第十七話 魔女集会にて
「……どうするのドローレ、残された時間は少ない。いつ人々がここへ攻め込んでくるのか分からないのよ」
華美なドレスに身を包んだ、歌の魔女──“ヨハン・セントゥス”がドローレを急かす。ドローレは澄んだ碧眼を円形の机に沿うようにして並んだ面々を見つめ、焦燥感を不器用に隠しながら、力強く言い放った。
「継承者を見つけなければならないわ」
「継承者……二代目に相応しい人員を、今から見つけろって? おいおいドローレ。そんなすぐに見つかるもんじゃないだろ」
その言葉にすぐさま反論したのは、右目に眼帯をした、赤茶のポニーテールを靡かせる針の魔女“ペロネー”だ。その隣では、正義感の強い南の魔女“シリウス・ダムナティオ”が頷いて共感の意を示し、ペロネーの紫色の瞳の先──皆ひとしく視線を注ぐドローレを見つめる。
今度はそのシリウスが、紺色の髪、特に特徴的な真ん中に垂れた前髪を揺らす。強い意志の燃える赤い目をギラリと光らせる。
「シリウス、アンタは誰か心当たりはあるのか? …………ああ、そういや……妹さんはどうだ、心持ちや勘の良さで言えば、二代目のやつらを引っ張ってくれるんじゃないか」
「お言葉ですが、エリザはあまり……僕達のことに巻き込みたくないです」
「だが、急を要する問題だ。妹さん以外の気質を持つ人型を探すのに、アンタは自信があるのか?」
ペロネーの質問に、シリウスは黙り込んでしまう。
「継承者を探す理由、聞いてもよろしいでしょうか?」
と、ドローレを横目で見つめ挙手をした東の魔女“ロータス・イーリス”は問う。「もちろん」とドローレは返し、再度皆の顔を見渡した。
「皆は、魔女の契りを交わす際に飲ませた血液の小瓶を覚えているかしら?」
この問いには、誰もが頷く。勿論、ロータスもだ。彼女は銀髪を後ろで二つに細く纏めている。そして髪飾りが特徴的で、葉を二枚、球体を中心線にして挟んだようなものだ。橙色の瞳はいつも細く、鋭い。
「災いを呼ぶ危険性のある、十つの血を入れた小瓶……ですよね。それは、私達が飲むことによって魔女の力の根源として機能し、災いを呼ぶことができなくなる」
白髪の短く切りそろえられた髪、桜色の目を持つ北の魔女、“アルブス・グラキエス”。彼女は人差し指を立て、小瓶の役割を説明する。再確認もかねて、だろう。
「けれど、私達が人々の手で滅ぼされた時……災いを呼ぶ力がまた血に宿るのではないかと、私は危惧しているわ」
ドローレが言うと、皆の顔が等しく陰る。
「うーん……私はドローレに賛成よ。ペロネー、素質がありそうな子を二人、知っているのよね?」
ヨハンが小首を傾げて聞くと、ペロネーは確かに頷いた。
「あぁ。たしか、スペクターとイデー。鬼の姉妹だな」
「つまり、その二人が居るから、ペロネーは継承者において困ることは無い、と」
ドローレと同じ赤髪と青目を持つ双子の魔女、その片割れ──時の魔女カストール・ラ・ヴァンドラが静かに要約する。しかし、ペロネーは首を横に振った。
「いや、スペクターとイデーは、アタシの継承者にはしない。……アタシから引き継げば、あの姉妹は離れちまうだろ。だから、ヨハンに任せるよ」
「いいの? でもペロネーは継承者を探さなきゃならなくなるのよ」
「……いや、まだ一人当てがある」
「なら、スペクターはロータスに、イデーはチェーカのを継がせるわ」
ヨハンはペロネーへお辞儀する。
「一ついいかな、母様」
と、印の魔女ポルックス・ラ・ヴァンドラがフリルを纏う袖から手を出しドローレのローブの裾をつかむ。
「親族の居る方はその方に、ヨハンはペロネーより任せられた二人の割り振りはそれでいいんだね」
と同時に、ポルックスはシリウスを一瞥する。そのすぐそばにいる、口元の縫合跡に指先を添える空色の髪を長く伸ばした少女──いや、西の魔女アセリア・アタナシアもだ。
アセリアは黒と白の長いスカートを軽く摘み、手に力を込めた。
しかし、二人とも仕方の無いことと割り切るしかないだろう。ポルックスの予想どおり、彼女らは葛藤しながらも頷く。
「母様は最近塔で盗みを働いた十三剣士……いや、同族の一人が居るから良いけど……アルブスは大丈夫?」
「ポックとカットみたいな子が居るから、大丈夫ですよ」
その返答に小首を傾げる双子だが、アルブスは微笑んでいる。
「なら、継承者はその人とするわ。皆、これは切り札のようなもの。これを決めたからといって、貴女達が本当に死ぬのは希望を塗り替えれる程の暗い感情に染まったとき……気を付けて生活してちょうだい」
ドローレがそう言って席を立ち上がると、皆揃って強く頷いた。これからの惨劇も何も知らない、無垢で純粋に人々を守ろうとする少女達の末路がああだったとして、アセリアの側に居たアリスは、どんな気持ちであったろうか。
「……アセリア」
まだこのときは、アリスの心内に根ざす嫌な予感が、曖昧で朧げなものであったから。
言葉には出せなくとも、アセリアは優しく、彼女に微笑みかける。
チェーカが子供に刺殺され、ペロネーが狂乱の末シリウスに処刑され、ヨハンが自決し、アルブスが命を投じ、シリウスが人々に騙されて灰になり、ロータスが水底で死に、ドローレが死に。
ポルックスとカストールが、アセリアの目の前で何者かに{殺された}。
「貴女だけは」
どこまで絶望させれば気が済むのか、アセリアは弟さえも失うところだったのだ。その言葉が、ぶつぎりにならなければ、もっと彼女の心は楽だったろう。
輪っかのあるロープが梁の下揺らめいている。
アセリアはそれに手を伸ばした。
首を通し、宙に浮いた。
開放を望んでいた。継承も忘れ、血液の影響も考えず、ただ自らの責任から逃げたいがばかりに。
今考えれば、何をしていたのか。この行為のせいで、間違った沼に入り込んだというのに。何も救えない、そのままで消えていくだけの、ただの少女であれたなら。そんな空想に想いを馳せ、戻ってこられたと言うべきか? 戻ってきてはならなかったのではないか?
この世界は何かが可笑しい。
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【図鑑】
初代魔女
『厄災』と呼ばれていた者達。島の民は皆、厄災は滅んだと思っている。恐怖の対象を聞かれて、一番最初に出るのがこの単語だろう。
同時に、魔法というものを世界に産んだ存在とも言われる。




