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受賞

十二、受賞

 勝は星のお守りをじっと見ていた。これがまさか、本当の母親の形見だったなんて、思いもしなかった。


 手作りのお守りはどこか優しさがあり、温もりがあった。勝はこのお守りが好きだった。「安全」と書かれた文字は決して達筆であるとは言えないが、どこか心が魅かれるものがあったからだ。一郎の話を聞いて、このお守りには母の情が籠っているんだな、と勝は改めて思った。


 一郎が話を続けた。

 「お前を妹夫婦に預けた後、俺は小説の執筆に打ち込んだよ。恵を亡くし、勝を預けた今、俺に残っていのは小説しかない、と思ってね。来る日も来る日も、机に向かって小説を書いたんだ…」


 そして、一郎の書いた小説は、見事に文学賞の新人賞を獲得した。今まで一郎の小説に足りなかったもの。それは、心の底から湧き上がるほどの嬉しさと、地獄の底に落ちたような深い哀しみであったのだ。前者は勝という宝物を手に入れたことで、後者は最愛の妻恵を失ったことで、一郎は二つの気持ちを手に入れることが出来たのだった。


 さらには、宝物を手離さざる得ないといった、人生において最大の決断をも体験した。もちろん、勝を養子に出したことだ。今の一郎には、もう足りないものはなかった。


 新人賞をとった一郎は、その年同じ出版社からデビューし、一躍小説家の仲間入りを果たした。一郎の描く小説は、人間描写がとても繊細で美しかった。一郎は瞬く間にベストセラー作家となったのだ。


 前妻の涼子と出会ったのもこの頃だった。出版社で編集の仕事をしていた涼子は、度々一郎の家を訪ねていた。家事全般に無頓着な一郎の部屋は、足の踏み場もないくらいだった。世話付きの涼子は原稿を受け取るまで待っている間に、掃除や洗濯をしてくれるようになった。そしてそれは段々と恋心へと変化していった。


 しかし、一郎は今一つ踏ん切りがつかないでいた。恵を失ってまだ四年。一郎の心の中には、まだ恵が存在していたのだ。それに四歳になった勝の事もある。

一郎は、三か月に一度くらいの頻度で妹夫婦を訪ねていた。本当は毎日でも訪ねたいところであるが、それでは妹夫婦に預けた意味がなくなる。そう思い三か月に一度くらいに留めていた。


 勝は健やかに成長し、一郎のことを「おじちゃん、おじちゃん」といってよくせがんだ。昨年は待望の弟も誕生し、妹夫婦は家庭円満の一言であった。これなら勝も幸せに育ってくれる。一郎は自分の判断に間違いがなかったと、確信した。


 勝はやんちゃな男の子になった。外で遊ぶのが大好きで、一郎が訪ねていくと必ずと言っていい程、公園や動物園に連れて行ってとせがんだ。


 そんなある日、いつものように勝が公園で遊んでいる時だった。一郎は公園のベンチに腰掛け、次回作の構想を練っていた。いつもにも増して考えに集中してしまった一郎は、ふと腕時計の針を見た。ここに来てから既に二時間以上過ぎていたのだ。


 一郎は辺りを見渡した。勝の姿がどこにも見えない。


 「勝、勝!」

 一郎は声を上げて辺りを隈なく探した。しかし、勝は何処にもいなかった。一郎の心に不吉な思いが過った。知らないところへ行って迷子になったのか。それとも誰かに連れて行かれたのか…。一郎は不安になった。


 それから小一時間ほど一郎は辺りを探し回った。勝が立ち寄りそうなところも見て回った。通りがかりの親子にも声を掛けた。しかし、勝は見つからなかった。

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