5.母の愛ではなく、罪だった
事件は地方裁判所へ送られ、裁判員裁判として審理された。
検察官は、美紀が娘の負傷を知ったあと、刃物を持って小百合の経営する食品スーパーへ向かい、口論の末に致命的な攻撃を加えたと指摘した。
現場から逃げなかったとはいえ、攻撃の程度は激しく、結果は重大だった。
殺人罪として刑事責任を問うべきだと主張した。
一方、弁護人は、美紀が離婚、失業、親権の喪失、そして被害者からの侮辱に長くさらされていたことを訴えた。娘の顔の傷が直接のきっかけとなり、そのときの美紀は強い感情の高ぶりの中にあった。
冷静に計画された犯行ではない。
弁護側はそう説明した。
法廷は、家庭内の対立や面会交流をめぐる背景を否定しなかった。
小百合に責任がまったくなかったとも見なさなかった。
しかし、被害者側の言動や刺激は、人の命を奪う理由にはならない。
地方裁判所は、美紀が強い怒りに突き動かされて殺人に及んだこと、事件後に現場に残り、取調べにも応じていることを量刑上考慮した。
その一方で、刃物を持って被害者の店へ向かい、取り返しのつかない死亡結果を生じさせた責任は重いと判断した。
高梨美紀は殺人罪により、懲役二十年を言い渡された。
判決のあと、沙也香は最後にもう一度、美紀と会った。
彼女は面会室に座っていた。髪は短く切られ、顔もずいぶん痩せていた。悠奈の話になると、その目だけがわずかに動いた。
沙也香は尋ねた。
「もし、あの土曜日に戻れるなら、別の選択をしますか」
美紀は長く黙った。
「する、と言いたいです」
顔を上げた。
「でも、あのときの私が本当に止まれたかどうか、わかりません」
沙也香は彼女を見ていた。
美紀の声は低くなった。
「私は悠奈を守っているつもりでした。でも今思うと、自分の憎しみも一緒に持っていったんです」
彼女は目を閉じた。
「小百合の命を奪って、悠奈のこれからも壊しました」
面会室の外から足音が聞こえた。
短い面会時間が終わろうとしていた。
美紀は最後に一言だけ残した。
「もしもう一度会えるなら、悠奈に言いたいです。お母さんが悪かった、ごめんねって」
白川町商店街は、その後すぐに日常を取り戻した。
小さなスーパーのシャッターは取り替えられ、棚は片づけられた。通りかかる人たちも、もう足を止めない。花屋は今も営業を続け、雀荘にも人は出入りしている。
商店街は、一人の悲劇のために長く止まってはくれない。
けれど悠奈にとって、あの土曜日は永遠に終わらない。
継母に叩かれた頬の腫れは、いつか引くだろう。
しかし、母が自分のために刃物を握った日付は、別の傷として残り続ける。
美紀は夫を失った。
家を失った。
娘のそばにいる場所を失った。
最後には、自分の自由も失った。
彼女は、ようやく娘を守れたと思っていた。
けれど本当に残されたのは、二度と埋まらない空洞だった。




