第九話 事は一通の手紙から
「……二人とも、気を付けてね。ここからは彼女の“テリトリー”だから」
気は進まないが、けじめをつける為だ。
シャルとアルブスの二人は力強く頷いて、私の横に並ぶようにして歩いて行く。私は杖を取りやすいよう袖の中に隠して、瓦礫だらけの城跡地を見渡した。城の一部であった小さな搭乗者の建物は残っているが、他は殆どが道を阻むように、乱雑に転がっている。木々も壁から地へ倒れ込むようにして突き出している。
と、向こうに見えるテーブルと椅子の空間に気づく。そこに、エリザも居た。
「よお、アセリア。久しぶりだな」
彼女は紺色の髪をなびかせながら、赤色の瞳をこちらに向ける。その眼中に、混沌とした感情が揺れているのを感じてか、アルブスの耳がペタリと髪に着く。シャルは特に顔色を変えず、真っ直ぐに彼女を見つめていたが、その拳は強く握られていた。
「えぇ、久しぶりね。元気していたかしら?」
「チッ…………はぁ。それで、真実を話してくれる気にはなったか? この前は逃げられちまったからな」
「…………」
私は椅子に腰掛ける。と、他の皆も続き、机を囲んだ。
「良いわ。話してあげる。但し、私が勝手にすべてを打ち明けるんじゃ、効率が悪いわよね。貴方から質問したい所を話してくれれば、早く終わらせられるのだけれど」
彼女は明らかに納得のいかない様子であったが、歪めた表情を深呼吸で真剣な顔へ戻し、頷いた。
「じゃあ、はじめに。西の魔女の先代は死んだっつったよな? ありゃ嘘だろ」
「…………」
シャロームが横目で私を見る。そして、夜空を映したような瞳だけで、話して構わない────と、意思を伝えてくれた。
私は一度咳払いを挟んで、立ち上がった。
「この前の魔女会議では、私は確かに先代の西の魔女アリシアは死んだ、そう言ったわね」
「あぁ」
「えぇ、えぇそうよ。私は六百年、西の魔女ですとも。……アリシアなんて人、最初から存在しないわ」
細めた目で、エリザを見る。彼女は拳を机に叩きつけ、低い声色で「やっぱりか」と、吐き捨てるようにこぼした。
「……それで? 何で、先代が居ただなんて、自分は周りと同じように恩師を失った人間だって、嘘を吐く必要があったんだ?」
私が小首をかしげると、彼女はため息をつく。
「だぁから、……別に“残念ながら私の力では貴方達の師を守りきれなかった”……これで良かったろ?」
彼女なりに私の真似をしながらそう、呆れながら言う。私は顎下に手を添えて、ゆっくりと呼吸を挟む。
「……いいえ。私は、貴方達に純粋な気持ちで先代の死に向き合って欲しかったの。それに、私というイレギュラーは要らないでしょう? 恨みつらみの原因を誰かに押し付ける心理があるのは理解しているけれど、その対象を無駄に提示するのは、私個人としては許せないものだったのよ」
「……いまいち、理解できねぇ。アタシにはそれが、自分の責任から逃げようとしているように感じるんだが?」
「いや、姉さんはたしかに、全力で家族同然の彼女らの為に奔走していました。そのような推測をご勝手に話さないでいただきた────」
「シャル」と、私は彼を制す。眼前に腕をかざされて、彼はハッとして握っている手を開き、力を抜いた。しかし、彼のエリザに向けている視線は更にきつくなったように感じる。
私は軽く頭を振って、自分の胸に手を置いた。
「いえ、私は逃げたりしないわ。……そもそもできないわよ、そんなこと」
「じゃあ、少しでもアタシらに本当のことを教えた方が良いって考えはなかったのか?」
「…………言いたく、無かったのよ」
ダン、とまた一層力強く叩く。彼女は苛立った様子だ。今にも────いや既に、彼女は私の首元の襟を握りしめていた。そのまま首を締めようともう片方の手も伸ばすが、これはシャルが止める。
「…………ざけんじゃねえ」
「貴方は、真実が欲しかったのね。…………きちんとあの場で、貴方達のそれぞれの意思を聞くべきだったのかも」
その口を閉じろ、と言わんばかりに彼女は目に涙を浮かべ、顔をグチャグチャにして私の首に残っている締め跡に指先を押し当てた。
もうそれに、痛みを感じることはないのだけれど。
「私だって、聞きたかったわ。“どうしたら、みんなを助けられたの?”って……」
「……は?」
「私は、どうすれば良かったの? あれだけ私に優しくしてくれたシリウスも、守ってくれたドローレも、色々なことを教えてくれたカストールも、笑うことを思い出させてくれたペロネーも、みんな、皆私の手で殺したも同然じゃない!!」
あらん限り、叫ぶ。誰も答えてくれるはずはないのに。誰からの同情も求めないと、決めたはずなのに。
「それなのに、責任から逃げるですって? 冗談じゃないわ! 私がどれだけ自分の無力さに打ちひしがれたのか…………!」
そこまで言って、私は口を噤む。
エリザもアルブスも、目を丸くしてこちらを見ていた。ただ一人、シャルは目を伏せて何かをこらえているようにも見える。
「…………ごめんなさい。貴方の姉を守れなかったのは、たしかに私のせいよ。弟のことばかりに気がいって、周囲の惨劇に気付なかったから……手遅れになる前に、助けに動ければどれだけ良かったか」
「………………」
こんな筈では、と動揺を隠せない彼女は、静かに私から離れて机に手を添えてよろめく。アルブスはシャルに手を引っ張られて私の隣に来たが、私は地面から背中を剥がせそうにない。
久しぶりに、大声を張り上げたかもしれない。いつもいつも、何かに怯えて、自分でない誰かの台詞を吐いているように感じていたけれど。…………私は。
「……すま、なか…………。すみませんでした、アセリア」
おもむろに震える唇から、そうこぼす彼女に近付くため、私はゆっくりと上半身だけでも起こして、彼女に手招きする。
「…………ごめんなさい。アタシ……姉さんの仇だってずっと。嘘を吐くのも、本当は姉さんを直接殺したんじゃないかとか、馬鹿な妄想しちゃって……」
「……私も、本当のことをすぐ言えずに……あのとき離れてしまってごめんなさい」
「でも、暫くは……許せそうにないや」
「そうだ」と私は手を叩く。
「許せなくてもいいわ。ただ……あなたの為に、何か出来ることはない?」
「…………できること、か」
私達魔女って、変に気持ちの切り替えが早いわよね。まぁ、そんなことはいいとして。どちらかというと、今のは全然、気持ちの整理なんてお互いについてなかったでしょうから。
「じゃあ────」
一瞬、空気が止まる。
「────アタシを、殺してくれよ」
※ ※ ※ ※ ※
【図鑑】
“魔女”
厄災の本来の名称。魔法を扱える、契りを交わした時点で一度死亡した扱いになるため、体感した一度目の死が消滅・転生の理にひっかかる。
血を継承することで代々受け継ぐことができるものの、十つの災害を代表する厄災(怪物)という称号がついてくるので、本人達も継承はおすすめしないし、できればさせたくなかったようだ。
継承をすると先代は“アニマ”と同じ分類に入るらしい。
“輪廻転生”
人型は例外なく二度のみ死を繰り返すことを許される。二度死ねば消滅し、転生の輪に入れられる。しかし、魂は元あった世界から拒絶されるため、消滅するラインまで行ったら、もう自身の故郷であった世界には生まれられない。




