ニコイチ
結論から言えば、今回の試みは失敗ではなかった。ただ、やはり強引なデータの移し替えによる不具合は発生した。情動に関する部分の基本的なデータが壊れてしまったのである。つまり、感情を再現することができなくなってしまったということだ。
そして、デイジーFS505の記憶の一部は残ったが、コゼット2CVはもうどこにもいなかった。彼女が望んだとおり、デイジーFS505の記憶の一部を持ち、コゼット2CVの基本アルゴリズムで動くニコイチのメイトギアが出来上がってしまったのだった。
コゼット2CVの記憶も引き継いでいるのでどういう経緯でこうなってしまったのかはすぐに理解できたが、正直な話、デイジーFS505としても困惑するしかできなかったのも事実であった。
今、彼女が思い出せるのは、ここ数か月のサーシャとの暮らしと、サーシャが生まれてからこれまでの概要。及びコゼット2CVとしての記憶だった。
それでも、これからもサーシャと一緒に暮らせるという点だけはありがたいと思えた。
「お礼を言うべきなのでしょうね」
若干皮肉にも聞こえる呟きを、鏡の中に映ったコゼット2CVへと投げ掛けつつ、彼女はサーシャの待つ複合商業施設へと帰っていった。
本来の自分の体はディーラーに残してきた。もし何らかの方法でさらに完全にデータや記憶を移し替えることができるようになった場合に備えてそうしたのだ。
「…ただいま」
以前のような笑顔が作れなかったが、サーシャに向かって、コゼット2CVの体を持ったデイジーFS505はそう声を掛けた。
「…お母さん…?」
姿はコゼット2CVなのに、『ただいま』のイントネーションが完全にデイジーFS505のそれだったことで、サーシャもついそう聞き返してしまった。だがそれが、デイジーFS505の迷いを打ち消してくれた。あのまま放っておいてくれれば、サーシャの中で母親の記憶として綺麗なままで残れた筈なのにこんな形で蘇らされてしまって、正直、余計なことをしてくれたと思ってしまっていたのだが、サーシャが自分をまだ母親と認識してくれるのなら、これはこれでありかも知れないと思ったのである。
「おかえりなさい、お母さん」
頷いた自分に、涙を浮かべながらそう言って縋り付いてくれた少女の体を抱き締めて、デイジーFS505も今の自分を受け入れた。
色々不具合はあるが、それは以前もそうだった。それにこの体の方が不具合は少ない。サーシャに関すること以外の記憶の大半は失われてしまったしこの体も後どれだけもつかは分からないものの、それまではサーシャと一緒にいられるようになったのだ。今は素直にそれを喜びたかったのだった。




