2.メンズ服でもカワイイがいい
もうすぐ三歳。足元もだいぶしっかりしてきた僕は、大きな鏡の前に立つ。この鏡は正妃であるエカテリーン様の国で発明されたもので、第二妃である母にもと、正妃が気を使ってくださったのだという。
この鏡を運んできた使用人は、上から目線で正妃であるエカテリーン様に感謝するようにと言っていた。僕にはよくわからないけれど、使用人のくせに不敬じゃないのかと思った。
母の実家は侯爵家のはずだ。元侯爵令嬢で王の二番目の妃より偉そうな使用人ってなんだと思う。
「お母様そっくり……」
僕は初めて今世の自分の容姿を見た。はっきり言ってカワイイが過ぎる。まるでフランス人形だ。
蜂蜜のような柔らかい金髪に、湖の湖面のような青い瞳。前世で憧れに憧れた金髪碧眼。この人生、勝った。容姿SS級。大勝利だ。
「そうね、アリアンは私似だわ。陛下に似ていたら、きっと獅子のように雄々しい殿方になったでしょうに……」
母はなんだか卑屈だ。祖父が来たときもただ祖父の言葉にうなずくだけの人形みたいだったから、きっと口答えしないように育てられたのだと思う。そうして従ううちに自信を失ってしまったんだ。
でも僕にとっては王より母に似ている方が嬉しい。優しそうに垂れ下がった大きな瞳。顔が小さいのにふっくらとした頬。透けるように白い肌。この顔はロリィタ好きなら誰でも憧れるだろう。
「お母様は世界一カワイイよ」
僕は満面の笑みで母を見上げる。いつか双子コーデとかやりたい。親子でおそろいとか最高にカワイイじゃないか。
「アリアンはとっても優しい子ね。今日は好きなお洋服を選んでいいからね」
そう、今日は仕立て屋が来る日だ。今までは小さすぎて自分で選ばせてもらえなかったけど、今日は違う。
この日のために、母にカワイイお洋服が欲しいとねだり続けたのだ。まあ間違いなくスカートははかせてくれないだろうけど、お母様とおそろいがいいと言ったらカワイイ寄りの洋服を作ってもらえるかもしれない。
ちなみにこの国、祖父の服を見る限りは男でもフリルと刺繍はありみたいだった。でも女性ほど華やかではない。いかにフリルを増量してもらえるかが、今日の戦いである。子供のわがままとして、ごねれば通ると思いたい。
「楽しみだなぁ」
鏡の中のカワイイ自分を見つめながらまだ見ぬ衣装に思いをはせていると、仕立て屋がやってきた。大量の生地と共に部屋に入ってきた仕立て屋は、マリーと名乗るひっつめ髪の女性だった。
「マリー。僕フリルが好きなの。フリルいっぱいのお洋服がいいな」
僕が挨拶もそこそこにマリーのスカートにしがみつくと、マリーは目を見開いた。
「王子殿下はまだ二歳と伺っておりましたが、ずいぶんとご聡明でいらしゃるのですね」
驚いた様子のマリーに僕は焦る。まわりに子供がいなかったから、もうすぐ三歳の子がどれぐらい喋れるのかわからない。うーうーとかしか喋れない年齢だっけ? いや、単語くらいは話せるはず。僕が初めてママと言ったのが一歳くらいだって前世の母親が言っていた。
「もうすぐ三歳だよ!」
焦った末に笑顔で誤魔化すと、マリーも納得したようだった。やっぱり最低限の会話はできるよね。ちょっと言葉を覚えるのが早い子だというだけで、変ではないと信じたい。
「この子は本当にカワイイものが好きなの。フリルとかレースとかお花も好きよね。あと前に買ったあの大きなウサギさんも。リボンを毎日変えてあげてるのよ」
母が部屋の隅に置かれたウサギのぬいぐるみを指す。ウサギは僕の手によってリボンで飾り立てられていた。自分で着飾れない悲しみを、ウサギをカワイイもので飾り立てることで慰めていたのだ。
「では新しいリボンも必要ですね。ちょうど新作をいくつかお持ちしておりますので、お好きなものをお選びください」
僕はマリーが開けた木箱に飛びついた。中にはたくさんのリボンが入っている。何なら木箱も花模様を彫って色付けされていてカワイイ。これごと買い占めたい。
「これはウサギに……これとこれはお母様と僕のお洋服につけて! おそろいするの!」
食いつかんばかりの勢いでまくし立てる僕に、マリーはまた驚いている。リボンを見るだけで、カワイイデザインが次々と浮かんでは消えてゆく。
「これ、カーテンとかテーブルクロスにつけてもカワイイな」
僕が目をつけたのは細いピンクの絹のリボンだ。刺繍がささやかで、フリルやレースと合わせたらこの白を基調とした部屋に合うのではないかと思ったのだ。
「テーブルクロスにカーテンですか?」
この部屋のカーテンもテーブルクロスもシンプルだ。飾りが一切なくて寂しい。困惑するマリーを横目に僕は力説する。
「そうそう、裾にフリルをつけてリボンで飾ったらカワイイよ!」
「そのようなことは考えたことがございませんでした。たしかに女性らしい部屋になりそうですね」
マリーが紙に墨で絵を描きはじめる。この世界で紙を初めて見たけど、昔紙作り体験で作った和紙みたいにガサガサしている。安い紙なんだろうな。
マリーはテーブルクロスとカーテンのデザインを描き上げると、僕に見せてくれた。
「このようなデザインでいかがでしょうか?」
僕としてはもうちょっと派手な方が好みだったので、細かく口を出した。
「フリルをもっと高い位置から、三段くらいにして。フリルとフリルの間にレースを挟んだらカワイイよ。リボンは小さめに結んで上品に……」
いつの間にか、僕とマリーは互いの意見をぶつけ合っていた。なかなか白熱したデザイン会議に額の汗を拭うと、マリーが神に祈りを捧げる信者のように恍惚とした表情で僕の手を取った。
「私は天啓を得ました。王子殿下はまごうことなき、創造の女神レティファに愛されたお方でございます。このマリー、王子殿下になら職人としての命を差し出すことも厭いません。どうかいつでもお呼びだし下さい」
なんでやねん。と思わず心の中でツッコんだ。すごくまずいことをしてしまった気がする。途中から自分が幼児だと忘れていた。
いや、でも待て。もしかしたらこれは好都合なのでは。僕に忠実な仕立て屋ができたということは、なんでも作ってもらえるということでは?
僕はできるだけ厳かに言い放つ。
「素晴らしい心がけです。マリー。共に服飾業界に革命を起こしましょう。手始めに僕の新しい洋服から……」
マリーは再び紙を取り出すと、僕の意見に耳を傾ける。しかし、僕がフリルの量を増やそうとすると、それは王家の格式を損なうと言われてしまう。
さすがのマリーもあまり奇抜な服を作れば王家御用達から外されてしまうのだ。僕は絶望した。仕方なくギリギリのラインでカワイイ服を作ってもらうことにして、今後のことを考える。
女装がしたい。なんとか女装する方法はないだろうか。考えてもいいアイディアは思いつかない。
「アリアン……あなたは賢い子……。創造の女神の寵愛までうけているなんて……いったいどうしたら……」
考え込んでいたら、後ろから母に抱きしめられる。この時の母の憂いの意味を、僕はまだ知らなかった。




