お母さん
サーシャを守る為に、デイジーFS505は全力を傾けた。自らの不具合も把握し、失われてしまう記憶を補足する為に外部端末にバックアップを取るようにした。
幸い、ここにはタブレット等の情報端末も豊富にある。簡易なものなら文具売り場にもあるし、有名家電専門店も入っていてそこならそれこそAI搭載型のサポートPCも手に入った。メイトギアほど多機能ではないが人間のサポートをしてくれる、要するにPC型の簡易なロボットである。
それらを駆使し、デイジーFS505はサーシャを育て上げた。その姿は、生身の体ではないというだけで、人間の母親と何ら変わるところがなかっただろう。娘を温かく見守り、穏やかな笑顔を向ける母親と。
しかし、彼女の不具合は日を追うごとに深刻さを増していき、サーシャが九歳を迎える頃には一日の大半を寝て過ごすようになってしまった。だから彼女は、いずれ自分がいなくなってもサーシャが一人で生きていけるように、日常の行動を学ばせていた。少女が成長と共に抱く好奇心を上手く利用して。
掃除、洗濯、炊事はもちろん、もし、人間社会に戻ることがあった時にも困らないようにと、年齢相応の基礎的な知識をつけさせた。さらには、CLS患者の危険性と、どうやってそれから身を守るかということについても。
それらはすべて、少女にとっては<母親>と一緒に行う遊びだった。遊びの一環としてそれらを行った。だからどれも、サーシャにとっては決して苦痛ではなかった。CLS患者のことは怖かったけれど、それを怖くて危険なものであるということは学んでおいてもらわないといけなかったので、むしろ上手くいったと言っていいだろう。
そんな二人、いや、一体と一人の前に、ある日、一体のメイトギアが現れた。そのメイトギアは表情筋モジュールが故障して冷たい仏頂面しかできなかったが、それでもデイジーFS505に比べればはるかに問題の少ないロボットであり、デイジーFS505にとっては願ってもない救援だった。
そのメイトギアの名はコゼット2CV。CLS患者を安楽死させ、人間としての尊厳を取り戻させる為にリヴィアターネに遣わされたロボットだった。
コゼット2CVからもたらされた情報により、デイジーFS505はようやく事態の概要を把握した。そして、サーシャがもう、人間社会には戻れない可能性が高いということも知った。
それがショックだったのだろうか。デイジーFS505の具合は急激に悪化し、そしてついに機能を停止してしまったのだった。
「お母さん…」
起動スイッチを押しても全く反応しなくなったデイジーFS505を前に涙を流すサーシャの姿を、コゼット2CVが静かに見守っていた。




