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壷の魔神  作者: 坂月つかさ
第二章
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第四話 粥 前編

精一杯の笑みを浮かべる姉を、緋色は悲しく思った。

この人を守ると言う事は、この様な事からも守る事ではないのか。

緋色は、自分たちの居る豪華な客室が、まるで監獄のように思えてならなかった。

自分の無力さを痛感する。菜々香なら、きっと何とかしてくれた筈なのに。


「けど、今は何より、菜々香の作った茶碗蒸しが食べたいわね」

そう言って、橘媛が苦笑する。

彼女が、自分たち姉弟をどんなに守ってくれていたか思い知る。

そして緋色は、待てよ。と、思い返した。

「菜々香なら・・・」

彼女なら、この位の事を想定していたのではないかと思えたのだ。

「そうだ、荷物だ!」

緋色は慌てて、部屋に運び込まれていた、彼らの荷物に駆け寄った。

「緋色?」

橘媛が自分の弟を、不思議そうに眺めている。

渋紙の包装を剥がす、自らの手付きももどかしく、何度も舌打ちをする。

そして、旅行用の柳行李を開くと、そこには今二人が最も必要とする物が納められていた。

「は、はははは・・・」

笑い。と言うよりも、腹筋が痙攣していた。

「銀河文明の最先端に行くんだぜ。もっと、他に入れる物が有るだろうに・・・」

橘媛が弟の背中越しに荷物を覗き込む。

そこには一升徳利が二つと、米が入っていた。

菜々香は二人の荷に、食料を優先して入れていたのだ。

白米、玄米、そして干し飯。プラスチック製の袋には、味噌や醤油や塩昆布等が入れられていて、おまけに飯盒や茶碗の類まで入っている。

徳利には、濾過フィルターとイオン交換装置が組み込まれていて、幾らでも純水が作れる仕組みになっていた。

二人の荷物の半分以上が、実にそうした食料関係で占められていたのだ。


「何だか、ジャングルでサバイバルが出来そうね」

橘媛がそう感想を述べる。

「食事にしよう。飯盒で米を炊く・・・。いや、干し飯が入ってるから、これで粥を作ろう」

正に至れり尽くせりだった。

五徳の付いた陶製の皿に、炭化水素の固形燃料キューブを置いて火を着ける。紙皿に、干し飯と水を注いで乗せると、直ぐに米の煮える良い匂いが漂い始めた。

橘媛が、荷の中に氏神の札を見つけ、部屋の中に祭壇を設える。

米と水と塩とを供えて、一門の祖先を祭ると、先程まで牢獄だった客間は、穂積の住居へと変わっていた。


「緋色、先に足を洗って来なさい」

「姉さんが先で良いよ」

二人で交代でシャワーを使う。

けれど、緋色が浴衣に着替えてシャワー室から戻ると、彼が座るはずの膳の前には、既に一人の女性が座っていた。

それは、メナンドロス公主だった。

「お邪魔してるわよ」


   ◇   ◇   ◇


先程とは打って変わり、公主は機嫌を損ねている様子だった。

「二人そろったから言うけど、食べられない物が有るなら、はっきりそう言いなさい。子供が余計な気を使わ無いの。分かった?」


何故それが知れてしまったのだろう。

緋色は不審に思い、そして、姉の肩に一匹の黒猫が居るのに気が付いた。

それは、父の使い魔の猫だった。

「マルティエ、何故お前が此処に?」

猫が首だけ向き直り、人の言葉で答えた。

「ファウストは、この地に置ける全ての権限をお嬢様に委譲なされました。その中にはライブラリに関する権限も含まれ、私のお仕えするマスターも、正式にお嬢様に変更されたのです」

使い魔の猫が、そう報告する。

その姿は父の趣味であり、勿論彼は、猫などでは無い。

彼の正体は、銀河ネットワークを管理する機械知性体だった。彼を従える事は、この世界で大きな力を持つ事の証である。

彼は二人の父の、魔神の力の象徴でもあったのだ。

「クライアントサーバーの移行により、データ更新とAIの再構築に手間取り、ご報告が遅れてしまいました。ご不便をお掛けしたようで申し訳有りません」

人間の供は付けられなくとも、AIであればその限りではない。

父は姉弟に、彼を供にと付けてくれたのだ。


公主は不機嫌そうに言った。

「AIからあなた達のレポートを貰ったわ。油物はお腹を壊すとか、魚介は新鮮でないと食べられないとか、パンは柔らかくないといけないとか、事細かに記載されてる」

公主はそのレポートによって、晩餐の時の、姉弟の怪しい反応の理由を知ったのだろう。

「ファウストの引退が本気なのは納得したわ。けど、彼が私の大切な友人で有る事に何の変わりも無いの。いい? あなた達は、私にとって最重要の客人なのよ。それを飢えさせるなんて事したら、この私がどんな気持ちになるか、少しは想像なさい!」

公主の不機嫌は、どうやらその事が理由の様だった。

基本的に善良な人なのであろう。


「でも、このレポート。他にも三日に一度、玉子にスープを混ぜて蒸した物(茶碗蒸し)を食べさせなさいとか、料理のレシピまで記載されてるのよ。どうでも良いけど、あなた達の執事って、子供を甘やかさせ過ぎじゃないの?」

緋色には、誰がそのレポートを書いたのか想像が出来た。

間違いなく菜々香だ。

何と二万五千光年以上離れていても、彼女の守り手は確かに姉弟に届いている。

笑うしかなかった。

「本当に、私もそう思います」


柳行李、行李は、旅行用のつづら籠、要はトランクの様な物です。

※5/31に章立てを変更。内容の変更は有りません。

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