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夜天に星は煌めいて  作者: 榎元亮哉
~予期せぬ介入者~
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~予期せぬ介入者~ 一話

 初夏の眩しい日差しが姿を現し出した梅雨の末期。

 あと数日で七月が訪れようとしていた。

 段々と学園全体の雰囲気が浮ついたものに包まれ出している。その理由は言うまでもなく夏休み。生徒のほとんど――いや全員と言っていいかもしれない――が待ちに待った長期休暇。浮ついた気持ちになるなと言う方が無理というものだ。まぁ、その前に最大の難関たる期末考査があるのだが、近づきつつある夏休みの魔力の前には陽炎のような影響力しかない。

それで補修になったら目も当てられないのを知っていながら、結局補修を受けることになる輩は毎年後を絶たない。それだけ学生時代の夏休みは魅力的なのだ。

 が、そんなことをほとんど意に介さない生徒も極々少数ながら存在する。

 そう、このクラスで例えるならこの二人。








「お疲れ。……いや、本番はこれからか」


 帰りのHRが終わってすぐ和弥に話しかけてきたのは良治だ。既にカバンを持って帰り支度は完了している。


「ま、な。リョージは……今日は図書館か」

「ああ。でもその後行くから葵さんにそう言っておいてくれ」


 実は彼、週に二回程学園内にある図書館に通っていた。が、和弥の面倒を見るようになってからはほとんど行くことができず、最近になってようやく以前のように通えるようになっていた。日常が変化した和弥とは反対に、良治は自分の日常に戻りつつある。


「分かった。本に飽きたら来いよ」

「まさか。あれだけの量の本があって飽きることなんてないさ」


 学園の創始者が特に力を入れたのか、弦岡学園の図書館はその辺にある市立図書館なんかよりも大きい。今現在、学校で読書する者が多いのもその影響だ。

 ちなみに開校当初は一般の人々も使用できたのだが、防犯上の問題から現在は生徒、もしくは卒業生・学園関係者しか使えないようになっている。


「それもそうか。じゃな」

「おう、じゃあとで」


 軽く手を挙げ教室を出た。

 校門を出て向かうのは、もちろん道場。


 ここのところ、基礎鍛錬が楽しくて楽しくてしょうがない。自分の力になっていくのが実感できるようになってきたのが理由だ。

 生来の素質と的確で厳しい訓練。その結果が肉体に表れ始めていた。強靭さとしなやかさとを併せ持つ筋肉は剣士としては最適。力強さと繊細さ、剣士として問われる大きな要素の二つを備えるからだ。

 技術面はまだまだ及第点にも達していないが、こと体力面のみを見れば平均的な剣士とほとんど遜色ない。極めて短期間でここまで伸びるとは誰も思ってなかった。直接指導していた葵自身ですら予想できていなかったのだ。


 ほんの数日前の出来事を思い返すとまた笑いがこみ上げてくる。

 まさか、師範代から一本取ってしまうとはその場にいた誰も想像していなかっただろう。

 それを噛み潰し、和弥は電車に乗り込んだ。







 良治が道場に着いたのは、ちょうど和弥が基礎訓練を終えようとするところだった。

 時刻は午後七時過ぎ。いつもより若干遅い。時間に煩い彼が連絡もなく遅れるとは何かしらあったのだろう。

 リストに書かれたメニューをしっかり消化したのを確認してから声を掛けた。


「お疲れ。遅かったな」


 傍らに置いてあったタオルで汗を拭いながら良治のほうに近づく。


「ん、ちょっとな。他の皆は?」


 現在東京支部には十人が所属している。勿論新たに加わった和弥、綾華を含めてだ。三大支部の筆頭として数えられるが、人数的にはそんなもので、本部である京都の三分の一にも満たない。同じく三大支部とされる長野・福島支部も十人前後の人員しかいなかった。


「あー、支部長たちは会議中。綾華はさっきケータイが鳴って電話中。柚木と正吾は知らん」

「なるほど。だからこの時間に誰も道場にいないのか。で、会議の内容は?」

「……多分、正吾のことだろう」


 苦笑する。

 浅川正吾、年齢十三。

 孤児のため施設で育てられていたが、昨年『退魔士』としての才能を認められ、東京支部所属となった。ちなみに学校は和弥たちと違い、近郊の公立中学である。

 世に言う微妙なお年頃というやつか、最近訓練をサボっている。夜中にはちゃんと帰ってくるが。


「今日もサボりか。九嶋師範代がかわいそうだな。ま、それはさておき俺も始めるかな。……ん?」


 鞄を置き、着替えようと思ったところに早足で綾華が戻ってきた。いつも通りの表情に見えなくもないが、眉間に皺が寄っている。


「お疲れ様です、綾華さん。……何か?」

「最近学園で目撃されている霊について知っていることはありますか?」


 正に単刀直入。挨拶も抜き。

 兄の隼人とは違い真っ直ぐに聞きたいことを聞く。良治はそんな綾華に苦笑しながらも好感を持った。物事は、必要な場面でない場合ではシンプルに進めたほうがいいというのが彼の持論だ。


「……以前、図書館に出る女生徒の霊の話なら知ってますけど」

「ああ、俺も細井に聞いたことあるな、その話なら。でも一年位前から出なくなったんじゃないか、確か」


 良治と細井と知り合って間もなくの事で、特によく覚えていた。ちなみにこの話をする細井が強烈な印象となって今日まで続いている。大げさに話す細井は今でも簡単に思い出せるほどだ。


「いえ、それとは別件で。実は私のクラスで三人ほど黒い影を見たという人がいるんです。嘘をついているようでもなかったので話を聞いてみたんですが、前に噂になった女生徒には見えなかったそうです。というか、図書館の噂自体知らないようでした。……どうします? 何らかの対処をした方がいいと思うのですが」


 先の電話はそのことについてだったのだろう。思い出すような素振りをしながら話と提案をする。


「どうする、リョージ」


 自分的には何ら不満はない。どころかちょっと気になったので伺いを立ててみる。恐らく調査するだろうと予想しながら。

 良治は、ほとんど周囲に干渉しない性格だ。自分自身や友人が関わらない限り、まず自分から積極的に首を突っ込むことをしない。が、関わりがあると分かった時点でその対処が一転する。今回は自分の通う学校。見過ごすことはしないだろう。


 伺いを立てる理由はもう一つあった。

 実は日光の事件後、和弥と綾華は良治とまどかのチームに同行するようにと言い渡されていた。と言っても仕事には連れて行ってはもらっていない。それは和弥・綾華両名の申し出だった。お互い、今のままでは足手纏いにしかならないという判断の末の決断。実際そのとき二人がついてきたいと言っても良治は許さなかっただろう。誰に言われるまでもなく、そう決めた二人に良治は満足もしていた。


「そうだな……とりあえずは情報収集。明日の放課後にまた話し合おう。対処はそれから考えても遅くないだろうし。一応、あまりおおっぴらに調査しないように。何処で誰がいるか分からないしな」

「おっけ、了解」

「分かりました。ところでまどかは?」


 今ここにいないのと、明日のことの両方を指しているのだろう。耳を傾ける。

 今日の訓練はともかく、明日学園に潜入するとなると他校のまどかはネックになるかもしれない。それに今まで余り休んだことがない彼女についても気になっていたのも事実だった。

 そんなことを考えている彼の隣で、良治が「ああ」と返事をした。


「まどかは体調不良だ。明日潜入することになっても連れて行くのは難しいと思う」

「体調不良って……大丈夫なのか」


 明日も無理だということはそれなりに病状は重いのだろう。さすがに心配になる。


「気にするな、本当に。……いつものことだから」

「?」


 重いと言いながらも良治自身には心配するような気配が全くない。訝しげに思っていると黙って聞いていた綾華が声を掛けてきた。


「良治さんがそう言うんですから大丈夫ですよ。……それよりよく知ってますね」

「まぁ、パートナーなので。組んでもう二年も経つし、毎月のことですし」

「?」


 和弥一人を置いて勝手に話が進んでいく。

 二人が必要最低限の言葉で話しているのは、ある意味当然のことだった。わざわざ大きな声で話す内容ではないのだから。


「よし、話はこれで終わりだ。葵さんたちが来る前に再開しよう」


 パンパンと手を叩く良治の合図でそれぞれ自分の訓練へ戻っていく。和弥も次の訓練の為に、置いてあった木刀を片手に道場の中央へと向かっていった。


 背後から良治の声がしたが聞こえない振りをした。その内容とは。


「なんだか今回も一筋縄じゃいきそうにないな……」


 やけに疲れた声だった。








 そして翌日の放課後。三人は屋上でそれぞれ得た情報を交換しに集まった。

 帰りのHR直後のため、さして広くない屋上に人影はない。誰か来てもすぐに気付けるよう入り口に近い場所で車座に座る。


「よし。じゃあまず和弥から頼む。……ま、細井からの情報だろうが」

「……確かにその通りだけどな。とりあえず聞いた話だと、一応そういう噂はあるらしい。でも極少数みたいだ。細井の知る限り目撃者は七人。一年二人、二年が五人。この一年二人ってのは綾華の友達だろう。……俺はこんなところだ」


 昼休みに細井から聞き出した情報を披露する。代価は本日の昼食。いつもは自分から勝手に喋るのだが、こっちから聞くときはちゃっかり請求してくる。何気にせこい。


「じゃあ、次は綾華さん」

「はい。私はクラスメートの二人からの話です。目撃したのは六月二十五日――昨日ですが――午後六時半頃。場所は、図書館。東側の二階から三階の階段の踊り場です。黒い人影は外側の壁に消えたそうです。一応口止めはしておきましたが……」


 多分他の人にも話してしまうだろう、という不安がありありと顔に浮かんでいる。どうやらその友人たちはあまり口が堅いとは言えないらしい。


「まぁ、強く言っても逆効果でしょうし、仕方ないですね。……俺は高等部の校舎及び周辺を調べたんだが、あちこちに痕跡があった。と言っても極々僅かだったが。本当に注意深く調べないと分からないくらいで、浮遊霊か悪霊かの判断はできなかった。特に痕跡が多かったのは校舎三階、一階、食堂。目撃された図書館にはほとんどなかった。二年の目撃者も、三人が三階、二人が一階らしい」


 全て昼休みに調べた内容だ。和弥自身は細井から少し聞いただけしかできなかったが、やり方次第でいくらでも調べることができるらしい。

 自分のとは大違い。こんなところでも差が出てしまう。


「いずれしろ調査は必要だろう。このままだとさらに目撃者は増えるだろうし。今は一、二年の一部だけだが、そのうち三年や教師たちにも噂が――」

「――三年生にも目撃者はいるよ?」


 突然の声は頭上から。慌てて見上げると、屋上に通じる扉の建物の上に茶髪にメガネの少女が一人。意地の悪い笑みを浮かべこちらを覗きこんでいた。

 この学園で知らない者などいないほどの有名人。


「……なんで生徒会長がこんなところにいるんですか?」


 いち早く立ち直った良治が質問する。ここにいる三人はHR直後に集まっている。そして屋上に至る唯一の扉は僅かな隙間すら開けていない。この扉は開けるたびにキィキィと耳障りな音を立てるので間違いなかった。

 となると――


「ハハ……いやー、昼休みに上ってきたんだけど、あんまりにもぽかぽかするものだから」

「生徒会長ともあろう人がサボりですか」


 信じられないことだが、正真正銘役員選挙で当選を果たしている。ちゃらんぽらんに見えて、しっかりとやるべきことはやる。それを裏付けるように、文化部・運動部を問わず人気がある。


「気にしない、気にしない。……で、さっきの話は?」


 端に備え付けてある鉄製の梯子を降りながら訊ねる。――残念ながらスカートの中は見えなかった。


「別に。単なる噂ですよ。で、三年生にも見た人がいるというのは?」


 こちらの情報は極力伏せ、相手の出方を計る。転校して間もない綾華、学園内の事情と駆け引きに疎い和弥は見守る側にならざるをえない。

 ここは良治に一任することになる。


「あ、それは私。一昨日下駄箱で見たのよ。何かを探すようにうろうろしてたけど」


 怖かったわよー、と全然怖そうでない口調。素でやっているのかワザとなのか判別できない。


「んで、さっき『調査は必要だろう』くらいから聞いてたんだけど、本当に調査するつもり? だったら私も――」


 良治が拒絶の言葉を口にしようとした瞬間、何処からともなく校内放送が流れてきた。あまりのタイミングの良さに四人とも耳を傾けてしまう。


『3-A、小久保せりな生徒会長。説教と仕事を用意して待っていますので、三分以内に生徒会室に出頭してください』


「…………」

「――だそうです、会長。……それにしても副会長もなかなかやりますね、いろんな意味で」


 今の聞き覚えのある声と単調な口調は副会長のものだった。奔放な生徒会長と几帳面な副会長。バランスが取れていて丁度いいというのがもっぱらの評判だ。


「……残念。この話はまた今度するわね、柊くん、都筑くん、白兼さん」


 そう言い残すと、トレードマークになりつつある茶の色をした長髪を靡かせ、扉の奥へと消えた。


「……高等部の生徒全員の顔と名前を覚えてるってのは本当かもな」


 いつか、噂で聞いたことがあったが、どうやら事実のようだ。選挙時の演説でも言ったいたことがあった気がする。


「まぁ、不本意だが、決まったな。調査決行は今夜一時。集合は丸田駅前。二人とも仮眠を取っておくように。あと、一応戦闘準備も」

「わかった」

「はい、わかりました」


 こうして少々イレギュラーはあったが決行日時が決まった。

 久々の実戦。緊張よりも役に立つことができる方が勝っている。

 不思議な高揚感を感じながら散会となった。


 そんな中、綾華は良治が何か隠し事をしているのを見抜いていた。











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