第四十話 火蓋を切れば
燃えずの塔内部にて、激しい金属音が鳴り響き、渚から発せられる声の、そのけたたましさに化物が怯んだ。
しかし渚は同時に狼狽えて、口から何か分からない、黒く、反射した光が青い液体を吐き出す。辛そうに顔を歪めたものの、間髪入れずに飛んでくる土塊と刃に、すぐ反応して床を転げまわった。
双剣の煌めきは刃こぼれどころか、片方が折れてしまっていて、それを握る渚は、溜息を噛み砕いて飲む。
「…………はぁ、流石に維持が難しいなぁ……苛々して来たよ、化物め」
「ただの童かと思えば、見た目にそぐわぬ時間を貪ってきたようじゃな? ふふっ、面白い」
「それ、君が言えることじゃないよねー……」
最早化物という言葉を褒め言葉として受け取る事にしたらしいミラジェイが、苦痛を耐えながら走る渚を睨みつける。
「中々に諦めの悪い…………が、そろそろ終わりのようじゃの!」
「────ッ!」
壁に刺さっていた刃が、横に一気にスライドする。そのまま浮き、高速で回転しながら弧を描いて渚の銅へ────、上と下とを離れさせた。
目が点になるほどかっぴらき、渚は衝撃からか双剣をするりと落としてしまう。
そして、ドサッと倒れ込んだ。
「…………」
「半日以上もわっちゃと闘って生きていたことは賞賛せねばな」
「…………ぁ?」
数秒、状況を理解できなかったのか、爪を立てて手を地に突き、立とうとする渚に、ミラジェイは下半身を持って見せつける。小首を傾げ、彼女は金属の刃で出来た体を震わせて、カチャカチャと異様な音を鳴らした。
渚は、ゆっくりと呼吸をする。
鬼灯のような部位の、中心に突き刺さっている剣を睨み、ゆっくり、ゆっくりと息を吐く。
双剣に手を伸ばし、
「…………意識を飛ばさぬとはな。何ともまあ、人間離れした奴じゃ、お主は」
黒い液体が、凝固していくような感覚に目を伏せて、
「血液の色からして、人間では無いのか。……いや、そんな事は今どうでもよいな。何か近付いてきておる…………半日程前に感じた気配じゃ」
それに意識を集中する。
────瞬間、ミラジェイの持っていた下半身、そして渚の上半身の断面から出た血液のようなものが、弾力を持った冒涜的な姿のそれとなり、彼女に襲いかかる。
触手、といったほうが早いかもしれない。タコともイカとも言い切れぬが、ミラジェイの体を拘束できるほど硬く、よくしなる。自在にそれを動かし、渚はミラジェイを後退させると、落ちた下半身を動かして身体をくっつけた。
双剣を握る。
「得体の知れぬ化物の俺と、剣だと知られている化物の君。あぁ、全く酷いものだ……化物は化物同士、こうやって闘うのが一番だったかな?」
苛立っている様子で、渚は後ろに目をやる。すぐそこまで、絵斗が来ていることを察し、双剣を振りかぶった。
「神話生物、独自研究で生み出された生命体を融合させた結果、俺はこの世に生まれ落ちた。しかし、創造者は俺を捨てたよ。ミラジェイ、俺は君と同じように……空腹に強い恐怖を抱いている」
「…………」
「あぁ、饒舌に語りだすのは気分がいいからさ、あまり気にしないでくれよ。ミラジェイ、やすやすと玩具が壊れてはつまらないだろ? もう少し付き合っておくれよ、なぁ?」
渚は足元に魔法陣を生成する。そこに自身の血を掛け、触手のようなそれをまた生み出した。
物理的ダメージの通らないこの塊は、本当に触手というべきか、それとも分かりやすく血塊というべきか、はっきりしない。渚はケタケタとかすれた声で笑いながら、ミラジェイと再交戦する。
飛んできた刃を双剣で受け流し、後ろからの攻撃は触手が防ぐ。弾かれていくのにミラジェイは短く舌打ちし、内心彼に引いているように見えた。
同族嫌悪、とはよくいったものだ。
「ハッ!」
金属音が鳴り響く。その間に、塔の入り口が開いた。そこから、絵斗がカメラを携えて走ってくる。ミラジェイは迷わず足の刃を投げ、そちらに意識をやった。
カメラを構え、床を滑ってミラジェイを映す。しかし、
刃が、カメラごと絵斗を突き刺した。
「…………──────あ゛あ゛ぁぁっ!?」
「────ぶ」
渚が叫び、ミラジェイを蹴飛ばす。
ここまでやっても、まだ少ししか消耗していないように見えた。ミラジェイの動きはそこまで遅くなっていない。渚との相性は良くても、絵斗のような銃撃戦に長けた人物には、この戦闘は苦手とするものだろう。
加えて、そもそも彼は闘いを嫌っている。
絵斗は驚きつつも、腹を片手で擦り、安堵の息を漏らす。それから顔をしかめて、刃に手をかけ────引き抜く。
こちらに走り寄る渚に、絵斗は血を拭いながら静止するように指文字で指示した。
「──────ッ! ……な、クソッ!」
くるりと回転、地を少し滑りながら前を向く。
「…………良かった、無事で」
「んなこと言ってる暇あるか! 絵斗!」
「平気です、平気……ですよ。本当に。忘れてもらっては困りますね。ゴーストライターは…………継承した部位以外では死ぬことはありませんよ」
絵斗は銃を握り、ノイズがかかるカメラを投げ捨てた。前進し、渚の隣まで進む。
刃が刺さったのは間違いなく頸動脈から胸元をまたがる範囲だったが、その傷は無い。そして、手には違う小型カメラが握られていた。
「……自分の傷の時間を戻したのか」
「写真機は全てが能力を使う媒体に成り得るので、色々と持っていると便利ですよ。としても、あのカメラは自然修復されますし、壊されても良いようになってますけど…………僕としてはお気に入りだったので、少しイラッときましたが」
「…………ごめん。また俺、駄目なとこ出てたな」
「いいえ、構いませんよ。それより……」
目配せする。
「久しぶりに、任務としてこれを完遂致しましょう」
「了解しました。足位、全部へし折ってやりましょう」
渚に関しては大分口調で隠せてはないが、ミラジェイがガタ、と足を床に突き刺す。
「やれるものならやってみよ。わっちゃを殺すを目的にして動かなければ、死ぬと同義じゃろうて」
「戦闘準備────インターセプト!」
※ ※ ※
日向渚
ゲンチャナに加入している、絵斗の同期。神話生物“ショゴス”と、他様々な生命体が融合した人型であり、空腹を一番恐れている。
絵斗の事が好きなようで、それに意識が向かないよう、互いに任務中は敬語で話し合うというルールを作っている。かなり仲が良い。




