第7話 二ヶ月の自宅待機と、閉ざされた推薦
職員室の奥にある校長室。
四人は、並んで座らされていた。
机の向こうには校長、教頭、学年主任、そして生徒指導担当の教師がいる。
誰一人として、笑っていなかった。
「まず、今回の件について説明します」
校長が書類を開いた。
「朝比奈くんに対する罰ゲームを伴う告白、撮影された動画の拡散、そして、その後の皆さんの言動について、学校として事実確認を行いました」
「……はい」
美月が小さく答えた。
「また、学校には多数の問い合わせや苦情が寄せられています」
校長は、淡々と続けた。
「『教育はどうなっているのか』『こんな学校に子どもを通わせるのは不安だ』『学校として責任ある対応をしてほしい』。そうした厳しいご意見が、複数寄せられています」
四人の顔がこわばった。
「学校名まで広まっている以上、今回の問題は、皆さんの学校生活だけでなく、学校全体の信用にも関わります」
「でも……」
莉子が、おそるおそる口を開いた。
「こんなに大ごとになるなんて、思っていませんでした」
「思っていなかったから、責任を取らなくてよいということにはなりません」
学年主任の言葉に、莉子は黙り込んだ。
「今回、皆さんが行ったことは、単に冗談が行き過ぎたという話ではありません。真剣な告白を笑いものにし、撮影し、さらに多くの人が見られる場所へ拡散した。そして、本人が傷ついたことを知っても、反省するどころか、相手の受け取り方に問題があるかのような発言をしていた」
「……」
「以上を踏まえ、学校としては、二ヶ月間の自宅待機を含む厳しい措置を取ることにしました」
「二ヶ月!?」
大輝が思わず立ち上がった。
「長すぎるだろ! たかが罰ゲームで、そこまでする必要ありますか!?」
「座りなさい」
教頭の鋭い声に、大輝はしぶしぶ椅子に座った。
「山田さんも、動画を拡散したことについて責任があります。相沢さんは撮影に関与しています。橘さんは罰ゲームを発案し、小鳥遊さんもその場で相手を傷つける言動を取った。それぞれが、自分の行動と向き合わなければなりません」
「でも、俺が全部悪いわけじゃないです!」
翔が声を上げる。
「大輝だって撮影してたし、莉子が最初に考えたんだろ!」
「お前だって面白がってたじゃねえか!」
「うるさい! お前が勝手に撮ったんだろ!」
「ちょっと、やめてよ!」
莉子が二人を止めようとする。
だが、校長は冷たい視線を向けた。
「ここでも責任の押しつけ合いですか」
四人は、一斉に口を閉じた。
「今の皆さんの態度を見ていると、相手を傷つけたことよりも、自分が処分されることばかりを気にしているように思えます」
「……っ」
美月は俯いた。
「今回の処分については、保護者にも説明し、必要な指導を行います。また、自宅待機中の課題や反省文の提出、保護者同席での面談なども実施します。詳しい内容は、個別に説明します」
そこで、学年主任が別の書類を手に取った。
「それから、進路についても話しておきます」
莉子が顔を上げた。
「……進路?」
「はい。推薦入試や指定校推薦を希望している人は、特に注意してください」
その一言で、莉子の表情が変わった。
「ちょ、ちょっと待ってください。私、指定校推薦を考えてるんですけど……」
「知っています」
「じゃあ、推薦はどうなるんですか?」
学年主任は、少し間を置いてから答えた。
「今回の処分によって、推薦の校内選考は非常に厳しくなると考えてください」
「……え?」
莉子の顔から、血の気が引いていく。
「で、でも……成績は悪くないです! 今までだって、ちゃんと勉強してきたし……!」
「指定校推薦は、成績だけで決まるものではありません。学校から推薦する生徒としてふさわしいか、生活態度や学校生活での状況も含めて判断されます」
「そんな……」
「今の段階で、すべての推薦が不可能と決まったわけではありません。しかし、この処分と、現時点での皆さんの反省の状況を考えれば、推薦を得るのは相当に難しいでしょう」
莉子の手が震え始めた。
「……嘘でしょ?」
彼女は、隣に座る美月を見た。
「ねえ、美月……どうしよう……」
美月もまた、顔面蒼白になっていた。
「私だって……推薦、考えてたのに……」
「相沢さん、山田さんも同じです」
学年主任が続けた。
「今後の進路については、今回の処分がどのように扱われるかも含め、個別に指導します。推薦を希望するのであれば、まずは自分の行動に向き合い、反省を示してください」
「……俺、大学に行きたいんです」
大輝が、先ほどまでとは違う声で呟いた。
「こんなことになるなんて、思ってなかったんです……」
「思っていなかったでは済まされないのです」
教頭が答えた。
「あなたたちは、もう義務教育を終えています。自分の行動には責任が伴う。それを理解しなければならない年齢です」
そして、校長が最後に告げた。
「今回の件は、退学を求める声が上がってもおかしくないほど重大な問題です。学校としては、事実確認を行い、規則に基づいて今回の措置を決定しました。これ以上、問題を軽く考えることのないように」
四人は、何も言えなかった。
先ほどまで「たかが罰ゲーム」と言っていた大輝も、責任を押しつけ合っていた翔も、強気だった莉子も、そして黙っていた美月も。
ようやく、自分たちが失いかけているものの大きさに気づき始めていた。
二ヶ月間の自宅待機。
周囲からの信用。
学校での立場。
そして、推薦という進路の可能性。
今まで当たり前にあると思っていた未来が、急に遠ざかっていく。
「……私、どうすればいいの……?」
美月の声は、かすれていた。
だが、誰も答えなかった。
校長室を出た四人は、廊下の端で立ち止まった。
「……最悪だ」
翔が壁に手をつく。
「俺、推薦とか考えてたんだけど……どうすんだよ」
「私だってそうよ……!」
莉子が声を荒らげる。
「何でこんなことに……!」
「お前が言い出したからだろ!」
大輝が睨みつけた。
「はあ!? 撮影したのはあんたでしょ!」
また責任の押しつけ合いが始まる。
けれど、もう以前のように笑ってごまかすことはできなかった。
彼らの行動は、すでに学校の外にまで知られてしまっている。
そして、推薦についても、簡単には元に戻らない。
美月は、震える手でスマートフォンを握りしめた。
画面には、湊との昔のメッセージが残っていた。
何気ない日常の会話。
自分を気遣ってくれた言葉。
困ったとき、いつも相談に乗ってくれた湊。
あの頃の自分は、それが当たり前だと思っていた。
どんなに冷たくしても、湊は自分のそばにいる。
そう信じていた。
でも、今は違う。
湊はもう、自分のことを見ていない。
湊の隣には、雪乃がいる。
「……湊」
美月が、小さく名前を呼んだ。
けれど、その声を聞く人はいなかった。
そして翌日。
四人には、保護者同席のもとで正式な説明が行われることになる。
自分たちの行動が招いた結果と、向き合わなければならない。
もう、冗談だったという言葉だけでは逃げられないのだから。




