第二十七話 岩をも打ち砕く
「スペクターさん、これ間に合いますかぁ?!」
「間に合うかじゃねえ、間に合わせるんだ、よっ────!」
跳躍し、空高く上がったスペクターとエンチーシスは、チラリと教会の方を見てから下に視線を移す。そこに、煙の上がっているのが見えた。
その中に、空色の鋭い光と、真っ白な金属の反射光がぶつかり合っているのも。
「エンティ、ぶん投げるぞ!」
「へっ、えええぇぇぇぇぇっ!? ちょっと、まッ────」
「とりゃっ」
力を入れずに落とされたように見えたエンチーシスは、言葉通りぶん投げられて猛スピードでその土埃の待っている場所に突撃する。胸中、死を覚悟しただろう。が、
「うわぁぁっ!?」
横からそれよりも早い速度で、スペクターの得物である槍が地面に刺さり、土埃を風で吹き飛ばして、戦場を見やすくした。
そして、スペクターはそのまま頭を上にし、相撲のような姿勢になってエンチーシスの横まで追いつくと、しっかりと彼の体を掴み、降り立つ。
高所から勢いよく落ちるのだ、エンチーシスは必死に叫びながら目を閉じる。
しかし、案外衝撃も何も無く、彼は呆気にとられていた。
スペクターは水の塊を槍から展開させて、衝撃を吸収させていた。塊というよりかは泡のようなものだが、これによって、ぐちゃぐちゃの肉塊になることは避けられたようだ。
「────スペクター!? それにエンチーシスまで……!」
「…………よっと」
スペクターは地に深々と刺さった槍を引き抜き、同時に指を鳴らして地面をバウンドする泡を弾け消えさせる。
そして振り向き、エンチーシスを置きつつ──ローブ姿のそれを睨みつけた。
「…………お前いい加減にしろよ」
「なんの事じゃ? わっちゃの何にそこまで憤慨しておるのじゃ?」
「イディの腕、もぎ取ったのお前だろ」
「……関係ないじゃろ、それはお主らのペットが暴れたからで──」
と、エンチーシスとアセロラが走り出す。追おうとしたミラジェイに、スペクターが急遽作った水の槍で妨害した。それから槍の周囲から水を纏わせ、勢い良く噴出させて周りを囲み、スペクターとミラジェイを逃げていく二人から分断させる壁が作られる。
「チッ、ボケただけなのにマジで当たりかよ…………全く、運が無いな俺は……!」
「────……お主まさか」
「ああ? ────ッ!」
髪を掻き上げ、笑みを浮かべて言っていたスペクターの顔が歪む。奥歯を噛み締めながら、ミラジェイがスペクターにハンマーを振り下ろした。
危機一髪のところで避けるが、後ろから彼女の放った土塊が飛んできていることに遅れて気付き、肩と背に突き刺さる。一瞬よろけるも、スペクターはギザ歯をむき出しにして、冷や汗をかきながら一度距離を取った。
槍を握りしめ、弧を描かせながら後ろに引き、構える。
「急に何だよ、ミラジェイ?」
「……お主はいつまでもヘラヘラとしておるな。それ故に気付かなかったが……魔女としての力以外に、何か隠し持っておるのじゃろ? わっちゃにも、ドローレにすら気付かれなかった何かを」
「…………はぁ」
片手の掌で顔を覆い、暫く項垂れたかと思うと、ゆっくりと瞳を覗かせた。
その瞳孔は今までよりも鋭く、仄かな金色に発光している。珍しく一文字に閉じた口を震わせ、槍をまた回転させて地を突いた。
「隠してるつもりは無かったけどな。単に、俺と接する機会が少なかったからというのもある筈だ」
「……いつまでも、“兄”気取りの愚か者じゃな」
「それは、俺の……選んだ選択だ。イディも、……それを望んでいた。お前に、言われる筋合いは無い」
「姉として求められることは無い。お主は苦痛を感じないのか?」
スペクターは舌打ちをして、槍先をミラジェイに向ける。
「────だから、口出すなよ。何が目的だ?」
「わっちゃは、この世界を消滅させたいと思っているのじゃ。その為には、世界の根幹につながる災厄の血を滅ぼさなければならない」
「……だから、先代たちを殺したのか」
「…………ここで生きていてもしょうがないじゃろ。原初の魔女が作ったこの世界は、人間を知るためのもの。……しかし、人間も魔女も、起こる全ても、魔女の思う人間と世界の成り行き。ただの表面上の人間の醜さしか反映されず、不安定に進んで行く────」
耐えきれず、スペクターは空いた手で指を立て、その先を素早く上にして水泡を無数に出現させて、ミラジェイに放った。
しかし、それはいとも簡単に弾かれ、ハンマーが一瞬でチェーンソーへ変わると、その凹凸のある刃はスペクターの首元へ向かう。が、彼女は身を低くして応じる。
────直後、頭に強い衝撃が走り、スペクターはそのまま地に伏した。
「…………ァ、何だ……?」
「出来損ないの鬼風情が。兄も満足に守れなかったお主が、先代を殺したからと憤慨するか……寝言を宣うな、苛々するのじゃ」
目の前に落ちてきた黒黒とした欠片を見るに、スペクターの角をチェーンソーの刃が砕いたらしい。彼女ら鬼にとって、角は虫で言う触覚と同じ役割を担っているのだ。
「気配を察知する器官が損傷し、三半規管まで狂ったか?」
「ケホッ、…………なぁ、お前相当俺の事嫌いだよな……。今の言葉、大分刺さった…………ぜ?」
「…………」
「教えろよ。どうやって、……チェーカさんの…………能力を模倣した?」




