第十八話
「大丈夫よ。大丈夫……」
繰り返す。繰り返して、彼の身体に、心に、ゆっくりと、じっくりと、時間をかけて、安堵を、染み込ませる。
やがて、彼の固まっていた顔が、徐々に、徐々に、まさしく溶けるようにほどけていき、そうして、ゆっくりと、穏やかな笑みへと変わっていく。
応じて、それまで彼女に剥き出しの敵意をぶつけていた子供たちも、少しずつ少しずつ収まっていき……やれやれ、これで一件落着かな?
俺はちらと、子供たちの安静に勤めている院長に目を向け、合い、そしてお互い苦笑する。
これなら、元から俺は必要なかったな……ま、こっちの数日かけた苦労がおじゃんだが、これ以上こじれなくて、よかったよかった……ってことで。
そんじゃ、お邪魔になりそうなんで、俺は一足先に帰らせてもらおう。この図体と風貌じゃ、子供たちを怖がらせるかも……いや、こないだ行ったときはなんかすげえなつかれたけど、まあそこはそれ。つーか俺徹夜続きで今すごく眠いんで、もうさっさと戻って休みたい。
おっと、まずはあの、なんか一枚の絵みたいに聖母してるあいつに一声かけてから……いや、あの中に進むのってけっこう勇気いるな。割って入ったらさっきの罵詈雑言がこっちに集中砲火されそうだな、もうちょっと待ってからに……くぁ、ねっむ……
「あ、そうだ、ジェムくん。これがお詫びになる、なんて思ってないけど……その、あの、オモチャ、持ってきたの……」
お。おお。ようやくここでか。てっきりこのまま、俺もこいつも出番無く終わるのかと思っていた。
よし。それじゃあ、これが最初で最後だ、さっさと渡すもの渡して、俺は袖に下がるとしよう。
もう体感頭の七割を支配している眠気に抗いながら、のそっと彼の前まで歩き……あれ、なんだろう、なんか少し騒がしいな、なんかあったか、少なくとも外からの敵意は感じなかったが。
まあいいや。眠いし、こらえるのきついし、気にしている余裕も無いし、ちゃちゃっと済ませよ。
「……おう、ジェムくん、で、合ってるよな?」
声を、支配されかかっているのどから、どうにか最低限絞り出す。そのせいかいつもより低めで重めの音になってしまったが、そこは致し方ない、ということで。
「は、はいぅ……!」
え。あれ、なんでビビってんの、俺声かけただけだよね。あとマラヤ、なんでそんなに睨んでんだよ、なんか悪いことしてるか?
あーダメだ、頭が回らん、考えるのももうおっくう。悪いがこのままいかせてもらおう……
「おまえが、人形を壊されたって聞いてな……つたない出来で悪いが……オモチャを、作ってきた……」
「う、ううぅ……」
だから俺何かしてるか? さっきからこいつ、ぷるぷると細かく震えて、目にはさっき引っ込んだはずの涙までにじんでいるんだがっと、なんだマラヤ、足を踏むな足を、痛くは無いがちょっとこそばゆい。あと体揺れて持ってきたもんが取り出しにくい、やめてくれ。
よし、じゃあいっちょお披露目といこう。これでこいつの、なんか知らんが怯えた様子が治ってくれるといいんだが……
「ほれ、受け取れ」
彼の手を取り、俺にとっては手のひら大、彼にとっては両手大ほどの木の彫刻を、持ってきた袋から取り出し、すとん、とその上に乗せる。
彼は手を取られたときに閉じた目を(きっと知らんおっさんに勝手されて怖かったのだろう)ゆっくり、まさに、恐る恐るといった様子で開き──お、目が見開かれたな、これは喜んでくれ「いぎゃああああぁ!?」は?
は、え、なんで悲鳴? いや、俺の渾身の、碧空の大災害を見て、え、悲鳴? 久しぶりにしては大分良く出来た、逸品と自負できる名作だぞ?
「ばっ、あんた、なんてものを……」
ええ? なに、俺なんかまずいことした? だって名作だよ? 顔とか、鱗とか、翼だってめっちゃ真に迫った出来だよ? 特にこの身体と翼の滑らかな関節、これ見てよ、これあれだぜ、きちんととぐろ巻けたりはためかせられるように細かく分けて付けたんだぜ? どうよこれ、遊ぶには事欠かないだろ、すげぇだろ、あの激闘から発想を得たんだぜぇ?
「だからよ! いい、この子、この子はねぇ……
蛇におしり噛まれてから、それ以来すっごい苦手になったの!」
……。……。…………。は?




