第1話 死闘
「ほほう。このワシの“闇の衣”を剥がす手段を持っていようとはな」
永遠の闇に包まれ、繰り出す攻撃は決して届かない。
あらゆる攻撃を闇で包み込み、異次元へと飛ばしまうためだ。
魔王リボーの守りは完璧であり、この闇を払う術を持たぬ者は、すべからく死を与えられてきた。
だが、今回ばかりはそうではない。
その永遠の闇を振り払う光り輝く宝玉を手にする者がいた。
“勇者”、世間ではそう呼ばれる男デビィドだ。
「残念だったな、魔王リボー! 今日、ここがお前の墓標となるんだ! この聖霊王より託されし“光の玉”が、お前を倒す道標だ!」
勇者のかざす輝く宝玉が魔王のまとう闇の衣を引き裂く。
ついに姿を現した魔王に、勇者パーティーの一行はいよいよだと身構える。
「今日、この日、どれほど待ちわびた事か! 行くぞ、魔王!」
雄叫びを上げるのは、聖戦士モロコスだ。
ゆうに2mを超える巨躯の持ち主で、人間とは思えないほどの怪力の男だ。
並の人間では装備すると歩けなくなるほどの重装甲の甲冑に身を包み、これまた常人では持ち上げる事さえできない斧槍や盾を構える。
徹底的に守りを固め、パーティーの盾となり、数多の難敵の攻撃を凌いできた、勇者パーティーの前衛だ。
その姿はまさに不動の大岩。
魔王の攻撃すら耐えて見せようと、持てる魔力を防具に注ぎ込む。
「さあ、平和な世を築くため、魔王さんには御退場願います。子供達の明るい笑顔、そのために!」
戦闘開始と同時に次々と補助魔法をかけるのは、“聖女”の呼び声高い大神官スオーラだ。
物腰の柔らかそうな見た目に反し、その強烈な意志は眼光を鋭くさせる。
魔王を倒して平和な日を手にすると神に誓い、そして、とうとうここまで来た。
最初から全力で行くと、あらん限りの信仰力を使い、仲間達に祝福を与えていく。
「この戦いが終わったら、あたし、勇者様と結婚するんだから! だから、消えろ! くたばれ、魔王!」
私欲剥き出しで絶叫するのは、大魔導士のティエラだ。
強大な魔術を使いこなし、数多の敵を屠ってきた天才美少女(自称)魔術師。
パーティーのリーダーである勇者デビィドとは、駆け出しの冒険者時代からの付き合いであり、そして、恋人同士(自称)でもある。
色恋成就のためという極めて小さな願い事であるが、本人は至って大真面目。
ただ目の前の魔王をぶっ飛ばす、それだけだ。
ありったけの魔力を杖に込め、詠唱を始める。
だが、先に動いたのは魔王の方だ。
「ぬははははは! 闇を振り払ったところで、我が力は衰えぬ! 沈むが良い、決して溶ける事のない無限の氷原へと! 【永久凍土】!」
周囲が急激に冷たくなっていく。
否、それ以上だ。
白き死神が宙を舞い、ありとあらゆるものが砕け散る。
万物が冷気によって結合力を失い、白い粉雪へと姿を変えていく。
魔王リボー必殺の一撃だ
だが、下がらない。
勇者一行は決して下がらない。
そこには確固たる“信頼”があるからだ。
「すべてを受ける! うぉぉぉ、【遮断】!」
四人を包み込むように展開された白い渦は、構える盾とそこより放たれる光によってたちまちにはじき返される。
聖戦士モロコスが使う最大最強の防御技だ。
魔力の消費量が膨大なため、ほぼ戦闘中に一度しか使えないが、代わりにこれを展開中はありとあらゆる攻撃を“遮断”する事ができる。
それは魔王の一撃とて例外ではなかった。
「今だ! 長くは持たんぞ!」
モロコスはしっかりと魔王の攻撃を受け止めたが、それでも相当に重たい一撃である事はその余裕のない表情からすぐに読み取れた。
そして、この機を逃す他のパーティーメンバーではない。
「ほいさ! 神々の魂すらも焼き尽くす、原初の炎を我が前に! 【滅びの火】!」
「光り輝く裁きの鉄槌、不浄なる者を打ち滅ぼす力を示せ! 【正義の鉄拳】」
白い嵐を吹き散らす赤き閃光が魔王に命中し、その肌を焼く。
どれほど鍛え上げられた強靭な刃であろうとも、傷一つ付けられない魔王の皮膚さえ、天才魔術師の少女の前ではその限りではない。
また、燃え盛る魔王の頭上より、光り輝く巨人が拳を振り下ろす。
聖なる力で形作られたそれは、闇の申し子たる魔王には殊更効く。
絶叫と共に体勢が崩れ、そこへすかさず勇者が飛び込んだ。
「天操術起動! 雷よ、来い!」
駆けだす勇者デビィドが天に向かって剣を掲げると、たちまちの内に雷雲漂う空より、強烈な閃光が打ち下ろされる。
落雷だ。
勇者の持つ伝説の剣『空の裂く者』は、天候制御の力が備わっている。
それを用いて、雷雲を呼び寄せ、溜まりに溜まった天空の力を降ろし、剣へとそれを込める。
雷の力が、剣へと舞い降りた。
「滅びろ、魔王! リヒテン流剣技、奥義【先手必勝・電走】!」
本来は踏み込みながら頭上から振り下ろす一撃で、相手を絶命させる技なのだが、祖父より受け継いだこの技を、デビィドは改良を加えた。
雷の力を自分と剣に込め、文字通りの“目にも止まらぬ速さ”で叩き込み、斬撃と電撃を同時に与える必殺技へと昇華させた。
狙い違わず魔王の体を捉えた。
先に強烈な魔術を食らっていただけに、勇者の一撃もまた通る。
魔王の体は深く切り裂かれ、その叫びはまさに断末魔のそれだ。
「とどめよ! もいっちょ、【滅びの火】!」
「今一度、【正義の鉄拳】!」
「うぉぉぉぉ! 【軍神の投槍】」
赤き閃光が、白き鉄槌が、あるいは渾身の一撃で投げ込まれた槍が、魔王の体を容赦なく貫き、砕いていく。
そして、勇者の一撃が更に魔王を貫く。
懐に飛び込み、そして、魔王の体をその剣が貫いた。
「お、おのれぇ! こ、こんな事がぁ!」
「さっさとくたばれ、魔王!」
突き刺した状態からの斬り上げ。
勇者の一撃が魔王の体を引き裂き、血飛沫を上げながらその体が大地に倒れ込む。
紛れもない致命の一撃。
長きにわたり世界を、人々を苦しめてきた魔王が、倒れた瞬間であった。
崩れ落ち、風の前の砂山のごとく、崩れ落ちていく魔王。
だが、なぜか笑っている。
「よくぞワシを倒した、勇者よ! だが、人の心に闇と欲がある限り、魔の眷属は何度でも蘇る! クハハッ……、その時にはお前は老い朽ちて……」
「無駄口叩いてないで、さっさと逝ねぇ!」
辛うじて形を保っていた魔王の顔面を蹴飛ばす勇者。
そして、跡形もなく消え去った魔王。
体だけでなく、あの禍々しい魔力も威圧感もない。
本当に倒した、そう確信する。
「勇者様~、せめて最後の断末魔の口上くらい、言わせてあげても……」
「知らねぇよ、ばぁ~か! んな事より、ティエラ、脱出だ、脱出!」
勇者パーティーと魔王の決戦となったのは、魔王の居城の展望バルコニー。
足場がガタガタと震え出し、城全体が崩れ始めているのが感じ取れた。
主人が倒れた以上、その城もまた長くはないというわけだ。
「ぶっ倒したら、城ごとおじゃん。随分とまあ、古風なこって!」
「そうですね! それじゃあ、【迷宮脱出】」
そして、勇者一行は脱出魔法を使い、崩れ行く魔王城を後にした。




