第四話 信頼 前編
「それでは、ファウストは二度とワールドへは戻られないと?」
「はい。父はこの世界には、戻りません」
イオティアのプルタークの質問に、橘媛は穏やかに、けれどはっきりした口調で答えた。
ワールドは、ダイソンスフィアと呼ばれるタイプの宇宙コロニーである。
宇宙コロニーとは言っても、オニール博士が提唱したシリンダータイプとは異なり、太陽系の木星軌道迄を内包する程の規模がある、恒星を巨大な繭で覆うタイプのコロニーだった。
繭の内側には六つの人工惑星があって、その内の一つが連邦総督府であり、そして、その他の五つの惑星が、それぞれパンジャーブ、ブランディッシュ、ラジャスタン、パリヤーナ、クジャラートと呼ばれる五つの惑星国家の首都機能を有していた。
要するにワールドはその内側に、有力な惑星国家の大名屋敷のような人工惑星を持っていたのである。
ファウストが統治していた戦時には、連邦国家を一つに纏めるのに役立っていたこの首都機能も、最近では距離が近すぎる事によって、他の惑星国家に対する嫉妬や羨望が生まれ、諍いの元となっていた。
ファウストの娘である橘媛の登場は、惑星国家間の連帯に、楔を打ち込む役割を果たしていたのである。
それも、元々メナンドロスの治めるパンジャーブに友好的だったブランディッシュを、敵対するラジャスタンとパリヤーナ側に寝返らせる結果となってしまっていた。
これに対して橘媛は、話し合いの場を持つ事を希望した。
先ずはブランディッシュから要職にある者を招き、姫と対談を行う事を提案して、これが実現したのだ。
イオティアのプルタークはブランディッシュの賢人で、皇帝の後ろ盾でもあった。
◇ ◇ ◇
「それは、ワールドの民が、ファウストに捨てられたと言う事なのでしょうか?」
プルタークの言葉に橘媛は首を振った。
「そうではありません」
姫が何と説明したら良いかと首を傾げる。
ヴェロスがADに、カメラを寄せるよう指示をする。
複製の出来ないオリジナル認証付きの動画は、撮影にこつが必要だった。
認証ゲージを確認しながら、スタッフに指示を出し続ける。
僅かな偽造の疑いも、挟む隙のない動画を撮影する事が彼の役割だった。
この動画はリアルタイムでネットに配信されていて、ワールドに住まう沢山の民がこれを見守っている筈だったのだ。
「ワールドは父にとって、精魂を込めた作品であると共に、あたくしと同じ子供も同然なのです」
プルタークが首を傾げ、姫は言葉を続けた。
「親の手を放れた子に、あれこれ指図する事が子供のためになるでしょうか?」
「ですがファウストは、陰謀によりこの世界と切り離されたのでは無いのですか?」
姫は頷いて言った。
「それでも二十万年は、一つの世界が自立して大人になるのに充分な時間です。ワールドは過去に捕らわれ親に助けを乞うのでは無く、自らを救う道を求めるべきではないでしょうか?」
プルタークは笑って言った。
「成る程、貴女の言う事は厳しいが真実だ。英雄の帰還を求めている様では、我々はいつまで経っても大人には成れないと言う事なのですね」
橘媛が頷く。
「ですが、この世界はあたしや弟の緋色にとって兄弟に当たるので、兄弟の困っている所を、あたくしがお手伝いする事は、構わないのではないかと思っています」
「一説によると、メナンドロス公主よりワールドを救うよう要請を受けたとか」
プルタークが強い眼差しで姫の瞳を見詰める。
「それは事実です。そうした要請を受けました」
「それは、公主の命令なら何でも訊くと言う事ですか?」
けれど、プルタークのその質問に姫ははっきりと首を振った。
「公主の要請が無私の物であったので、微力ながら協力させて戴きたいと考えました。これがパンジャーブに対してのみの協力要請であれば、考えさせて戴いたと思います」
「成る程。それを聞いて安心しました。お姫様の人物を拝見して、お言葉に嘘偽りの無い事位は私にも分かります。非難決議の件、撤回するよう帝に進言致しましょう」
「お言葉、感謝致します。あたくしの為にワールドが割れる事は本意では有りませんので、大変嬉しく思います」
姫は深く頭を下げて礼を言った。ラジャスタン、パリヤーナ以外の三ヶ国が反対すれば、法案は否決される。姫の目的は、達成されたも同然だった。




