第八話
「なあ、おい」
「ああん? なによ人間、今あたしちょっと……いや大分機嫌悪いんだけど、主にあんたのせいで」
「いやそれについてだけは悪かった。すまん。
どんな動機であれ、まあ邪魔をしたことには変わりないし……っと、そうじゃなくてな……」
「それで? なんなの、さっさと言いなさい」
「ああ、じゃあ遠慮無く。
──お前ら、どっかに“村”作ってんのか?」
あ、と。彼女の不機嫌な顔が呆気に固まり、次いで素早く自分の口を両手で塞ぐ。
ああ、うん、自分の発言の迂闊さに、今ようやっと気がついたんだな……さっきもそうだが……やっぱり……こいつ……ちょっと頭が……
「お、え、あ、あわあわあわぁう……!
わ、忘れ、忘れなさ「ほいっと」うひぃ!?」
なにこんなだたっ広い草原で火ぃぶっぱしようとしてんだ危ねえな、とりあえず両手掴んどこっと。
しかし、そうか、この反応、この対応……やはりあるようだな、こいつ以外の魔族が住む……最低でも村と呼べる規模の集落が。
んー……どうしよっかな、どうしよう。昔のキレっキレだったころの俺なら、矢も盾もたまらずそこに突撃して族滅させていたところだが……今は……正直……どうでもいいってのが本音だ。
ぶっちゃけ放っておいてもいい……こいつがこうして単体で、しかもわざわざ変装までして潜入っていう手段を選んでいるってことは、つまりそこにあの王都を攻め滅ぼせるぐらいの戦力は(あくまでも現時点では、だが)揃っていないという証拠であり、まあそもそも攻めてきたとしても……あそこには勇者一行が滞在しているからな、心配はまったくもって、無い。
だからー、もう余生過ごす気まんまんの俺にはー、ここでどうこうするとかー、そんな気はまったく起きないしー、正味めんどい。
つーかそんなことよりあれだ、さっさと終生の居を構える準備しないと……せっかく金が余ってるんだから、どっかの町にでも寄って色々整えたい……ついでに一時的な拠点も作れれば……あ、いやでも人間がいるところは……、
……。あ、なんだ、あるじゃん、人間が全くいないトコ……ちょうどいいや。
「おい」
「な、なによ……さっさと手を離しなさいよ……」
「物は、相談なんだが。
俺を、お前の──魔族の村まで連れてってくれねえか?」
へ、と。彼女の顔が一瞬、疑問に染まり──
「──はあ!? はああああぁ!? あんたなに言って……なに言ってんのか分かってんの!!??」
そして当然の疑問と憤怒が、彼女の目と声を染め上げた、のを確認する。
まあ当たり前よな……俺だってこんな心境と状況じゃなかったら頭を疑う発言だったし、……よし、さあ、こっからが本番だ。
さぁて、どうやって──人間を魔族の村に出入りできるようにさせてやろうか……!
やっぱりまずは……そうだな、
「ああ、言っとくが俺は別にお前らをどうこうしようって気は無い……いや、口で言っても信じられないだろうが……ま、とりあえず伝えとくぜ」
敵対の意思、その有無をしっかりと確認させてやることだろう。例えこれが嘘だと思われようがなんだろうが、まず相手は戸惑う。そんで、
「おっと、お前に対してのメリット、そいつをまず提示しないと、だ。
察するにお前……というよりお前たちの村、どうにも色んなものが不足しているみてーだなぁ……ほら、たかが買い物行くぐらいで、お前みたいな若者を、たった一人で向かわせるぐらいだし……」
「くっ、……」
「おっと、その悔しそーな顔は図星か? いやいや、別にイジめようってわけじゃねえんだ、そんな趣味俺にはねーし。
ほら、さっきも言ったろ? メリット、メリットだよ……例えばまず、俺という人材、それによってもたらされる恩恵……」
「恩恵……」
「そう、恩恵だ……さっきそっちが体感した通り、俺は頑丈で、しかも力が強い……魔族であるお前を、こうしてずっと、しかも片手で拘束しておけるんだからな……ほぉら、色々使い道、あるんじゃないのか……?」
その惑ったブレが戻らんうちに、すかさず言葉を差し込む──甘い蜜をたっぷり塗った、思わず飛び付かずにはいられない、そんな餌みたいな言葉を、な。
すると……
「つかい、みち……そう、そうね、確かに……確かにうちの村にはあんたほど大きくて硬い人材は、もういない……あの戦争で軒並み死んじゃって、居るのは力の無いお年寄りや、子供ばかり……今じゃ守衛どころか門番すら……」
ほら、揺れる……揺れている……瞳から、顔から、声から、身体全体から……心が。揺れに揺れてしまっている、のが見て取れる。いや、こうしたのは俺だけどね。
だが、まだ足りない──まだ決めかねている。まあ、そりゃ……自分たちをこの状況まで追い詰めた原因たる人間を、わざわざ拠点に招き入れようというのだ、いくら有用で必要な人材だからって、躊躇いが生まれて当然ってヤツだろう。