第九話
──だから、
「そうだろう? 居ないんだろう? 足りないんだろう? 何もかもが、何もかもが。
ほら、考えてもみろよ。このままだったら、このままだったら──どうなると思う?」
「このまま、だったら……?」
「そうだ、このままだったら──何もないままだったら、何も出来ない、……何も守れないぜ?」
「あ……そうよ、このままじゃ、このままじゃ……」
「そう。例えば……侵攻。侵略。奪略。殺戮……奪われる、殺される、なす術無く、なす術無く。
──それで、いいのか?」
「……!
い、いいわけ……良いわけないじゃない! そんな、ただ、ただ奪われるだけなんて……殺されるだけなんて……そんな、そんなの……!「……だったら、掴めよ」……え?」
「掴んじまえよ、俺を。俺の手を──躊躇うことなんて、何もない。
それだけで……ほら。お前らは、救われる」
こうして、垂らしてやる──自分じゃどうにもできない一歩を、無理矢理引っ張る蜘蛛の糸を。
「あ、あ……あたし、は……」
「守ってやる。守ってやるよ。約束する、約束するとも──お前ら魔族を、あらゆる脅威から防いでやる、と。
ああ、だが、信じきれないよな──かつて自身たちを滅ぼした種族の言葉なんて……」
だったら、と。まだ惑いと迷いを残している彼女の前で、空いている手をゆっくりと、自身の心の臓の上にぺたりと置く。
「──この、命を懸けよう。
さっきの言葉、約束、約定──違えることがあらば、俺はこの下にあるそれを、お前……いや、きみの目の前で、自ら潰す」
「……え、あ……」
「それでは、不満か?」
そこでじっと、彼女の目を……夜空に浮かぶ銀色の河のような瞳を、見つめる。
それにはまだ、色濃い迷いと躊躇いが、ふらふら、ふらふらと中で揺れていたけれど。
「……不満、なんてあるわけないじゃない。
いいわ、さっきの言葉と、それから約束──それをあんたが守る気でいるってのは、まあ、信じてあげる」
やがてそのブレは、彼女の言葉に呼応するように、徐々に収まっていき──
「でも、一つだけ質問。
どうしてあんたは、そこまでして──」
「ん? んー……そう、そうか。確かに会って一日も経ってないヤツに命とか使うのは、ちょっとおかしいか。
うーん、まー……一言で言うのはちょいとムズいんだが……」
「…………」
「それでも、簡単に言うなら。
──それしか持っているもんがなかったから、かねえ」
俺からの答えを聞いたときには。すっかり、跡形もなく、まるで最初からそうであったかのように、無くなってしまっていた。
そして──
「ぷっ……」
──破顔。
「あっははふふふ……! 確かにね。あんた、今のあんたじゃほんと、それぐらいしか持ってないわ、おかしい……!」
ころころと、おかしそうに……楽しそうに、鈴を転がしたような澄んだ声で、笑う。のは、いいんだが……いや、そんな笑わんでも。今の俺、一応キメ顔してんだぜ? なんか恥ずかしいじゃんよ、ここで笑われると。
しかし……命を懸ける、か。まあ、実際今の俺にはどうでもいいものだし、別に減るもんじゃねえからなあ……むしろこれだけで信用が得られるなら安いもんだ。
さあ、なんとも奇妙なことになっちまったが、まあこれも、長い余生だ……これからは何でもどうとでもなれの精神でいくとしよう。
「うし、じゃあこいつは離させてもらうぜ……つか悪かったな、ずっと握ってて」
「いや、いいわよ別に……あたしも悪かったわ、急にあんなことして。
それで……えっと……その……」
すっ、と。彼女の手が、目の前に差し出される。
これは一体──なんておとぼけかますほど、俺の感性は鈍くない。
「おう。これからよろしくな」
なんて挨拶と、あと精一杯の笑顔と共に、今度は正面から、彼女の手を取り、軽く握った。
よし、これでとりあえず当面の棲家確保……っとと、まだ聞いてないことがあったな、
「おっと、一応聞いておきたいんだが……そっちの村って一体どこら辺にあるんだ? 人間でも普通に住めるトコか?」
「あー、そういえば言ってなかったわね、いや元々言うつもりはなかったんだけど……」
えっとね、と、彼女は軽く思い出す素振りを見せ──しかし。
「あたしたちの村は、確か……あんたたち人間でいうところの……
──魔の大陸ってとこにあるわよ」
そこは奇しくも──俺が終の棲家と定めた場所と同一であった。




