九話 たとえそれが那由他の彼方でも
人間さんと吸血鬼さんの応酬が大好きです
「往生際が悪い……!」
「てめえが仕留め切れねえだけだ!!」
ファーナムは言葉と物理の両方で切り返す。彼は今や、自身だけでなくカナンの命運さえも握っているのだ。絶対に負けられない。猛々しく吠える。
ナイフの麻痺毒は鬼門だ。だから、そもそも近寄らせない。歩幅を大きく取り、腕も最大限に伸ばす。長剣のリーチを活用して首領の出鼻を挫く。
易い仕事ではない。ファーナムが首領を侮蔑しようと、戦闘力では劣るのだ。
同時に動き出すようでは競り負ける。二手・三手先を読むだけでは追い付けない。五手・十手先まで読むことが戦いを成立させる最低条件だ。
フル稼働する頭に熱が籠る。血涙と鼻血が垂れ、頭の奥の耳鳴りが止まない。
それでも守りたいものがあるから。命を削り、心を燃やし、剣を手放さない。
「ファーナムっ!」
カナンの魔術が発動するや、すかさず守勢から攻勢へと切り替える。
砂礫を嫌い転がった男の首筋と、切っ先が一本の線で繋がた。砂地に切れ込みを入れる剣が、半月の弧を描く。
男の首がポーンと飛んで、頭から返り血を引っ被る。鉄錆の臭いに鼻を鳴らしつつ、ファーナムはトロフィー代わりに生首を掲げる。そのような泡沫の夢を、柄を通して伝わる、鈍い痺れが覚ます。
首の前に置かれたナイフ。腰も入っていない防御が、ファーナムの全力を受け止めていた。
「だから無駄なんだって――分かれよなぁ!!」
ファーナムの最大最高最強の一閃を、首領は小技一つで上回る。
そんなことは百も承知だ。勝機が那由他の彼方に置かれていることは、剣を止める理由にはならない。
「速度も、力も、経験も、知識も、技も、俺が上だ! 餓鬼が取れる、安い首じゃねえ!」
「なら、俺は心ひとつでそのすべてを上回る」
死を経て、転生し、■■■■はファーナム・クセルクセスとなった。名前が、血筋が、親が、年齢が、人種が、生きる世界が変わろうとも、彼は依然として彼のままだ。魂魄こそが人間を定義する。心だけが、人の存在証明だ。
戦闘、食事、性行為、政治に経済活動。人の営みは総じて意思によって為される。あらゆる行動の源は精神の揺らめきだ。心こそが最大の力を持つ。
人は、心の生き物なのだ。諦めない限り、人に不可能は一つだってありはしない。煌煌として燃ゆる勇気を、満天下に謳い上げる。
「俺には背負ってるものがある。己の夢を、親の愛を、そして、今はダチの運命を。男に生まれたんだから、その重みに耐えて立って進むんだよ!
さあ世界よ、とくとご覧じろ! これが俺の覚悟だぁっ!」
生命が生まれながらに課せられる、自壊を防ぐためのリミッターを気合だけで消し飛ばした。
骨が軋み、筋肉が千切れ、血管が破裂し、神経が焼け。そうしてファーナムは戦闘力を劇的に高めていく。膂力の差は、一秒事に縮まる。
「こうか? それともこうか? いや、違うな。これだよ!」
アアルの女戦士たちは強いが、強すぎるのだ。ファーナムが学ぶべき点は数あれど、意図を理解できないことは少なくない。
一方で、盗賊団の首領。ファーナムとアアルの女戦士の中間、それも少年寄りの強さを身に付けた彼の意図は分かり易い。実力が近いから見える物も多い。
都合が良いことに、ファーナムは首領と互いの息遣いが聞こえる距離に立っている。本気で剣を合わせることも出来る。
見本には最適だ。彼を教材として経験を追憶し、技を盗む。
第三者の視点で見れば、それはさぞや奇矯な光景だったことだろう。少年と男、獲物も体格も異なる二人は、けれど息遣いから間合いの測り方に至るまで瓜二つなのだから。
再現率は限りなく百パーセントに近い。一分も打ち合えば完全な模倣も達成出来るだろうが、成人と子供がまったく同じ技を出し合えば、どちらが勝つかは火を見るよりも明らかだ。残り数パーセントの模倣に拘る意義は薄い。
だからファーナムはアプローチを変更した。外から内に取り入れるのではなく、既に内にあるものに手を加える。
攻撃、防御、移動。戦いを構成する善領域で、思いつく限りの試みを実践し、盗み出した『首領の剣技』の原型を崩す。破壊の後に創造される、『ファーナムの剣技』が開幕以来初めて首領の刃を弾いた。
「こ、のッ、気色悪い餓鬼がっ!」
『颶風の鎌』が砂嵐の乗じて強襲した時点では、ファーナムは首領の足元にも及ばない小僧だった。それが今や、彼の刃は首領の喉元にまで到達している。
その成長速度は意味不明。首領からすれば理解不能の不条理だ。
だからこそ、ファーナムは英雄の素養を秘めている。
一騎当千の英雄も万夫不当の英雄も、敵からすれば悍ましい怪物だ。邂逅した瞬間に死を覚悟する、絶望的な理不尽の化身。その一端をファーナムは見せたのだ。
「まだだっ!」
驚異的な成長を遂げたから満足する、ということはない。彼の成長は勝利のための手段なのだから。
諦観を唾棄する。達観を嘲笑する。妥協を忘れ、ギラギラと両目を光らせ克己する。その心根一つで、またもや限界の壁をぶち破った。
彼の熱量は天井知らずだ。意識が底なしに深まる。愚直な精神論に、現実が侵食されていく。
「どうした悪役。俺を、カナンを大金に換えたいんだろう? 他人の人生をオジャンにしようってんだ、てめえもこの一瞬に、己の過去現在未来を賭せ! そうでなくちゃ釣り合いが取れねえだろうが!
運命がカードを混ぜた! ジャックポット狙いの大勝負といこうぜ!!」
「それなら、あたしはファーナムに全賭けにゃん」
しれっとカナンが賭博に割り込む。彼女がペロリと悪戯げに舌を出し、首領は足場を踏み抜いた。
落とし穴だ。『地』に類する魔術に秀でた、カナンならではの罠である。柔らかな砂漠の土壌に作成ことは簡単ではないが、この場にはファーナムがいた。
彼は存分に異常性を見せつけた。誰も彼もが、少年に注目せざるを得ない。その影で、カナンは時間を掛けて丁寧に落とし穴を設置しただけだ。
ガクリと落ちた首領の肩。膝下まで埋まった、左足に砂が集う。砂の手が掴み、砂の檻が囲い、砂の咢が挟み込む。
宣言通りの全身全霊だ。たった数秒で残存魔力を使い果たす勢いで、砂の拘束を固める。
「やっちまうにゃ、ファーナム!!」
「ああ。これでやらなきゃ、嘘ってもんだよなぁ!!」
逃せば、二度と訪れることのない最大最高の好機だ
喉が裂けて血を噴きながら轟轟と吠える。軋むほどに奥歯を噛み締め、高めた殺気。それが囮であることなど、本人以外が知れるはずもない。
彼の左手を貫いた、首領こそ最も驚いたことだろう。ファーナムはまるで差し出すように掌を向けていたのだから、達成感よりも困惑が先だつ。
鬼門であるはずの麻痺毒も、しかし回るまでの須臾ならば効果が現れない。加えて、掌を貫かれたまま拳を握ることで、刃を引き抜かせない。
勘が逃げるための足を、ファーナムが防ぐための手を奪った。
首領は今や、屠殺の順番を待つだけの家畜だ。斬首の瞬間を今か今かと、首を長くして待ち侘びる囚人だ。
「や、やめっ――」
「くたばれ」
一閃が長い戦いに幕を引く。
「はっ、はっ、あぁぁあああああ……っ!!」
生首がクルクルと回りながら飛んでいくが、勝利の美酒に酔いしれる暇もない。荒々しく動悸が乱れ、剣を取り落とした。
空いた右手で、左手のナイフを抜く。そうするべきだ、そうしなくてはならないと分かっていても、体が従わない。
毒が牙を剝き始めたのだ。指先が痺れる。震える。
感覚が消ゆく体に、更に限界突破の反動が畳み掛けた。無事な部位は一つとしてない。毛細血管の一本から五臓六腑までもが傷だらけだ。脳内麻薬の異常分泌も止まり、拷問染みた苦痛の波が押し寄せた。
「もういいんだ、ファーナム。よく頑張った、ゆっくり休みな」
新たな受難に抗う少年を、妙齢の女が抱き留める。毒塗りのナイフを抜き取るや、すかさず回復魔術を行使し、ファーナムの命を繋ぐ。
実母の体温を感じ取り、少年の顔から険が取れた。溢れ出す戦意が凪いでいく。瞼を下ろし、ゆるりと意識を沈めた。
「ファーナムっ」
「おっとカナンちゃん。君も大事なさそうでよかったよ」
魔力の消耗は激しいが、逆に言えばそれだけだ。ファーナムは応急処置を施さなければ命も危うかったが、カナンにその心配はない。
見知った少女が無事であることに安堵を覚え、息子が幼馴染を守り通したことが誇らしい。
息子の誘拐を知らされ、いの一番に捜索に乗り出した母たる狩人。一夜で千里を駆ける韋駄天は、はたして探し人を見つけ出す。そのとき、目にしたものが、ファーナムが英雄としての産声を上げる瞬間だ。
誘拐犯を誅殺せんとする、殺意の刃を仕舞わせるだけの歓喜に痺れた。強さを重んじるアアルの女戦士だから、割って入ることが出来ない。息子を愛する母だから、その成長には水を差せない。
そうして逸る心を抑えて見守った末の辛勝だ。母としては感無量である。
息子を案じる、少女の眼差しの熱が幾分か増していることも喜ばしい。ファーナムが覚醒したならば「よくやった!」と背中を叩いてやりたい。
「こんなに小っこいのに、男になったり、女になったりするんだから……子供の成長ってのは早いもんだ」




