第二十九話 吐露と瓦解
「すぐに動いたほうが良さそうだね……このペースじゃ、アセロラも生きてるのか怪しいよ」
「…………うん、アタシも……そう、思う」
ショックが大きかったのか、赤い双眸が見る先が曖昧なエリザ。それを見て、アルブスは静かに息を漏らす。
「……アルブス、アセロラ達の場所は分かるの?」
弱々しく聞いてきたエリザに、アルブスはうなずいて鼻を鳴らした。狼の耳がピンと立っていて、野性味のある仕草を見せながら、駆けている。後ろで付いていくエリザは「そうか」と短く返すだけで、アルブスよりも少し遅いペースで移動していた。
アルブスの胸がざわつく。後ろに感じるエリザのエリザたらせるものが、小さくなっていくような感覚が、全身を撫ぜ回してくるのだ。
思わず身震いをして、彼は足を止めずに走るが、暫く経つと彼女は急に立ち止まった。
「…………エリザ?」
「………………アタシは、アタシ、……アタシ、は」
「もうすぐだよ、もうすぐなんだよ。スペクター達の匂いが近いんだ」
どうして、今にも泣き崩れてしまいそうな顔をしているのか。アルブスは分からなかった。
「ねぇ、エリザ…………!」
「────っ」
「……どうしたの、どうして、もう少しで君は友達に会えるのに!」
「…………良い、……てってよ」
「え」
エリザは俯いていた顔を少し上げて、微笑む。
それは、アルブス達が対立していたときに見た彼女とは違く、あの時“殺してくれ”と懇願したものと似ているような。それでも、深みと重みが、彼女の悲哀が、感じられる笑み。アルブスは、察してしまった。次の句に告げられるものが、何なのかを。
口を掌で押さえ込んで、強引にでもアセロラの元に投げ飛ばしたら、この状況は好転するだろうか? アルブスは考える。
でも、彼女の決意が固まるほうが早かった。
「アタシは良いからさ、皆を頼むよ」
そう言って、彼女は微かに震えている手でアルブスを押した。動こうとしない彼を、もう一度、二度、三度と押す。
ついには歯を食いしばって、エリザはアルブスを押し飛ばし、地に尻を着かせる。
「…………ぅ、はぁっ、はっ……」
「………………エリザ」
「────名前呼ばないでよッ!!」
上ずった、泣くのを堪えるような、叫び声が響く。
「アタシは行けない! アンタがアセロラもスペクターも助けに行け! ……行けよっ!」
行かないんじゃなく、行けない。
アルブスは顔をしかめる。そして、ゆっくりと起き上がる。彼女を見据え、見つめ続け、固くなった唇を開く。
「どうして」
────優しすぎる声色に、自分の命さえ預けてしまいそうになるから。姉に似ていて、自分には無い才能を持っていて、羨望を抱いてしまうから。
そう言いそうになる口元を自身の手で塞ぎ、エリザはそのまましゃがみこんだ。
「……エリザ」
「アセロラに合わせる顔なんか、アタシにはっ、無いんだよ……」
「…………どうして?」
問う。優しく、問い続ける。アルブスは周囲の気配を感じ取りながら、問う。エリザは泣きじゃくって、子供のように鼻を鳴らして、それでも必死に泣かないように声を抑えていた。
「アタシはもう……手遅れなんだ。助けに行っても、アイツを殺しちまう」
「魔女に関係のあることなの?」
「…………あぁ、ミラジェイがアタシに教えた、不平等な魔女の運命さ」
「……僕に、手伝えることは」
瞬間、轟音が響く。砂埃が立ち上っているのは、アルブス達が向かっていたスペクターの方だ。
エリザが目を見開き、時間が無いことを悟る。アルブスも同様に、動かなければならないことを確信した。だからか、エリザはアルブスの手首を掴む。
「アタシは、血濡れた化物にはなりたくないね。……そんなの、正義に反してる」
「…………」
「殺せ。二度目だ、嘘は吐かない。恨みもしない。────殺してくれ」
「でも、魔女は」
「あぁ、絶望しなきゃ死ねないよな。だけど、安心して。アタシは今、最高に絶望してるよ」
アルブスは、エリザの真剣な顔を見た。
涙を貯めている。心なしか、彼女の瞳が、獣じみたそれに見える。
魔女の血。災厄を沈めるためのそれに、どれだけ魔女が蝕まれてきたのか。
「殺してくれ……でなけりゃ、矢か何か貰って動脈刺すよ。人を殺すのは、アンタも抵抗あるでしょ」
「────覚悟はあるんだね」
「ん。急いでるし、すぐやりなよ」
アルブスは爪から光るその刃を伸ばし、エリザの首元に添える。
形見である髪飾りの花が揺れ、軽い音と共に地へ落ち、粒子となって消えた。




