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29 魅惑の転職

人が欝になるってどういうことだろう。本人に自覚はあるのだろうか。

まあ、自覚が出るくらいだったらアウトだろう。

たとえば、口が回らなくなるとか。できることができなくなるとか。

歩いてる最中に、急に涙が溢れてとまらなくなるとか。


そんな経験ってないかな。


アウトだよね、それ。


というわけで、僕は転職した。


大変ありがたいことに、転職の「神様」は向こうからネギ背負ってやってきた。


僕は人と触れ合うことがとても苦手だ。しかしなぜか得意で結果、常にそういう部署に回されてきた。もうそんなことしなくていい。

一人でこつこつ仕事で、かつ、世の中に役に立つようなことをしていけばいいんだ。

今の職種はそんなので、給与も十分。福祉厚生、万端。



フレックスで出社して、やるべきことをして、静かに帰宅する。

僕の鬱症状もずいぶん改善してきたように思える。

原因さえ取り除けば、負担を軽くすれば、体と心はは少しずつ戻ってくるもんだね。


たまにすれ違う人に会釈したり、大会議室に入るときや上司の部屋の扉を開けるときに挨拶したり。さすがにそのくらいのことはしてる。

それは礼儀だもんね。やるべきことはやるよ。そのクッソ真面目さがメンタル面をぶっ壊したんだろうけど。人は集団生活の下に成立しているんだもの、そのくらいは、ね。



今日も自分のデスクには山ほどの書類。

それを入力して、特殊なプログラムで数値化していくのがこの部署の役目だ。

なんかプログラム組むの大好きメンバーがいるらしく、もし使いにくい等の要望があればすぐに手直ししてくれる。すごい力の持ち主だ。もはや人間超えレベル。


数値化したものをそれぞれファイリングして、所轄に送信。

これが僕らの仕事。


僕だって、書類(紙)をどのように入力していけば効率的かっていう工夫をしている。

というか、なんでそもそもペーパーなんだ。和紙っぽいし。かつ墨で手書きなんて、もうなんというか今何時代だよと思う。でも伝統らしいから文句はいわない。

不平不満はストレスのもと。ふぅ、あぶないあぶない。


足をぶらつかせている間にずれた靴下を直す。ついでに立ち上がり、うーんと伸びをする。

あ、また靴下ずれた。うっとうしいなあ。

もういいや、ラジオ体操でもするか。デスクワークに適度な運動は必須だ。


欝やひきこもりの原因の一つに脳への血流の低下があるらしいから、いろんな意味で体操は健康にいいんだと思う。


ラジオ体操第2の筋肉モリモリポーズに一人恥ずかしくなりつつも続ける。小学校の頃やったきりなのに、体が覚えてるもんなんだなあ。


もしさ、梅田あたりでこの音楽鳴らしたらみんなで体操始めると思うよ。大阪ってそんな街だもん。



さて、と。仕事仕事。


達筆過ぎる文字を解読しながら入力。たまに知ってる名前が書かれてる。が、別にいいや、と、そのままキーボードに打ち込む。数値がでる。

数値の意味は知らされてはいないけれど、大体の見当はつく。


人事だってそんなもんだろ。

って、これ人事か。僕、人事してんのか。今更気付かされた。



そんなことも知らされずに転職したのかとバカにされそうだな。

詳しいことはこちらから何も尋ねなかったからな。

ただ、今いる状況から抜け出せる。それは「魅惑の転職」であることは確信できた。だから一も二もなく受け入れた。


それは正解だったと信じている。



広い広い建物の中、その一室で淡々とデータ入力。

お腹がすいたら食堂へ行くだけで24時間食べ放題。


レクリエーションルームも完備。


ご陽気な同僚、無口で愛想なしの美女。いろんな人々を見かけるが、自由闊達に生きている。


生きているというのはちょっぴり語弊があるが、まあ気にしない。



特に親しい友人はいなくとも、庭ではしゃいでいる小さな子を見守るのは楽しいもので。



こんな毎日を僕は愛している。これからずっとこうして生きていけるんだ。

僕は本当に運がいい。こんな「魅惑の転職」に出会えて。



まあ、ちょっとビルから飛び降りただけなんだけどね。

地面に激突する前にスカウトされてさ。


閻魔様の部下である司録様司命様のお手伝いしてみないって子鬼が(これがまたすごい美少女だった)やってきて、どうせもう地面激突ぶっしゃぁ確実だしオッケーしたんだ。



でもって閻魔様のご判断に役立つよう、死んだ人間の生前行動をデータ化するお手伝いをしてるってわけ。


人の世界では、ある日突然、直前まで普通だったサラリーマンがビルから飛び降りたことになってるようだけれど、こういう例もあるってことで。

「直前まで普通だった」

僕、ほんと精神的にギリギリで、結構アピールしてたつもりなのに、そりゃないぜって思ったけどね。



もし、地獄でも鬱になったら司録様司命様が早々に気づいて手をうって下さるという。

手のほどこしようがなくなったら、バッサリ存在を消してくださるとの話だ。


なんていい環境なんだろう。

なんてすばらしい転職なんだろう。






さて、最近の僕の有り様を書いてみたが君はどう感じたかい?



僕の行動は間違っていたと思うかい?


僕は幸せだと思うかい? それとも哀れに思うかい?



いやいや答えなくていいよ。君の心にしまっておいて。


どう思おうと、この和紙に墨で名を書かれた君の運命が変わるわけでもないものね。





  




明日もどうぞ、お楽しみに。

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