告白の仕方、教えます <実践編> 3
「ーッど、わっ!?ちょっ…」
突き飛ばされてフローリングの床に叩きつけられそうになった俺は、つんのめりながらも何とか片手をついて堪えた。
「あ、ぶねーだろっ!何しやがるッ!?」
すぐさま体勢を立て直して振り返ると、玄関に鍵とチェーンをかけた王見が靴を揃えてゆるりと立ち上がった。
喫茶店から犯罪者の如く腕を掴まれて連行された先はここ、王見のマンション。
てっきり自宅の仕事部屋に押し込まれて軟禁されるものとばかり思っていた俺はかなり面食らって、しかしそのお陰か、電話の時の動揺は今はだいぶ薄らいでいる。
代わりに王見からの無体な扱いに対する怒りがむくむくと俺の内側で育っていた。
「あなたこそ、仕事もせずに雨英先生と会っているなんてどういうつもりですか。それも昼間から俺に隠れて」
「ああ?仕事はちゃんとしてんだろ?夜はお前が監視しに来るんだから、みぞれとは昼間しか会う時間がないんだよ。今は」
それに俺は、みぞれに会うことをこそこそ隠してるんじゃねぇ。勘違いがバレて通報されねぇようにお前から逃げ回ってるだけだ!…って、威張ることでもねぇけど。
「…今は?」
地の底から湧いてきたのかと思う程の低音に俺は思わず後ずさった。
玄関からリビングへと続く短い廊下、その壁に背中をぶつけて立ち止まった俺。
俺の正面まで来た王見は、眉間を寄せて俺を睨みつけた。
「別に誰とも会う必要はないでしょう?あなたは独りで俺に指示された仕事だけしていればそれでいいんですよ。今も、これからも」
あまりにも威圧的な王見の言い方に一瞬、言葉を失う。
けれど脳内で反芻した言葉の意味を理解して俺はカチンと来た。頭に血が上ったのが自分でもわかった。
「てめっ、何様のつもりだよッ!?誰とも会うなとか出来るか!仕事以外の指図は受けねぇっつの、ざけんなっ!」
噛みつくように反論する。
ついでに手も出た。掴みやすい位置にネクタイ締めてるお前が悪い。
力任せに引き寄せたら不快げに王見が顔を顰めたが、そんなこと知ったことか。そのスカした顔にマジで噛み跡つけんぞ、こらッ!
ネクタイを掴まれ前屈みになった王見が、両手を壁に突っ張って上体を支える。
俺の肩に王見のシャツの袖口が薄く擦れた。
忌々しそうに目を眇めて王見が言う。
「わかりました。仕事でしかあなたを縛れないのなら、もっと仕事を取ってくればいいだけのことです」
「はあ!?そういうことを言ってんじゃねぇだろ!?」
「いいえ、そういうことです。仕事なら、あなたは俺の言う通りにしてくれるんですよね?」
「そりゃ、漫画家として編集の意見はもちろん聞くが。言い成りになるとまでは言ってねぇぞ」
「俺の指示で動くのなら何でもいいんですよ。あなたが素直に従ってさえくれれば俺は…」
言い募る王見の言葉に、いつもみたいな正当性は感じられない。
まるで駄駄を捏ねる子供の我儘のようで、これでは決着のつかないただの押し問答だと先に悟ったのは俺の方だった。
俺は深くため息を吐き、掴んでいたネクタイから手を放す。
それからイライラを昇華するように頭を掻いて王見から視線を外した。
「アホか。もういい、俺は帰る」
言って歩き出そうと壁から背中を離した俺の前に立ちはだかる王見の腕。
帰ると言う俺の宣言を無視して、それは微動だにせずそこにあり続けた。
その腕の下を潜って行くと言う方法も残されてはいたが、それは何だか俺の負けみたいな感じがして癪に障った。
「手、邪魔。どけろ」
王見の方は見ずに言う。
視線を合わせたらもう一悶着起こしそうな予感がした俺の、精一杯の大人の対応だ。自分で偉いと思う。
「…」
ただ残念なことに俺には辛抱するという能力が備わっていなかった。
沈黙は俺を焦らせ、苛立ちを募らせて俺を動かす。
結局俺は数分と待たず、王見を睨み上げることとなり。
「ッだからもう帰るって言っ…」
盛大な舌打ちに始まった俺の台詞はしかし、言い終わる前に煙のようにスッと立ち消えた。
見上げた王見の頬には。
「ーッ!?」
涙が一雫、伝っていた。
「どうしてあなたはいつも、俺の思い通りになってくれないんですか」
驚愕のあまり顎が外れそうになっている俺に王見が不服そうな顔で苦情を言う。
抑揚のない低めの声が俺の鼓膜を振動させているのは間違い無いのだが、言葉は意味を解さぬままに文字通り右から左へと抜けていった。
「どれだけ俺の手を煩わせたら気が済むんです?いい加減、諦めてくれませんか。幸せになるのは」
混乱している俺を余所に淡々と言葉を継ぐ王見。
「しかもよりにもよってあんなやりにくい相手と。どうせなら専門学校の時くらい頭の弱そうな相手に引っ掛かってくれた方がまだ俺としても遣り様があったんですが」
「…」
「既に付き合ってるんですか?それとも、これから付き合うつもりなんですか?どちらであってももうこうなったら遠慮なく排除させて貰いますけどね」
ヤバい。
王見の言葉が何一つ頭に入ってこない。
俺は目を見開いたまま完全に固まっていた。
王見の声が素通りして行く。
言葉を追いかけようとしても、王見が次から次から言葉を紡ぐせいで全然理解が追いつかない。
そのうちに一つ前の王見の台詞なんて跡形もなく俺の脳から消えてしまう。
「…お前、さっきから何言ってんの?」
ようやく俺が言えたのは、そんな情けない疑問文一つのみで。
一頻り苦情を言い終えて少し落ち着いたのか、王見は乾き始めている瞳に俺を映すと諦めたように息を吐いた。
「いいですよ、隠し立てされる方が嫌ですから。あなたが最近ずっと俺の電話を無視していたのは、雨英先生と一緒だったからなんでしょう?今日みたいに」
「は?」
「…違うんですか?」
キョトンとして馬鹿みたいに口を開けた俺を見て、王見が怪訝に眉間を寄せる。
電話を無視していた理由に何でみぞれの名前が出てくるのか、俺にはさっぱり分からなかった。
そもそもお前を避けたり電話に出れなかったりしているのは、俺の勘違いがバレてストーカー呼ばわりされて通報されるという最悪の事態にならないように、と俺が細心の注意を払ってるからであって。
それをお前に説明してしまったら俺がここまで頑張って隠してきた意味がねぇんだよ。だから必死に黙ってるんだよ。少しは察しろよ、お前頭いいんだからさ。
内心で逆ギレしている俺に、じっと見定めるような王見の視線が纏わりつく。
「…」
「…」
気がつけば俺を囲うように壁についていたはずの王見の両手が何故か俺の肩をガシッと掴んでいて。
「違うんですか?」
訝る表情で俺の顔を窺いながら、王見は先ほどよりも低い声で同じ問いを繰り返した。
肩を掴む王見の手に心なしか力がこもる。
すすす…と逸らそうとした俺の視線をその鋭い眼力だけで留め置き、王見は静かに三度目の言葉を口にした。
「違うんですね」
肯定以外を答える余地など初めから用意されていない、確信を前提にした訊き方だった。
しまった。逃げ場がなくなってしまった。
これでは自分で招いた事態に自分から嵌りに行ったようなものだ。
「そら」
「う…」
促されてますます追い詰められる俺。
だって仕方ないだろ。王見に隠し事ってのが俺には土台無理な話だったんだよ。
誰にともなく文句を言って、俺は。
「わかったよ。言えばいいんだろ、言えば」
ヤケクソ気味に腹を括った。
「言うから、お前絶対怒んなよ?絶対だぞ?あと通報もすんなよ。頼むから」
「通報?…まさか、法に触れるような内容なんですか?」
妄想癖のあるストーカーじゃないですか、それ。一歩間違えなくても犯罪者ですよね。完全に。
あの日と同じ王見の声が脳内で俺を冷ややかに非難する。
うわぁ、やめてくれ。折角覚悟を決めたとこなのに心が折れるだろっ!
俺は幻聴を必死に振り払い、声が詰まる前にと急いで口を動かした。
「実は俺とお前はこの一年ずっと恋人同士だったんだ!」




