第三章11 神々を食らうもの、氷の精霊フェンリル
翌日の早朝、俺は砦を出発する。
いいと言うのに…… 砦総出で俺を見送る。
『最後の別れ』的なフラグが立ちそうだから止めてほしかったのだけれど……
俺は水竜を出し、上空からのアタックを試みる。
しかし…… これはタダの吹雪じゃない、侵入する者を拒むための結界になっている。
精霊結界に関しては、俺は多少自信がある…… しかし、その俺が上空からの侵入する事が出来ない。
もちろん破壊して侵入するとなればそれは可能だ……
しかしこれから交渉に行こうとしている相手の結界を破壊することは、最初から喧嘩を売っているのと同じことだ。
『地道に歩いて来い……』って事だよね~やっぱり。
俺は上空からの侵入を諦め、アイフェル山脈の中腹から地道に歩いて登る事にした。
アイフェル山脈の中腹はごく普通の山だ、しかし不自然に発生している分厚い雲に入ると……
そこは猛吹雪の極寒地になっている。
上空とは違い、侵入を阻害される事は無いが、分厚い雪と絶え間なく叩きつける猛吹雪! とても人が生きていられる環境ではない。
この自然の障壁で生き物が近づく事を妨害しているのだろう。
だがまぁ、そんな事は予想通りだ! 事前にドライアドから情報は聞いている。
俺は体の周りにマナの幕を何層にも作り、空気の層を作り上げる。
空気はトップレベルの断熱性能になるのだ。
そして、妖炎獄甲冑は秀逸だった、寒さをダメージととらえ防いでくれる。
さらにフェニックスが、俺を適度に温めてくれる。
これで完全防寒の出来上がりだ。
しかし寒さは完全に防ぐことに成功したが…… あたりは猛吹雪、ほとんど視界ゼロになる。
さらに、誰も立ち入ることが出来ないこの世界、雪は新雪になり足を取られる……
いや山頂に近づくにつれて、雪は腰の深さまでになり、ラッセル(雪をかき分け踏みしめ道を切り開く)を行わなければ進めない程になっていた。
この暴風と吹雪……
俺が聞いた前情報だと、シルフィードがフェンリルにさらわれたと聞いた。
しかし…… これは雪と風、二柱の精霊が吹雪を作り出している様にしか思えない。
山頂付近はさらに風の吹きつけが凄い、普通に立っていられない程の強風、そして至る所に現れる巨大な割れ目クレバス。
ほぼ視界ゼロのなか、滑落しないように慎重に進むと……
前方に巨大な底の見えないクレバスに架かるスノーブリッジが見える。
この強風の中、これを渡れと――!
⦅これ…… 死ねるな。 完璧に誰とも会う気が無いな………⦆
俺は風に飛ばされないようナイフを突き立て、這いずりながらスノーブリッジを渡る。
慎重に慎重にスノーブリッジを壊さないように……。
なんとか渡り終えると―――
そこはピタッリと嘘のように吹雪が収まり、快晴の山脈の頂きに辿り着く。
⦅嘘だろ…… 水竜で飛んだときはこんな場所無かったのに⦆
頂きにはたどり着いたが、山脈はいくつもの頂きを繋ぐように続いている……
俺はさらに永遠に続きそうな山脈の稜線(山の峰から峰に続く線)を歩いていく――。
すると、前方に槍のようにそびえたつ一際高い山頂が現れる。
⦅怪しいのはあそこだろうな………⦆
その山頂を目指して俺はひたすら歩いていくと、山頂にほど近い場所に洞窟を見つけた。
⦅この厳寒の地、シルフには雪は厳しいだろう―― あの中か?⦆
俺が洞窟を目指して進んでいると……。
洞窟の中から、巨大な青い狼が出てくる―――!
フェンリル――! 氷の上位精霊。
邪神ロキと巨人族の間に生まれたとされる、最強の魔獣の一角!
さすが巨人族の血を引くだけはある…… その大きさは狼と言うよりはもう、ドラゴンに近い。
氷の精霊の名の通り、その体は氷河のように青く見える。
氷のように光を吸収して、青色だけを反射しているのか……?
とても神秘的なグレイシャーブルー(氷河の青)をしている。
首筋にはさらに深い青色の見事な鬣を蓄え、体には黄金色の鎖が巻き付いている……
神々によって拘束されたと言う、グレイプニルという足枷なのだろうか。
フェンリルがゆっくりとこちらを睨む。
「誰かが俺の結界を抜けてくると思ったら……人族ではないか! 人族ごときが此処になにをしに来た? なぜ人族風情がここまで来られる。 この結界を抜けられた者など居なかった、エルフでさえ来られなかったと言うのに……」
『人族をなめるなよ!』と心の中でつぶやく!
「俺は人族のディケムと言う、ここにシルフィードが居ると聞き訪ねてきた! 会わせてくれないか?」
「これだけの結界障壁で守っているのだ、会わせる気が無い事は分かるだろう?」
「では…… どうしたら会える? フェンリル! お前を倒すしか無いのか?」
「ふん! 俺を倒せるとでも………………」
そこでフェンリルの動きが止まる。
「おまえ――! まさかその首にかけているものは?」
フェンリルが、サンソー村の本屋の爺さん、オーゾンヌにもらったペンダントに反応する。
『ん? これか? 知り合いの爺さんにもらったんだ』とペンダントを見せる
「それは……やはりそうか。 【クロノスの証】か…… お前はこれを貰った人物になんと言われた?」
フェンリルが聞いてくる。 やっぱりあの爺さん只者じゃ無かったよ……!
「この宝石を理解し、作れるようになったら、またここに来い……と」
「そうか、お前は【クロノスの希望の種】に選ばれたのだな!」
「どういうことだ? クロノスとはなんだ? お前は爺さんと友人なのか?」
「クロノスは―――。 いや、それを貰ったと言う事は、いつかお前にも分かる時が来るだろう。 その答えは自分で辿り着かなければ意味がない」
言っている意味がよくわからなかったが……
これ以上は、教えてくれなそうだ
「俺がクロノスの友人かどうかは分からぬが…… 俺は【神々を食らうもの】フェンリルだからな」
「…………神々を食らうもの?」
「それもそのうち理解する事だ。 ディケムと言ったな、クロノスとの盟約により、我はお前の力になろう」
「それは、俺と契約をしてくれるという事か?」
「そうだ! このフェンリルの力、使いこなして見せるが良い! 我はお前の中から、お前の行く末を見届けるとしよう」
俺は頷き、契約魔術の演唱を行う
“フェンリルに告げる!
我に従え! 汝の身は我の下に、汝の魂は我が魂に! マナのよるべに従い、我の意、我の理に従うのならこの誓い、汝が魂に預けよう———!”
≪—————συμβόλαιο(契約)—————≫
俺の契約呪文にフェンリルがYesとこたえる。
氷の上位精霊フェンリルと俺のマナが繋がり、契約は成立した。
戦闘も止む無しと覚悟をして来ただけに、良い展開になった。
さらに契約までしてくれるとは、フェンリルの力は絶大だ!
今度オーゾンヌにお礼を言いに行こう。
契約を終えると、フェンリルは普通の狼程度の大きさになり、おれの隣に並ぶ。
「小さくなれるのか?」
「あの大きさでは、主と一緒に居られないであろう?」
サイズは自由自在なのね……
まぁ確かに精霊にサイズの概念なんか無いのか………
そして、俺はフェンリルを伴い、さらに洞窟の奥に進む。




