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第2話 白峰リアは、被害者の顔をして笑っている

 配信ドローンの赤いランプが、俺の方を向いた。


 まずい。


 そう思った瞬間、コメント欄がざわついた。


『誰かいる?』

『今、端に人影映らなかった?』

『スタッフ?』

『え、怖い』

『リアちゃん後ろ見て』

『演出?』


 ドローンはすぐに角度を戻した。

 広間の中央で短剣を構える白峰リアを、再び綺麗に映す。


 だが、遅い。


 一瞬でも映った以上、俺はもう完全な傍観者ではなくなった。


 壁際で息を殺しながら、俺は自分の鼓動を聞いていた。


 逃げるなら今だ。

 そう思う。


 今ならまだ、配信に映ったのはほんの一瞬。

 清掃員が迷い込んだだけだと言い訳できる。

 管理局に怒られるだろうが、命までは取られない。


 でも、リアの背後で高木の右手が短剣の柄に触れている。


 瀬尾は魔物の方ではなく、リアの立ち位置を見ている。

 三枝のドローンは、リアの顔だけを切り取る位置にある。


 全員、魔物を見ていない。


 俺は歯を食いしばった。


「リアさん!」


 声を出した瞬間、自分で自分を殴りたくなった。


 広間の空気が止まる。


 リアが振り返る。

 高木の手がぴたりと止まる。

 瀬尾が目を細める。

 三枝のドローンが、今度こそはっきり俺を捉えた。


 コメント欄が一気に流れる。


『誰!?』

『さっきの人?』

『男の声した』

『スタッフじゃないの?』

『清掃員?』

『リアちゃん逃げて』

『不審者?』


 不審者。


 まあ、そう見えるだろう。


 配信禁止区域に入り込んだ、モップ臭いFランク探索者。

 しかも、人気配信者の配信中に突然声を上げた男。


 自分でも怪しすぎる。


 リアは一瞬だけ目を丸くした。

 だが、次の瞬間には笑顔を作っていた。


「あれ? 黒瀬さん、だよね? さっき清掃してた人」


 俺は驚いた。


 名前を覚えられていたからではない。


 この状況で、彼女が一瞬で俺を「配信に出してもいい存在」に変換したからだ。


 知らない男、ではなく、清掃スタッフ。

 不審者、ではなく、さっき見かけた人。


 たった一言で、コメント欄の警戒を少し下げた。


『清掃の人?』

『スタッフっぽい?』

『黒瀬さんって言った?』

『何しに来たん』

『リアちゃん知ってるなら大丈夫?』


 すごいな、と思った。


 同時に、怖いとも思った。


 白峰リアは、ただ可愛いだけの配信者ではない。

 状況の切り取り方を知っている。


「すみません。少し話があります」


 俺は広間の端から出た。


 足が重い。

 魔物の唸り声が、奥から低く響いている。


 リアは短剣を下ろさないまま、こちらへ笑いかけた。


「今、配信中なんだけどなあ。危ないし、黒瀬さんは下がってて?」


「その配信が危ないんです」


 言った瞬間、高木が苦笑した。


「おいおい、急に何だよ。スタッフさん、ここ関係者以外立ち入り禁止だぞ」


 関係者以外。


 お前たちもだろう、と思ったが言わなかった。

 言ったところで、今の俺の方が怪しい。


 瀬尾が肩をすくめる。


「リア、知り合い? なんか様子変だけど」


 三枝はドローンの角度を微妙に変えた。


 俺、リア、高木たち。

 全員を映すのではなく、俺とリアだけが向かい合っているような画角。


 駄目だ。


 このままだと、俺が配信を妨害している絵になる。


 リアはカメラに向けて軽く手を振った。


「ごめんね、ちょっと確認するね。たぶん大丈夫だから」


 それから、配信マイクに拾われにくい距離まで近づいてきた。

 笑顔のまま。


 そして、小声で言った。


「何しに来たの?」


 声が冷たかった。

 配信で聞く明るい声とは、まるで別人だ。


「危険です」


「知ってる」


「高木さんたちが、あなたを嵌めようとしてます」


「それも知ってる」


 俺は言葉に詰まった。


 リアは俺の反応を見て、少しだけ口角を上げた。


「何? 私が何も知らずにのこのこ来たと思った?」


「違うんですか」


「違うよ。高木くんと瀬尾くんが変なスポンサーと繋がってるのは、二週間前から分かってた。三枝さんのカメラワークも最近おかしい。だから、今日ここに来た」


「……分かってて来たんですか」


「証拠が欲しいの」


 リアはあっさり言った。


「裏で調べても、向こうは絶対逃げる。証拠が薄いまま告発しても、私が被害妄想扱いされるだけ。だったら、配信中にやらせた方が早いでしょ」


「危険すぎます」


「危険な方が、相手は油断する」


「そういう話じゃないです」


「じゃあどういう話?」


 リアの目が、まっすぐ俺を見た。


 明るい配信者の顔ではない。

 自分を商品として扱うことに慣れた人間の目だった。


「黒瀬さん、私が普通に相談して、誰が信じると思う?」


「それは……」


「人気配信者って、便利なんだよ。笑ってたら元気そうに見えるし、怒ったら調子に乗ってるって言われるし、怖がったら大げさって言われる。だから証拠がいるの。誰が見ても分かる形の」


 その言葉には、嘘がなかった。


 だから余計に、何も言えなくなる。


 リアは被害者だ。

 でも、ただの被害者ではない。


 自分が狙われていることを利用しようとしている。

 危険を配信に変えようとしている。

 証拠と、数字と、話題性を同時に取りにいこうとしている。


 無茶苦茶だ。


 だが、何も考えていないわけではない。


「でも、あなたは全部分かってない」


 俺がそう言うと、リアの表情がわずかに止まった。


「何それ」


「鑑定に出ました」


「鑑定?」


「俺のスキルです。普通は装備とか魔物の名前くらいしか見えない。でも、今日は違うものが見えた」


「何が?」


 俺は迷った。


 言って信じるか。

 信じないだろう。


 それでも、ここで黙れば何のために来たのか分からない。


「この配信は、予定された事故になる」


 リアの目が細くなる。


 初めて、笑顔が完全に消えた。


「……誰がそう言ったの?」


「俺の鑑定です」


「鑑定でそんな文章出るわけないでしょ」


「俺もそう思ってます」


「ふざけてる?」


「ふざけてたら、こんなところまで来ません」


 しばらく、リアは黙っていた。


 コメント欄では、俺たちが何を話しているのか分からない視聴者が騒いでいる。


『なんか揉めてる?』

『黒瀬さん何者?』

『リアちゃん大丈夫?』

『早く魔物見たい』

『この人スタッフじゃないの?』

『台本っぽい?』


 早く魔物が見たい。


 この場にいる俺には、そのコメントがやけに気味悪く見えた。


 リアは一度だけ視線をコメント欄に向け、それから小さく息を吐いた。


「黒瀬さん」


「はい」


「あなた、戦える?」


「無理です」


「即答じゃん」


「事実なので」


「じゃあ何ができるの?」


「見ることくらいです」


「見るだけ?」


「今のところは」


 リアは、ほんの少しだけ笑った。


「じゃあ、見てて」


「何をですか」


「私が、あいつらにやらせるところ」


 その言葉の直後、奥の暗がりから魔物が姿を現した。


 犬型の魔物。

 黒い皮膚に、硬い結晶のようなものが生えている。

 大きさは大型犬より少し大きい程度だが、目が赤く光っていた。


 鑑定する。


 対象:黒結晶犬

 危険度:C上位

 攻撃傾向:音に反応、弱った対象を優先


 C上位。


 リアなら対処できるかもしれない。

 だが、横にいる三人が敵なら話は変わる。


「リア、来るぞ!」


 高木が声を張った。


 その声は頼れる仲間そのものだった。

 配信映えする、いい声。


 リアはすぐに表情を戻した。


「みんな、ちょっと待たせてごめん! 黒瀬さんは施設側の確認に来てくれた人だから大丈夫。じゃあ、ここから本番ね!」


 コメント欄が再び盛り上がる。


『きた!』

『リアちゃん頑張れ』

『黒瀬さんスタッフなの?』

『魔物かっこいい』

『危なくない?』

『やっぱ特別企画じゃん』


 リアは短剣を構え、魔物と向き合う。


 その背後で、高木が俺にだけ見える角度で笑った。


 薄い笑顔。


 俺は鑑定を重ねる。


 対象:高木ユウマ

 嘘:リアを守る

 危険:背後


 背後。


 短い表示だった。

 だが、それだけで十分だった。


 瀬尾がわざとらしく左側へ回る。

 三枝のドローンがリアの顔へ寄る。


 このままでは、高木の手元が映らない。


 俺は端末を握った。


 コメントを打つべきか。

 叫ぶべきか。


 迷った一瞬で、瀬尾が動いた。


「うわっ!」


 瀬尾が魔物の爪を避けそこねたように倒れる。

 足を押さえ、苦しそうに顔を歪めた。


「くそ、足やったかも……!」


 コメント欄が一気に反応する。


『瀬尾さん!?』

『大丈夫?』

『リアちゃん助けて』

『え、ガチ?』

『血出てる?』

『カメラ寄って』


 三枝のドローンが瀬尾の顔へ寄る。

 足元は映さない。


 俺には見えていた。


 瀬尾の手の中。

 破れた防具の内側。

 鑑定表示。


 装備:偽装用血液パック

 嘘:足を負傷した


 やっぱり演技だ。


 リアも、それを知っているはずだ。


 だが、配信の前では違う。


 助けに行かなければ、仲間を見捨てたように見える。

 助けに行けば、隙ができる。


 リアは一瞬だけ迷った。

 その迷いを、三枝のドローンが綺麗に切り取る。


 まずい。


 リアが瀬尾の方へ踏み出す。

 同時に、高木の右手が短剣を抜いた。


 鑑定表示が揺れる。


 危険:白峰リア

 方向:背後


 考えるより先に、声が出た。


「後ろ!」


 リアが振り返る。


 高木の短剣が、彼女の背中へ伸びていた。


 刃が、配信ドローンの赤い光を反射する。


 リアの目が見開かれる。


 コメント欄が、一瞬だけ止まったように見えた。


 次の瞬間、黒結晶犬が吠えた。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


第2話では、白峰リアがただの被害者ではなく、自分を嵌めようとしている相手を逆に配信で暴こうとしていたことが分かる回でした。

ただし、彼女も全てを把握しているわけではありません。透真の鑑定に出た「予定された事故」は、リアの想定よりもずっと危険なものです。


透真はまだ戦えません。

なので今回できたのは、危険を見て、最後に叫ぶことだけです。

でも、その一言が次回の状況を大きく変えることになります。


次回は、配信画面の中で何が真実に見えるのか、そしてコメント欄がどう動くのかを書いていきます。

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