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第37話 イェドは騒がしい

「おまたせ〜」


 翌日の朝、寮の玄関テラスでワクバやコウと一緒に待っていると、ハルとカトリーヌがやってきた。


「どう、似合う?」


 制服やジャージからの変身は、女子の特権だ。カトリーヌの派手な原色のシャツにデニムとコートのラフな姿は、いかにもで、良く似合っている。


 だがそれ以上に、ハルの膝下丈白ワンピースにダウンジャケット姿は輝いていた。シンプルだが上品で、直視できないほどにまばゆい。とても十五歳には見えない。きっと、道ゆく人が皆振り返るだろう。加えて髪を結ぶ青いリボンが久々で、初めて会った時を思い出す。


 言葉に出すのも口惜しいので、感想はシュンの心の中にしまっておいた。ちなみに男子どもは普段着に毛が生えた程度で、NAGSSにいる時と大して変わっていない。


「じゃあ帰宅時間は夜9時で。気をつけてね」


 寮母さんに送り出され、五人は門を出た。何時も通うNAGSSとは逆方向の駅に続く道を、十分ほど歩いていく。イェドでは、まだ電車が通っている。だが利用客は少なく、ランク下位の乗り物だ。


 フクロコウモリに似たドローンも飛び交っているが、学生らしく電車を利用するらしい。


「ほら! シュン、こっちこっち!」


 見慣れぬ場所で迷子になりそうなシュンを、ハルはお姉さんのように、手を引いて連れて行く。見知らぬ場所なので、シュンは素直について行くしか無い。土地勘がないから仕方ないが、ハルが一際大人に思えた。


「これかっこ悪い〜」


 カトリーヌの不平は、背中に背負っているカバンだった。NAGSS生が校外に出る時、護身用の銃や無線器と簡易サバイバルキットの携帯は必須だ。今回も色や形はそれぞれ違うが、皆少し大き目のカバンを持ち歩いている。


「仕方ないよ」


 コウとワクバが、諭すように言う。以前、テロ対象としてNAGSSの生徒が襲われた事件があったらしい。だから目立たないようにはしているが、情報が何処から漏れているかは分からない。襲撃された時も、一目で判別出来る印の付いた物は持たないようにしている。


 テロ集団や金銭目的の強盗団にとって、自分達は格好の獲物になる。

 訓練は受けているが、注意するにこしたことはない。


「だって、オシャレじゃないんだもん! ね、ハル?」


 そんな事情を知っていても、カトリーヌの不平は未だ続く。

 ハルも「そうだよね〜」と相槌を打ち、二人だけの会話になっていた。


 そうこうしているうちに、駅に着く。休日だが人通りは少なく、駅前も閑散としていた。ユニコンをかざして改札を通り、ホームへの階段を上る。


 ホームで待つと、すぐに来た。ミェバに電車は無いので、シュンは現物を初めて見た。とても大きい。こんな巨大な箱に人を詰めるのは非効率に感じる。誰もいない車両に乗り込むと、五人はシート一列にそれぞれ座り、お喋りしながら時間を過ごした。


 寮には共有のネットテレビもあるから、カネンスのメンバーは、シュンも覚えた。女性の四人組だが、確かに歌も上手で綺麗だった。


「新作の『Pop Revolution』、聞いた?」

「うん、踊れるよ」

「私も!」


 他に人達はいないから、ハルとカトリーヌは即興で軽く振り付けをし、ハモって歌い始める。一方男共三人は、大人しくユニコンで対戦ゲームをしていた。


「あ」


 窓から、シージュの巨大ビル群が見える。シュンは、外の風景に見入った。学校からも微かに見えるが、間近だと、とても高い。一番高いのは千メートルあると聞く。

 

 ミェバ中央病院の二十階建てビルが、ちっぽけに感じる。ただ昔はあのビル群で沢山の人達が働いていたらしいが、今は維持出来ず、多くが放置されたままらしい。


 両親は、イェドの話をしない。

 シュンの記憶も、ごっそり抜け落ちている。


 小学校に入学したての頃、授業でも落ち着き無く急に泣き出してビックリしたと言われた。だがシュンに思い当たる節はなく、ぼんやりした恐怖としか言いようがなかった。


 何となく誰かに会って恐怖した夢を見たように思うが、それが誰かは憶えていない。やがてミェバの生活に慣れると、その夢も見なくなった。幼少の頃を話す大人がいない以上、シュンとイェドの関わりはそれくらいだ。



 そうこうしているうちに、シージュ駅に着く。ここは交通の要で、行き交う人の量も段違いに多い。皆せわしなく、機械仕掛けのように迷い無く真っすぐ歩いている。下水のような人工的な匂いと空気の汚さが、都心を感じさせた。


 慣れないシュンは、人と空気に酔いそうで皆を見失いかけるが、派手な格好のカトリーヌを目印に、辛うじてついて行けた。メガシティと言われるだけあり、純粋ニッポン人は殆ど見かけない。

 

 ほぼ単一民族のミェバとは大違いだ。行交う言葉は英語以外の全く聞き取れない言語もある。シュンは自分達が少数民族であることを、まざまざと見せつけられた。


「乗り換えるよ」


 振り返るハル達に促され、階段を昇降して別ホームに行き、違う色の電車に乗る。駅の中はかなり複雑な構造で、一度はぐれたら二度と帰れない心配が、現実になりそうだ。


 ユニコンでハル達に連絡すれば良いが、最悪の場合、救急ラインをONにして待つしか無い。NAG専用回線だから、地下に潜ると受信範囲が狭くなるのも、一層の不安を駆り立てた。


(まあ、大丈夫だろう)


 皆がいるし、初めての大都会といっても、そうそうトラブルに巻き込まれる筈がない。実際彼らは何度も来ているが、そんな話はついぞ聞いたことが無かった。


 乗り換えた電車には乗客が多く、座れなかった。乗客や車内広告を物珍しく眺めるシュンだった。


『次は、ハラジュ、ハラジュ〜 終点です〜』

「着いたわ、ここよ」 

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