30 ワイルドな彼女
彼女が最近、変だ。
どこが変って、髪の毛がピンク色なったり金髪になったりするんだ。長さもいろいろだし、貞子もどきの長い黒髪の日もある。
化粧もよく変わる。男の僕でもわかる。だって、まつげが南の国の鳥みたいな色になってたりするんだから。
僕は……大抵の男はそうだと思うけど、化粧ッ気はない方がいいし、髪の毛も変に染めたりカツラ(といったら「ウィッグだよ!」とぶん殴られた。グーで)かぶったりしてない方がいいと思うんだ。
ニーソがうまいこと太ももに食い込んでるあのモチッとした具合とか、そういうのを求める。できれば二人だけの時に。
彼女に何が起こったんだろう。
ある日とつぜんピンクの髪で講義に出てきたんだ。
女子からは超カワイイって言われてたけど、僕は言葉を失っただけだった。
友人たちには、お前ら何かあったのかとたずねられたけれど、何もない。
昨日まで普通のカレカノだったんだから。
学食でいつものように昼飯を食っている時も、いつもどおり。
外見の変化について何もきけないでいる僕と、いつもどおりの彼女。
「今日さ、水曜じゃん。映画行こうよ。レディースデイだしさ。君は学割しかないけどいいよね」
なんてウィンクする。あ、かわいい。
彼女は綺麗だ。それは誰もが認めるところだ。
成績もいいし、近々お国がお金を出して外国の大学へ行く計画も進んでいる。国費留学ってやつだ。
僕はおいてけぼり。
なにもかも。彼女にあって僕にあるものって性差しかない。
でも、彼女は僕の彼女なんだ。今のところ。
映画館の廊下を手をつないであるく。彼女が僕を引っ張っている。
「ねえ、君」
彼女が口をひらいた。
「あたしがこんな外見的冒険をしていることについて、未だにヒトコトも言及されてないのだけどそれはどういうことかな」
僕はただ目を見開いて黙っていた。
「いいよ、君はそれで。君はあたしのすべてを受け入れてくれている。それだけでいい。
だから君の一生には、あたしが責任を持つ。だから同じ大学に連れて行く。国費も2倍出させてみせる。いいね?」
なんだそれ。
「あたしにはそれだけの価値がある。そのあたしが認める君にはもっと価値がある。でしょ?」
でしょ、って言われても。
外はもう夜空だった。
都会の星は控えめだ。地上が明るすぎて、遠慮がちにほんの数個が輝いている。
「夜だけ、世界が見えるのね」
彼女は遠くを見上げた。
「大気が目を塞いでる。人の目は、大気を無視するようにできているから、見えないと勘違いしているだけ。光の乱反射で正しい世界を見ることができない。でも夜は、ほんの少し大気の悪意を削いでくれる。だからこうして世界を見上げることができるの」
七色の髪を翻して、振り向く彼女は。
「あたしは、突破してみせるから」
僕はなんのことやらわからず、ただ首をかしげた。
「地球はスノードームみたいなもの。あたしたちは限られた球体の、ほんの表面でうごめいてるだけなの。だから、そのガラスの障壁をとっぱらってやるの!」
赤い口紅、満面の笑顔。
「その瞬間、君といたい。ずっと君と一緒にいたい」
あまりに真っ直ぐそう言ってくれるので、僕は思わず苦笑する。
「世界がどんなに美しいか。あたしの七色よりもっと美しい。いろんな色彩がまじりあって、息も止まるくらい」
「なんでそんなこと知ってるの」
「そりゃあ、それはアタシだから」
有無を言わせぬ明るく強い言葉は、彼女の魅力だ。
「だから、一緒にいてね。あたしの手の届くところにいつも。君がいてくれれば、君さえいれば、あたしは世界と歴史を変えてみせるから」
両手を広げて僕に抱きつく。
なんて大きなことを言う女の子なんだろう。ぎゅっとしがみつく彼女の髪を僕はやさしくなでた。
なにものをも恐れない彼女は、口だけの人間じゃない。何故か僕は知ってる。
この子はとんでもないことを為出かすと。
うん、いいよ。君に賭けるよ。
僕の人生は君にあげる。
だから、今は君にしか見えていないその世界を、いつか僕にも見せて。
21世紀末、地球圏を突破する駆動装置の基礎を生み出した博士の評伝がここにある。
安全性高く、低コストで宇宙船を操れるエンジンは人類の歴史を変えた。
応用技術で多少ならば重力すら操れるようになり、宇宙船内の1G固定を可能にし、人間の骨の老化および循環器にかかる負担を大幅に削減。
地球圏はおろか、同太陽系外への進出をも可能とした。
博士の傍らには、共同研究者であり夫の姿が常にあった。
個性的で自我の強い博士と、柔軟性に富むいわば研究における外交官の役割を負う夫の力があってこその結果だと伝わる。
そうかな、なんてわたしは思う。
夢見がちな少女と、そんな彼女に恋した男が起こした奇跡なだけじゃないかな、なんて。
壁にかけられた、ゆったり微笑んでいる老夫婦の古典的平面写真を見ていると、わたしは奇跡など意外と近くに落ちているんじゃないかと思ったりするのだ。
「ね。おばあちゃん、おじいちゃん」
わたしは写真をそっと指でなぞった。
明日もどうぞよろしくお願いします。




