第三章10 最東端の砦町モンシャウと王国軍第三部隊マクシミリアン将軍
戦場をラトゥール将軍に任せて、俺はアイフェル山脈を目指す。
アイフェル山脈は、シャンポール王都の東、ランス平原を通り、アルザス渓谷を抜けたその先にある。
アイフェル山脈を超えると魔族軍の領土があるが、この山脈が南北に広がり、天然の防壁となり、魔族軍の侵略から人族を守ってきた歴史がある………。
だがしかし長い年月をかけ、魔族は不毛な魔族領土よりも肥沃な人族の領地を求め、いくつもの抜け道を作って侵略を試みてきた。
魔族カヴァ将軍の侵略も、人族はアイフェル山脈を超えられてから気づいたのだ。
アイフェル山脈の山頂は、夏でも雪の解けない厳寒の場所。
風も強く、軍隊での山頂越えは死を意味する。
これから俺が目指す場所は、そのアイフェル山脈の山頂。
抜け道を通るのではなく、山頂の極寒地、深い雪と風が生き物の侵入を拒む聖域だ。
エルフ軍が見えなくなる場所まで、クリスタルのユニコーンで走る。
普通の馬よりは余程早いが、このままアイフェル山脈を目指しては、早くても五日はかかる。
だが俺は、アルザス戦役の時に使った【転移陣】の座標を知っている。
三年前は、神珠杉からマナを借りなければ発動できなかった転移陣。
しかし今は四柱の上位精霊と契約し、イグドラシルの幼体、神木は俺の従属下。
俺のマナの格、能力レベルは十分に転移陣を発動するに足るはずだ!
俺は魔法陣を描く――!
そしてこの場所と、転移先の座標を書き込む。
魔法陣にマナを注ぎ込むと――― 魔法陣が金色に輝きだす!
⦅よし、いける!⦆
俺は転移陣を発動させる呪文を唱える。
⋘――――μετάσταση(転移)――――⋙
呪文と共に魔法陣が強く光り出し発動する。
目の前の空間がゆらりと揺らめき光に包まれる。
ほんの数秒真っ白な光に包まれ、光が薄らいで視界が回復しだすと———
俺はあの時と同じ、千メートルはあろうかという、アルザス渓谷の崖の上に立っていた。
『よし! これで五日分は稼げたはずだ!』
俺は気合を入れ、目前にそびえ立つ、真っ白な雪の山脈を仰ぎ見る。
そこからはクリスタルのユニコーンに乗り、アイフェル山脈の麓の村『モンシャウ』を目指す。
ここは人族領最東端の村、そして近年は魔族が度々アイフェル山脈を超えてくるため、十三年以上前、アルザスの悲劇より前に、村を要塞化し砦村として生まれ変わている。
現在、このモンシャウ砦は王国騎士団第三部隊フォン・マクシミリアン子爵が守りについている。
エルフ族の宣戦布告までは、魔族が頻繁に侵入してくることもあり、最も他種族との戦いが多い一番の激戦区の砦だった。
その為、この砦を任されているマクシミリアン子爵は、若くして最も実績のある騎士団長の一人だ。
「開門――! 王都守護者のソーテルヌ辺境伯だ!」
砦の中で、慌ただしく動く音が響く。
砦の大きな門の横の扉が開き、数人の騎士が出てくる、先頭に居るのはマクシミリアン将軍だ。
その後ろには副官のエミリーさんも見える。
「おぉ! ソーテルヌ閣下、現在王都はエルフ軍と交戦中と伝令を受けていたので…… まさか閣下がこのような最東端の砦にいらっしゃるとは……。 どのような方法でここまで来られたのでしょう?」
「転移陣にて、アルザス渓谷まで飛びました。 アイフェル山に用があります、今晩この砦に泊まらせてください」
「それは構わないのですが………。 我々は王都に直ぐに出陣したいのですが、ラス・カーズ将軍より、ソーテルヌ閣下が防衛中のため、待機を命じられています。 その閣下がこちらにいらっしゃると…… 王都は大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫です! 私が居ない間、防衛を魔神軍のラトゥール将軍に任せてあります。 私はこの戦争を治めるために此処に来たのです」
「なッ! 魔神軍のラトゥール将軍ですか! またとんでもない大物を………」
「彼女に任せておけば大丈夫ですよ」
「まぁそうでしょう…… ラトゥール将軍にそのような事を頼めるのは、ソーテルヌ閣下だけでしょう」
モンシャウ砦の夜は、『お構いなく……』と言ったが、夜の宴が催された。
マクシミリアン将軍達も、王都の事が、気が気ではないらしく、俺から話を聞きだす場が欲しかったらしい。
すでに起こったメガメテオの事は話し、とりあえず安心するように言っておいたが……。
今後の俺の細かい計画は極秘事項とし諦めてもらった。 王都の屋敷と違い、ここではどこから計画が洩れるか分からないからだ。
ここでの宴は、おれのマクシミリアン将軍のイメージを改める事になった……。
マクシミリアン将軍と言えば、王国騎士団十二部隊の中でも、エリート中のエリート。
王都の謁見の間で会った時の印象は、気高く、近づきがたい雰囲気を醸し出し、世襲貴族の貴族主義の最たる将軍だと思っていた……。
そして副官を務めるのが、ミラー伯爵の御令嬢、エミリー公女だ。
同じ伯爵令嬢のラローズさんとは正反対の、まさに上級貴族を絵にかいたようなご令嬢だった。
この二人が並んでいると…… その醸し出される雰囲気は、元平民の俺には、話しかけるだけで敷居が高い。
しかしこの最果ての地、とても清潔な場所とは言えないこの砦村での将軍と副官は、身分の低い兵士たちと、同じ席で酒を酌み交わし、陽気に肩を組みあい、皆と大声で笑い合っていた。
俺は少し驚いてマクシミリアン将軍を見ていると……
「閣下、何ですかその意外そうな顔は…… 私のイメージが違いましたか? よく言われるのですよ『もっとクールで冷たい人だと思った』と…… 戦争はキレイ事ではすみません、命を預ける兵士たちと、意思疎通出来なくてどうして生き残れるでしょうか?!」
その言葉に、俺は素直に感嘆した。
俺はラスさん以外の将軍を、少し無意識的に避けていたのかもしれない。
改めて、他の将軍とも腹を割って話さないといけないなと、深く自省した。
夜も更け、宴も終わり、マクシミリアン将軍に、外の空気を吸う為に砦の上に誘われる。
砦の上からは、大パノラマのアイフェル山脈を見ることが出来る。
暗闇のアイフェル山脈中腹に、ポツリポツリと明かりが見える……
「あの灯りが……、魔族軍がアイフェル山脈に抜け道を作っている場所です。 何度撃退し抜け道を潰しても…… また奴らは抜け道を作りこちらを狙ってくる。 キリがありません」
「ここの砦は、今も気が抜けない最前線なのですね」
「はい。 そしてあの中腹より上の厚い雲に覆われている山頂が、ソーテルヌ閣下が明日挑もうとしている場所です。 前はこれほど厚い雲には覆われていなかったのですが…… この数カ月、突如として猛吹雪が荒れ狂うようになってしまいました。 多分この度、閣下がこちらに見えた事が…… その理由なのでしょう」
「なかなか大変そうですね……」
「はい。 普通の人間では三〇分と持たない極寒の地。 私ごときが閣下に意見を申し上げる事はおこがましいのですが…… なにとぞお気を付けください。 そして必ずお戻りください。 人族の存亡は閣下次第でございます」
「はい、必ず戻ります。 私は人族の勝利を手に入れるために、あのアイフェル山脈の山頂に挑むのですから」
「この砦の皆で閣下のお帰りをお待ちしております」




