、彼女が店を離れようとしたところで身柄を押さえた。梨央は最初、自分は海坂へ行っていないと言った。大沢昭夫のことも知らないと否認した。
だが、防犯映像、通話記録、近隣住民の証言を示されると、少しずつ口数が減っていった。
取り調べは長く続いた。
最後に、梨央は昭夫を殺したことを認めた。
留置施設での梨央は、質素な服を着て、顔色も悪かった。長い薬物依存と夜の仕事は、彼女の体をすっかり削っていた。それでもよく見れば、若いころはかなり整った顔立ちだったことがわかる。
目は濁っていなかった。
むしろ、異様なほど冷めていた。
前田沙也香が初めて彼女と向き合ったとき、目の前の女と凄惨な現場が、すぐには結びつかなかった。
梨央は面会室の椅子に座り、膝の上の布を指先で軽く握っていた。
「そのころの私は、自分が犬みたいだと思っていました」
彼女は顔を上げた。
声は平らだった。
「薬に、尊厳を全部持っていかれました。恥も、ためらいも、私を思ってくれる人の気持ちも、少しずつ自分で売っていったんです。最後には、人間なのかどうかもわからなくなっていました」
沙也香はすぐには言葉を返さなかった。
梨央の話し方は落ち着いていたが、その奥には長く押し込められた悲しみがあった。
彼女の人生は、日本の北の町にある、普通の酪農家から始まった。
梨央は子どものころ、家族の中で一番期待されていた。
彼女は北見郊外で生まれた。家では牛を飼い、少しだけ牧草も育てていた。裕福ではなかったが、両親はまじめに働く人たちだった。牧場と家のことしか知らないような父母だったが、二人の子どもを何より大切にしていた。
梨央は幼いころから明るく、踊ることも歌うことも好きだった。
学校行事があれば、いつも前に出る子だった。教師は、度胸があり、リズム感もいいと言った。大きくなったら、町を出て何か違うことができるかもしれない。
両親もそう思っていた。
娘を一生牧場に縛りつけたくなかった。二人は早くから金をため、梨央を専門学校へ通わせた。
卒業後、梨央は地方都市へ出て、エネルギー関連企業の事務員として働き始めた。
それは、ごく普通で、穏やかな道だった。
固定の給料があった。寮は狭かったが清潔だった。週末には同僚と買い物へ行き、ときどきカラオケにも行った。両親が電話をかけてくるたび、足りないものはないか、ちゃんと食べているかと、遠慮がちに聞いてきた。
そのころの梨央は、自分があそこまで落ちていくとは思っていなかった。
最初に覚醒剤に触れたのは、ある集まりだった。
少し楽になるだけだと言う人がいた。一度くらいなら大丈夫だと言う人もいた。梨央は若く、その場の輪の中に入りたい気持ちもあった。自分が手を伸ばしたものが、人を内側から壊していくものだとは気づかなかった。
初めて警察に逮捕されたのは、2007年だった。
その年、梨央は薬物関連法違反で摘発された。母は連絡を受けると、北海道から彼女のいる町へ駆けつけた。あちこちに頭を下げ、罰金や手続きのための金を用意し、娘を連れて帰った。
そのときのことを話すと、梨央の表情がようやく変わった。
彼女は机を見つめ、しばらくしてから口を開いた。
「母が言ったんです。大丈夫、母さんが一緒にやめさせてあげるって」
母は薬物依存というものを知らなかった。
ただ、娘が変わってしまったことだけはわかっていた。夜になると、梨央は離脱症状に苦しんだ。体は冷え、意味のわからないことを口走り、骨の隙間を虫に噛まれているような痛みが走った。彼女は母の服をつかみ、もう一度だけ使わせてほしいと何度も頼んだ。
母は怯えていた。
一生を牧場と家事の中で生きてきた女だった。医学の知識もなく、誰に相談すればいいのかもわからなかった。娘は何か悪いものに取りつかれたのではないか。そう思い、神社でもらった御守を取り出し、部屋の四隅に塩をまいた。
それ以外に、娘を救う方法を知らなかった。
梨央は床に横たわりながら、母が一晩中そばに座っているのを見ていた。汗を拭き、手を胸の前で合わせ、何度も祈っていた。
その夜、母はほとんど眠らなかった。
その後、母はあちこちに相談し、梨央を地方の薬物依存治療施設へ連れていった。
数か月後、梨央の体調は一時的に落ち着いた。家に戻ったとき、両親はようやく山を越えたのだと思った。だが、薬が脳に残したものは、体が少し回復しただけでは消えなかった。
一か月ほどで、梨央は再び手を出した。
沙也香は彼女に尋ねたことがある。
「一度は乗り越えたのに、どうしてまた使ったんですか」
梨央はうつむき、指先を白くした。
「あのときは、誰かに無理やり誘われたわけじゃありません。自分でずっと考えていたんです。寝ても覚めても、そればかりでした。あとで、母が見ていない隙に、家の通帳を持ち出しました」
それは、家で売った子牛の代金だった。
家族の二、三年分の収入を、彼女は一度に引き出した。
その金を持って、昔の知り合いのところへ戻った。
考えていたのは、一つだけだった。
使いたい。
それだけだった。




