31 足音
部屋の真ん中、独りで膝を抱えている。
あのひとの足音を探している。
廊下に響く、あのひとの足音。
どんな雑踏でも必ずわかる。あのひとの足音なら。
会社の行き帰り、買い物、散歩。いつもあのひとの姿と足音を探している。
わたしの、わたしを愛したあのひとのものならば、どこでも見つけることができる。
そう信じているし、それは事実であるはずなのだ。
あの日、さようならと言って扉をしめたあの人の足音が、吐息が、まだ耳から離れない。
今日もわたしは静かに部屋であのひとを待っている。
いつか、必ずもどってくるはず。彼は必ずわたしのもとへ。
裸足のままのわたしの足。いつのまにか爪がのびている。
手を見てもずいぶんな長さの爪だ。これではあのひとに触れるとき、キズつけてしまうかもしれない。
でも、爪を切る雑音であのひとの音を聞き逃すわけにはいかないから。
わたしはそのままうずくまって床に耳をあてている。
あの日々は嘘じゃなかった。
あのひともわたしも、真実の時を生きていた。
さようなら
なぜ? わたしにはわからない。
理由が思い当たらない。
ただ、あの日から彼はこの部屋を訪れなくなった。それが現実。
そしてうつむいて、ただ足音を探す日々がはじまった。
これが終わる日は来るのだろうか。
今。今、音が聞こえた。
廊下からじゃないわ。窓の外から。
わたしは慌てて窓をあける。
間違いない、彼の足音だ。
窓の外は真っ暗。街の灯も、星の光も見えない。
でも間違いなく彼だ。彼の音だ。
わたしは思わず窓枠へ足を踏み出して、彼の姿を探した。
その瞬間、どこからか笑い声が聞こえた。
明日も何か投下します。どうぞよろしく。




