不顕性感染者
それは、少女だった。年齢は十代後半くらいだろうか。ということは、あの惨劇があった頃はまだ十歳にも満たない幼い子供だった筈である。
少女は怯えきっていた。言葉を話すどころか、知能すらないのではないかと思えるくらいに、動物のように怯えていたのだった。
少女の周りには、バリケードの奥にあるレストラン街で使われていたと思しき食品保存用のパウチが散らばっていた。真空保存技術が進んでいる為、生鮮食品でも常温で長期保存が可能であり、食料は十分にあったのだろう。そうでなくてもアミダ・リアクターの自家発電はまだ生きていて冷蔵庫や冷凍庫も動いているし、水は上水道はさすがに機能してないが地下水も併用していたことで飲料水の確保はもちろん温水シャワー付き水洗トイレも機能しており、生活環境は思ったほど悪くもなかったようだった。
だが、そこでタリアP55SIが見付けたのは、その少女一人だった。残された形跡を見ると少なくとももう一人くらいはいたと思われるのだが、バリケード内には見当たらなかった。おそらく、少女を残して助けでも呼びに行こうとして途中で命を落としたとでもいうところなのだろう。
しかし問題はそこではない。この少女は、精神的な面はさて置いても、肉体的には間違いなく健康な普通の人間だということである。それは彼女のバイタルサインを詳細に確認しても確かだった。彼女は、CLSを発症していないのだ。
ただそれも、あながち不思議なことではないのかも知れない。どんな病原体であっても、それに対して抗体を持っていたり、発症を妨げる遺伝的な要因を持っていたりする個体は必ずと言っていいほど存在するのだ。例えそれが百万人に一人だったり一千万人に一人であったとしてもだ。この少女は、そういう、百万人に一人だったり一千万人に一人だったりする存在ということなのだろう。
が、発症はしていなくともウイルスを保持している可能性はある。実際に、インフルエンザ等でも不顕性感染者と呼ばれる、感染しているのに症状が出ない人間が少なからずいるのだ。このこと自体は、総合政府も想定していた。さりとてそういう人間が発症していないからと言ってウイルスを保持していないとは限らない以上、リヴィアターネから出すことはできなかった。
だから少女は、リヴィアターネを出ることはできないだろう。タリアP55SIにもそれを考察する程度のことは可能なのだった。
それでも、彼女はメイトギアだった。人間の生活をサポートし、<仲間>として生活を共にするのが彼女の本来の役目だったのである。




