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八話 勝機はいくらだ

サブタイで遊びたい日

 ファーナムたちは、砂地に刻まれる足跡を消す、あるいは隠蔽する手段を持たない。そして、大人と子供では同じ徒歩(かち)であっても、機動力は段違いだ。

 だから、それ(・・)はだったのだろう。トッ、と月明かりの下、ファーナムの肩を追い越す一矢が砂地に突き立った。

 外れたのではない、商品を傷つけぬために態と外したのだ。そう(・・)と分からせる、あからさまな一射だった。

 尻に食いつかれてしまった以上、逃走を強硬に続けることは愚策である。

 

「おーおー。いい歳こいたおっさんどもがガキどもの尻を追いかけ回しやがって……死に腐れやペド野郎」


 カナンを下がらせ、ファーナムは『颶風の鎌』と相対する。

 総勢七名。いずれも武装している。全戦力を投じた追撃戦だ。尻に火が点いた彼らには、出し抜かれた怒りと屈辱しか残っていない。中指を立てた、少年の挑発に殺気立つ。


「投降しろ。今ならまだ許してやる」


「従えば傷つけないって? アホか。そう言って、麻痺毒食らわせるために切ってきたのはお前だろうが」


 集団から歩み出た首領がナイフを抜く。見覚えのある刃に付着するは、一撫でするだけで身体の自由を奪う麻痺毒だ。肉の奥深くまで突き刺せば、心停止や呼吸不全も引き起こせるかもしれない。

 ファーナムがカルバインから奪い取った武装(ナイフ)との差は歴然だ。(オプション)は当然のこととして、切味や耐久性などの基本性能においても格段に劣る。

 大人の腕で長剣を振り回そうと空を切り、しかして一歩詰めるだけで敵手の急所を抉ることの出来る、絶妙な間合い。

 冷たく見下ろす男を、ファーナムは犬歯を剥き出しにして笑った。


「俺とカナンのご神体に傷つけといて厚かましい連中だ。さては田舎モンだな?」


「都市を一つしか持たない、土人ほどではない」


「都市を幾つも持って国がどれだけ栄えていようと、子供を売り飛ばすために他国まで遠征するんじゃお里が知れるぜ」


 吐き捨てながらファーナムは地を蹴った。

 戦力差が大きいから、特攻は敵の予想を外れる。一方で、幼馴染のカナンには彼の思考は手に取るように読み取れた。魔力の波動が走り、首領の足を砂が絡め取る。

 クソ度胸だけを頼みとした無謀と蛮勇は、しかし相棒の援護を受けて立派な作戦へと昇華された。刃がぶつかり合い、月下に戦闘曲を奏でる。


「いきなりかっ!」


「はぁ? 武器握って戦場に立って、敵と向かい合ってんだぞ。とうにゴングは鳴ってんだよ。それとも何か、よーいドンで始まるとでも? 育ちのいいお坊ちゃんだなぁ!!」


 ファーナムもカナンも力不足。それゆえに作戦が嵌ったのは最初の一合のみ。

 その後には、首領は脚に力を込めるだけで拘束を脱した。足止めが消えれば、ファーナムとの一対一に付き合う理由もない。

 後方の集団と合流し、多勢で寡兵を圧し潰しに掛かる。首領の号令に、部下は鬨の声を上げた。

 槍が、剣が、斧が掲げられる。最後方では弓兵が弓に矢を番えた。


「カナン、悪いが守れそうにない! 抜けたやつ(・・・・・)はお前が何とかしろ!」


「余計な心配しないで。あたしはお荷物にはならないっ!」


 脚が震えて、声も震えている癖に頼もしい意気だ。早速砂礫が飛来し、槍使いの両目覆った。

 視界の喪失と痛みに足踏みする、間抜けの横っ腹をファーナムが引き裂く。間を置かずに傷口に素手を突っ込み臓物を引き摺り出した。

 回復の可能性を根こそぎ奪い去る追撃だ。ビクビクと蠢く臓物を差し出し、「これがお前たちの未来だ」と懇切丁寧に教導する。


「六」


「おぉおおおおおお!!」


 仲間の惨殺死体に怯えたことを、少年に恐怖を覚えてしまった事実を隠すように、長剣使いが戦意を謳う。

 腕の一本ぐらいなら斬り落としても構わない。

 心の底からそう思っているのだろう。思い込んでいるのだろう。渾身の唐竹割が、少年の肩口を軌道に捉えた。

 腕が根元から落ち、血が噴水のように飛び散る。半秒先の未来絵図を二人は共有し、そして盗賊の顔が凍り付く。

 ファーナムが半歩ズレたのだ。それも、斬撃を躱すのではなく、むしろ当たりに行く形だ。刃の真下には肩ではなく、ファーナムの頭が置かれてしまった。

 傷つけることはあっても、殺害は厳禁。人身売買の原則だ。

 アアルの男児が齎す大金に目が眩んだ無法者を、闇の法が縛る。咄嗟に剣を止めるも、全力の一撃の急停止の代償は大きかった。

 筋と関節が痛み、硬直を強いられる。敵の前で止まるなど、もはや「切ってください」と言っているようなものだ。

 ファーナムは俎板の鯉のように男の指を解体し、武器を剥奪する。体の大きい大人とはいえ、拳を握ることさえできない者の何を恐れることがある。飛びつくや、男の胸と腹を滅多刺しにした。


「五。――()ぇな」


 快進撃に、弓兵が水を差す。ファーナムは己の体から生える矢を放り捨てた。

 鏃に毒が塗ってあるわけでもなく、標的を殺さないように加減した、矢の脅威は大きくない。針鼠のようにされることは御免だが、優先度は低かった。

 近接武器を扱う盗賊を間に挟み、射線を封じる。当面の対応はそれだけだ。結局のところ、最後方に陣取った、弓兵を仕留める順番は後に回すしかない。

 次の相手は、特に体格に優れた大男だ。筋力が自慢なのだろう、重厚なバスタードソードを振り回す。しかし大振りの武器は、重量に頼った破壊力がウリだ。だから、敵対者の不殺という制限が特に強く働く。

 加えてファーナムは子供の割に強く素早い。壊してはならない的がピョンピョンと飛び跳ね、命にも届く刃を持つという悪夢だ。最小の労力で勝利を飾る。


「四」


 援護が飛んでこないことを訝しみ、カナンの様子を窺えば、絶賛修羅場の真っ最中であった。

 彼女が素手の魔術師だから肉弾戦が出来ないと思ったら大間違いだ。跳ねて駆けて。進んで下がって。軽快に動き回り、気まぐれな猫の如く凶刃を掻い潜る。

 一般に女性は男性よりも柔軟性が高いとされる。女系民族が人口の大半を担うこともあり、アアル王国に伝わる格闘術はその強みを活かす仕様だ。しなやかな体を持つ、猫人との相性は最高である。

 しなる足は鞭の如く、敵手の膝を砕く。

 連続する掌底が内臓を揺らす。

 地に掌をついて上下を入れ替えた少女の足裏が、真下から顎を蹴り上げる。

 武具の有無という不利を技前だけで覆し、着々と追い詰めていく。運びは詰将棋にも似て慎重だが、王手(チェックメイト)は大胆に。両腿で盗賊の頭を挟み込むと、体を捻って頚椎を粉砕した。


「三」


「余所見してんじゃねえ!」


 カナンの健闘を口笛で讃えながら、ファーナムは長剣を拾い上げる。三流短剣(ナイフ)の耐久性が心許ないがための双剣スタイルだ。

 男児の腕力で、双剣を扱えるのか。片腕だけで長剣を振れるのか。

 是である。

 西瓜を握り潰すような女たちに囲まれて育ったために自覚は薄いが、彼の身体能力は幼くして他国の成人男性にも劣らない。

 キン、キン、と金属音を響かせて幾度となく切り結ぶ。刃の欠け始めたナイフが弾かれ、ファーナムの手から空に旅立つと男は口元に弧を描いた。


「アホだろ。――二」


 武器の破損や喪失は戦場の倣いだ。したがって、それを防ぐための戦い方や、その事態が起きてしまった後の戦い方もアアル王国では学ばされる。

 カナンに至っては素手で盗賊を返り討ちにしているのだ。二本の刃物の片割れが離れただけで、ファーナムが取り乱すことはない。

 打ち合いながらも小まめに脚を動かして立ち位置を調節。数秒の空中遊覧から帰還したナイフを、足の甲で蹴りつけて撃ち出す。

 ファーナムは魔法を使えない。飛び道具も持たない。頼みの綱は粗末な剣だけ。接近しないことには戦いにすらならない。そう早合点した弓兵は、予想外の飛び道具に身が固まって動けない。驚愕に目を見開いたまま、喉仏を貫かれる。

 剣士と戦いながら、一足跳びに後衛を始末する。離れ業なのか、それとも曲芸なのか、その区別さえも付けられない。弓兵をみすみす死なせてしまった、盗賊の驚愕は一入だ。思考が停滞する。致命的だった。

 比類なき痛苦が、彼を忘我から引き戻す。胸から腹に大きく刻まれた十字傷。溢れ出る血の勢いはとどまるところを知らない。急速に力が抜けていき、血を吸い込んだ衣服の重みに耐えかねる。

 眼前の男が砂漠に斃れたことで、ファーナムの視界が開けた。メインディッシュにして最大の難関に切っ先を向けた。


「そして、一だ」


「ブラボー。予想以上に動けるな。アアルの民は皆がそうなのか?」


「お前の手下が三下なだけだろ」


 少年と大人の間で真剣勝負が成立するという異常事態。味方同士で斬りつけ合うことを恐れて、多対一の定石たる『囲んで殴る』戦法も使えない。作戦目標が『殺害』ではなく『捕縛』であること。

 ファーナムに優位に働く要因が複数個転がっていたとはいえ、彼を下せなかったことは『颶風の鎌』の落ち度だ。

 練度も覚悟もまるで足りない。『楽な儲け話』に乗っただけのハイエナ集団は、英雄志望の踏み台にさえなれない。


「つーかよぉ。大物ぶっちゃいるが、部下があれじゃお前もカスだよな」


 『颶風の鎌』には傑物が一人もいない。有象無象を率いるだけの頭目に大器が備わるはずもない。ファーナムはお山の大将を嘲笑う。


「練りに練った作戦は穴だらけ。せっかくの捕虜にはトンズラこかれ、追い付いたはいいものの死屍累々」


「おかげで報酬は俺の独り占めだ」


 それは部下を失ったことの弁明でしかない。他の失態の正当性を一切意味しない。


「遠吠えにしか聞こえねえな」


 二本の銀色の閃光が激突する。

 首領のナイフ捌きは、部下の技量とは雲泥の差だ。ファーナムはまったく追い付けない。けれど、剣戟は終わらない。

 五度を超えても無傷。十度を超えても、一歩として退かない。

 首領は強い。ファーナムよりも一回りも二回りも強い。つまり、アアル王国内の基準で見れば「少年よりは強い程度の弱者」だ。他国でどれだけの悪名を轟かせたのかは寡聞にして知らないが、王国には彼以上の戦士は掃いて捨てるほどにいる。

 彼女たちの技を闘技場で見物し、模倣してきたファーナムだ。それ以下の稚拙な技は、目で追えずとも勘だけで応ずる。



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