第二章7 水の都
翌朝、俺達は酒場の女将ヒルダの忠告通り、朝早く宿を引き払い王都に向けて出発した。
ブロワ村から王都までは二時間ほど。
草原に続く一本道の先に高くそびえたつ城壁が見えてくる。
ここだけ見ても水の都とはとても思えない。
草原と堅牢な城壁に囲まれた城塞都市だ。
でもあれほど酒場の女将が言うのだから……
あの城壁の向こうは美しい光景が待っているのだろう。
しかし朝一で出発したにもかかわらず俺達は長蛇の列に今並んでいる。
しかも入城待ちどころではなく、その前の手続きをするためだけの列だ……
「これは…… 女将の情報さらに上方修正だな。 噂以上の混雑ぶり、今日中に王都に入れるのかも怪しいな」
「今日は観光どころじゃなさそうね………」
「あぁ~ 王都名物のフルーツサンド食べたかったな~」
俺達が各々に残念がっていると……
ふいに後ろから声をかけられる。
「君たちは王都はじめてっぽいけど、今年学校に入学する生徒かい?」
「あぁ俺達はここからずっと西、ロワール平原を超えた先、黒の森の入り口に有るサンソー村と言う所から魔法学校に入学する為に王都に来たんだ。 俺はディック、そしてギーズにディケムにララだ」
「俺はこの王都で生まれたザクセン。 そして妹のシノニム。 王都で生まれたって言っても…… 俺達は貧民生まれだけどな。 俺は貧民街から抜け出すために、やっと今年魔法学校に入学することが出来るんだ。 君たちの同級生になる予定だ、よろしくな!」
「あぁよろしく! 王都に入る前に王都住民の同級生に出合えるとは運がいいな。 それでザクセン達はなんでわざわざ外に出たんだ?」
「俺達は親無しの貧民だ、仕事をしないと生きていけない。 隣のブロワ村へ配達の仕事がてら戦士志望の妹の訓練をしていたんだ」
妹のシノニムがウンウンと頷いている。 しゃべるのは苦手なようだ。
「それにしても君たちは魔法の村の出なのかい? 村から魔法使いが四人も出るなんて凄すぎないか?」
「やっぱりそうか…… いや、俺達の村は普通の村だよ。 村始まって以来の出来事だって村総出で送り出してもらったよ」
「ほぉそれは凄い。 俺も『王都の貧民街から魔法使いが出るなんて!』って持ち上げられているほど、魔法使いは珍しいからな。 お陰で戦士志望の奴らは面白くないらしく目の敵にされているよ」
⦅ほぉ…… 戦士学校の生徒は、魔法学校の生徒を目の敵にしているのか…… メモメモ⦆
「しかし、王都にも貧民街が有るんだな……」
「そりゃどこの国にもあるぞ! それでもシャンポール王都はマシな方だと思う。 餓死者が出るほどでもないし、王都にいくつかある教会では炊き出しもしてくれている。 しかも教会では貧民の才能を潰さないために、各種の職業の講習会をボランティアで行ってくれているんだ。 俺もそこで今まで魔法を勉強して学校に備えていたんだ」
「ほぉ! それは凄い」
「ちなみに各地から魔法学校に入学しに来た平民たちは、入学まで教会の講習会で学ぶのが今では普通だ。 貴族様みたいに家庭教師とか雇えないしな。 君たちも教会の講習会を利用すると良い、貧民以外は少しの寄付が必要だが、ほんの微々たる金額で参加できる筈だから。 心配しなくても下級貴族も習いに来るほどしっかりした講習会だから安心していい」
「貴重な情報ありがとう。 ぜひ参加させてもらうよ!」
「それから…… 確かに悪いことをする貧民も居るから気を付けなよ。 人殺しはしないけど若者が集まって盗みをする集団がある。 特に金持ちが狙われやすいから君たちは大丈夫だと思うけど…… リーダーが厳しく徹底しても端々まで目が届かないのが普通だ。 たまに君たちみたいな王都に来たばかりの人たちが襲われるケースもある」
「あぁ肝に銘じておくよ。 ザクセン、ホントありがとう。 学校でもよろしくな」
ザクセン達と話をしていると入城手続きの順番が回ってきた。
新規の申し込み者と住人では受付が違うから、ここでザクセン達とはお別れだ。
普通ではなかなか聞けない地元裏情報まで聞けて とても助かった。
学校での再会を約束して俺達は受付に進む。
入城手続き受付では、まず【入学許可書】を提示する。
許可書と受付にある名簿を照らし合わせたら、あとは本人確認だ。
本人確認は鑑定の儀と同じような水晶球に手をかざし、マナの色合いが登録と同じかで判断される。
俺が入学許可書を受付に渡すと受付の奥が騒がしくなった。
そのまま水晶球に手をかざして結果を待っていると、奥から偉そうな役人が出てきた。
⦅あれ? 俺悪い事何もしてないよな??⦆
「ソーテルヌ伯爵閣下。 まさかこちらの入城門から来られるとは思いませんでした。 お会いできて光栄です。 通常、閣下と関係者の方々は一般の門ではなく中級貴族以上の方が使える入り口の【貴族門】がございます。 そちらですと待たずに直ぐに入城可能です。 こちらの不手際で連絡が行き届かず失礼いたしました」
「そうだったのですね。 たしかに相当待ちましたが…… 新しい出会いもございましたので今回はこちらからで良かったです」
「ハッ! ですが次回からは閣下ほどの方がこちらに来られますと、混乱を招きご迷惑をおかけする恐れがあります。 また受付の新米兵も混乱いたしますので、なにとぞ貴族門をお使いください」
「ハハ、申し訳ない。 余計なお手間をおかけさせてしまったようですね。 お詫びします。 次回からはそちらの貴族門を使うように致しましょう」
「ハッ! 私のような下級貴族が差出口失礼いたしました。 ではどうぞ城下にお入りください」
「あぁ、ありがとう」
………うん、貴族面倒くさい。
普通に『バカ、こっちの門から入ってくるな田舎者!』って怒ってくれた方が気が楽だ。
貴族門とか特権階級の不文律みたいで、あまり好きじゃないけど……
護衛の観点や混乱を招きかねないと言う理由が有るのならば仕方がない。
次回からはそちらを使うようにしよう。
まぁ色々あったが……… 城内に入ればそんな事は一気に吹き飛ぶ光景だ!
水の都、王都シャンポール。
そこは城内に水路が張り巡らされ、建物も整然と立ち並び、道も石畳に整備されている。
その美的で機能的な街並みは、計画的に作られた町である事を示している。
遠くの方には大きな大聖堂が東西南北に見える。
あの大聖堂がザクセンが言っていた教会なのだろう。
街は人々の活気に満ち溢れ、まるで今日が祭りでもあるかのような賑わいだ。
馬車が行き交い様々な品物が各国から運ばれてくる。
様々な国の風土、文化、ありとあらゆる様式がここに集まったかのようだ。
「これは凄いな! ルルが見たらきっと喜ぶだろうな!」
「うん、あの子珍しいもの新しいもの大好きだったから、これ見せてあげたいな~」
「お前たち、そこでボッとしていると馬車に轢かれるぞ!」
「うっ! どこに行っても田舎者のお上りさんは邪魔みたいだな………」
「いや…… ディケムとララだけだから、俺達を一緒にしないでくれ」
……ディックとギーズがヒドイ。
こうして俺達はやっとシャンポール王都にたどり着いた。




