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第1話 Fランク鑑定士、配信禁止区域を見る

 ダンジョンの中で、人はだいたい三種類に分かれる。


 魔物を倒す人間。

 魔物に倒される人間。

 そして、その後始末をする人間。


 俺、黒瀬透真は三つ目だった。


「黒瀬くーん、ここの床、まだちょっと赤いよ」


「はい」


「明日の午前、企業案件の撮影入ってるからさ。血痕とか残ってると困るんだよね」


「分かりました」


「いやあ、返事だけは一流だね」


 笑い声が、薄暗い通路に響いた。


 第七新宿ダンジョン、地下二層。

 昼間は探索者たちが魔物を倒し、配信者がカメラの前で派手に技を決め、企業ロゴ入りの防具を着た若者たちが歓声を浴びる場所。


 そして深夜になると、俺みたいな低ランク探索者がモップを持って歩く場所になる。


 壁に飛び散った魔物の体液。

 折れた矢。

 配信用ドローンの破片。

 たまに探索者が吐いたもの。

 そういうものを片づけるのが、今の俺の仕事だった。


 探索者資格を持っているのに清掃バイト。


 まあ、馬鹿にされても仕方ない。


 俺はFランク探索者。

 戦闘適性は最低。

 まともに扱える武器もない。

 保有スキルは《鑑定》。


 鑑定といえば聞こえはいいが、俺が見られるのはせいぜい魔物の名前、素材価値、装備品の状態くらいだ。

 高ランクの鑑定士なら、敵の弱点や罠の種類まで読めるらしい。

 でも俺の鑑定は、そこまで便利じゃない。


 探索者学校の講師にも言われた。

 鑑定士は便利だ。

 ただし、戦えない鑑定士はいらない。


 その結果、俺は深夜のダンジョンで床を磨いている。


「おい、黒瀬」


 さっき笑っていたCランク探索者が、わざとらしく俺の肩を叩いた。


「お前さ、探索者やめないの?」


「今も一応探索者です」


「いや、そういう意味じゃなくて。清掃員じゃん」


「清掃も大事な仕事です」


「真面目かよ」


 また笑い声。


 俺は何も言い返さず、モップをバケツに突っ込んだ。

 赤黒く濁った水が跳ねる。


 別に悔しくない、わけではない。


 ただ、ここで言い返しても状況は変わらない。

 Cランク探索者とFランク清掃員。

 ダンジョンの中では、肩書きよりもランクの方が分かりやすい。


 強いか、弱いか。

 それだけだ。


 俺は床をこすりながら、通路の奥を見た。


 赤い警告灯が、一定の間隔で点滅している。

 その先には、黄色い封鎖テープと金属製のゲートがあった。


 地下三層へ続く未整備区域。

 通称、配信禁止区域。


 地形が不安定で、通信も切れやすい。

 管理局の許可を持つ調査隊以外は立入禁止。

 探索者の個人配信はもちろん、企業案件の撮影も禁止されている。


 普通の探索者なら近づかない。

 近づく理由がない。


 だから、最初は見間違いだと思った。


 封鎖ゲートの向こうに、人影があった。


 一人ではない。

 四人。


 全員、探索者用の軽装備をしている。

 一人は配信用ドローンを抱えていた。


 そして中心にいる少女を見て、俺はモップを止めた。


 白峰リア。


 ダンジョン配信を少しでも見る人間なら、まず知っている名前だ。


 十七歳の女子高生探索者。

 明るい声。整った顔。軽やかな戦い方。

 危険な場面でも笑ってみせる度胸。

 配信者としての人気は、そこらのBランク探索者よりずっと上。


 俺ですら名前を知っているくらいだから、相当だ。


 その白峰リアが、配信禁止区域の前にいる。


 ありえない。


 俺は周囲を見た。

 さっきのCランク探索者たちは、もう通路の反対側へ歩いていっている。

 この場で気づいているのは、おそらく俺だけだ。


 リアは仲間らしい男女三人と小声で話していた。


 背の高い男。

 少し軽そうな雰囲気の男。

 ドローンを調整している女。


 全員、配信慣れした動きだった。

 手際が良すぎる。


 リアがふと、こちらを見た。


 目が合った。


 彼女は一瞬だけ驚いた顔をしたあと、人差し指を唇に当てた。


 静かにして。


 そう言っているように見えた。


 俺は反射的に端末を取り出した。


 管理局へ通報するべきだ。

 配信禁止区域への無断侵入は、資格停止処分もあり得る。

 人気配信者だろうが何だろうが、見逃していい話ではない。


 だが、通報画面を開いたところで、表示が止まった。


 圏外。


「……は?」


 地下二層は、通常なら通信が通る。

 少なくとも管理局への緊急通報は届くはずだ。


 俺は場所を変えてみた。

 端末を持ち上げ、通路の反対側へ歩く。


 圏外。


 再起動しても、同じ。


 嫌な感じがした。


 偶然の通信不良か。

 それとも、誰かが妨害しているのか。


 封鎖ゲートの向こうで、リアたちが動き始める。


 まずい。

 このままだと、彼女たちは本当に未整備区域へ入る。


 俺は迷った。


 行くべきじゃない。

 当たり前だ。

 Fランクの俺が、配信禁止区域に入って何ができる。


 相手は人気配信者と、その仲間たち。

 こちらは清掃バイト。

 武器もない。

 まともに戦えない。


 見なかったことにして、地上まで戻ってから通報する。

 それが一番正しい。


 たぶん。


 俺は封鎖ゲートを見つめた。


 その時、背の高い男が笑った。


 リアに向けられた笑顔。

 穏やかで、頼りがいのある仲間の顔。


 けれど、なぜか引っかかった。


 薄い。


 表情が、薄い。


 俺は無意識に鑑定を使っていた。


 対象は、その男。


 いつもの鑑定なら、名前、ランク、装備品くらいが見える。

 それで終わるはずだった。


 だが、視界に浮かんだ文字は違った。


 対象:高木ユウマ

 ランク:C

 装備:短剣型魔導具、通信補助端末

 嘘:安全な企画


 俺は瞬きをした。


 嘘?


 そんな表示、今まで一度も見たことがない。


 鑑定表示が、わずかに揺れる。

 ノイズのように文字が乱れ、次の行が浮かんだ。


 危険:白峰リア

 備考:この配信は、予定された事故になる


 背筋が冷たくなった。


 予定された事故。


 意味が分からない。

 でも、良い意味ではないことだけは分かる。


 俺はもう一人の男も鑑定した。


 対象:瀬尾リクト

 ランク:C

 装備:防具一式、偽装用血液パック

 嘘:負傷時の対応は決まっていない


 偽装用血液パック。


 さらに女。


 対象:三枝ナツメ

 ランク:D

 装備:配信用ドローン三機、映像編集補助端末

 嘘:中立の撮影者


 心臓がうるさい。


 これは何だ。


 俺の鑑定は、こんなものを見せるスキルだったのか。

 それとも、今この場所がおかしいのか。


 分からない。


 ただ一つだけ、分かったことがある。


 あの配信は、普通じゃない。

 白峰リアは、危ない。


 俺はリア本人を鑑定した。


 対象:白峰リア

 ランク:B

 スキル:《反響》

 嘘:安全確認は済んでいる

 危険:本人の想定外


 本人の想定外。


 つまり、リア自身も何かを知っている。

 安全確認が済んでいないことも、危険があることも。


 でも、それ以上の危険には気づいていない。


 俺は歯を食いしばった。


「……最悪だ」


 関わるな。


 頭の中で、何度もそう鳴る。


 Fランクが首を突っ込むな。

 通報できる場所まで戻れ。

 自分が行ったところで邪魔になるだけだ。


 正しい。

 全部正しい。


 だけど、俺の足は動かなかった。


 予定された事故。


 その言葉が、頭から離れない。


 数年前、妹を失った時にも、似たような言葉を見た。


 不慮の事故。

 想定外。

 管理上の問題なし。


 報告書には、綺麗な言葉ばかりが並んでいた。

 綺麗すぎて、気持ち悪かった。


 俺はその報告書を何度も読み返した。

 何かがおかしいと思った。

 でも、何も分からなかった。


 見抜けなかった。


 俺には、何もできなかった。


 封鎖ゲートの向こうで、リアがドローンに向かって笑顔を作る。


 その顔は、配信で見たことのある白峰リアそのものだった。

 明るくて、自信があって、少し危なっかしい。


 そしてたぶん、今から起きることの全ては分かっていない。


 俺はモップを壁に立てかけた。

 バケツの水面が、赤黒く揺れる。


「黒瀬ー?」


 通路の向こうから、さっきのCランク探索者の声がした。


「何してんの? そっち立入禁止だぞ」


「知ってます」


「じゃあ戻れよ。清掃員が入る場所じゃないって」


 分かっている。

 俺が入る場所じゃない。


 それでも、俺は封鎖テープの前に立った。


「忘れ物を取りに行くだけです」


「あ? 何の?」


 少し考えてから、俺は答えた。


「見なかったふりをする理由です」


 自分で言って、意味が分からなかった。


 でも、足は動いた。


 黄色いテープをくぐる。

 ゲート脇の隙間から、未整備区域へ入る。


 空気が変わった。


 冷たい。

 重い。

 通常区域とは違う、湿った匂いがする。


 壁には黒い筋が走り、ところどころに古い結晶が張りついている。

 照明は半分ほど落ちていて、奥へ進むほど暗くなっていた。


 端末を確認する。


 やはり圏外。

 管理局への通報もできない。


「ほんと、何やってんだ俺……」


 小さく呟きながら、俺は足音を殺して進んだ。


 前方から、リアの声が聞こえる。


「みんな、聞こえてる? 今日はちょっと特別な場所から配信してます!」


 明るい声。

 いつもの配信の声。


 角を曲がると、崩れた広間が見えた。


 中央にリア。

 右に高木。

 左に瀬尾。

 少し後方に三枝。

 三機のドローンが、赤いランプを光らせながら浮いている。


 配信は、もう始まっていた。


 リアの横に、半透明のコメント欄が流れている。


『え、どこ?』

『いつもの新宿ダンジョン?』

『雰囲気やば』

『リアちゃん今日ガチ装備じゃん』

『特別企画きた』

『危なくない?』

『許可取ってる?』

『かわいい』


 リアは笑顔で手を振った。


「大丈夫大丈夫。ちゃんと確認してるから。今日は、普段見せられないリアの本気、ちょっとだけ見せちゃいます」


 鑑定表示が浮かぶ。


 嘘:ちゃんと確認している


 俺は奥歯を噛んだ。


 嘘だ。


 リア自身も、それを分かっている。

 分かっていて、配信をしている。


 じゃあ助ける必要なんてないのか。

 そう思いかけた瞬間、表示が続いた。


 危険:本人の想定外

 備考:この配信は、予定された事故になる


 まだ間に合うのか。

 それとも、もう始まっているのか。


 俺は広間の端で息を潜めた。


 高木がリアの後ろに立つ。

 瀬尾がわざとらしく周囲を警戒する。

 三枝のドローンは、リアの表情だけを綺麗に切り取っている。


 画面の中では、白峰リアが主役だった。


 けれど俺の目には、別のものが見える。


 高木の薄い笑顔。

 瀬尾の装備に隠された血液パック。

 三枝の偏ったカメラ。

 リアの強がった嘘。


 そして、鑑定表示の最後の一行。


 この配信は、予定された事故になる。


 その時、広間の奥から低い唸り声が聞こえた。


 魔物だ。


 リアが短剣を抜く。


「じゃあ、始めよっか」


 コメント欄が一気に流れる。


『きた!』

『リアちゃん頑張れ』

『怖い怖い』

『神回の予感』

『無理しないで』

『でも見たい』


 俺は壁際で立ち尽くした。


 戦えない。

 止められない。

 通報もできない。


 だけど、見えてしまった。

 見えてしまった以上、見なかったことにはできない。


 リアが魔物へ一歩踏み出す。

 高木の右手が、ゆっくりと短剣の柄に触れた。


 俺の鑑定が、冷たく表示する。


 危険:白峰リア


 俺は、息を吸った。

 まだ、誰にも聞こえないくらい小さく。


 そして次の瞬間、配信画面の赤いランプが、まっすぐ俺の方を向いた。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


第一話では、主人公・黒瀬透真がどんな立場の人物なのか、そして白峰リアの危険な配信に巻き込まれていく導入を書きました。

透真はまだ強い主人公ではありません。戦えないし、通報もできないし、できることは「おかしい」と気づくことだけです。


ただ、その「気づいてしまう力」が、これから少しずつ事件を動かしていきます。


次回は、透真がリアに危険を伝えようとします。

しかしリアもまた、ただ助けられるだけの人物ではありません。


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