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夜天に星は煌めいて  作者: 榎元亮哉
~祭壇への扉~
18/44

~祭壇への扉~ 三話

「本当かっ!?」

「和弥、気持ちはわかるが少し静かにしろ」


 学園祭を明日に控えた放課後の図書館に二人はいた。

 しばらく前から和弥にとって馴染み深い場所となっていたが、もちろん読書や勉強といった目的で来ているわけではない。

 とにかく諦めずにやってみようということで、既に調べた場所をもう一回調べ直すことにしたのだ。

 そんな中、一番に来た図書館で重要と思われる証言を得た。それは誰かいうと。


「ええ、本当よ。図書館と高等部校舎を結ぶ桜並木の中に、一本だけ塀側に根が大きく盛り上がっているものがあるの。それのことを呪いの木とか首吊りの木とか呼んでいたのを覚えてるわ」


 透き通ったその身体をふわふわと本棚の間に漂わせて喋る女生徒。

 その正体は深夜の図書館で一度だけ目撃したことのあるこの広い図書館の主、中垣知恵だった。

 彼女は幽霊らしさをあえて出すように浮きながら話を続ける。


「確か一昨年か去年にそんな話をしてる生徒を見たわ。あと覚えてるのは……『ここがスタート地点』とかって言ってただけかな」


 亡くなった八年前からずっと同じ場所にいるせいで、時間の感覚が薄くなっているのは仕方ない。地縛霊が悪霊になりやすいのもそれが原因とされているが、およそ五年程度で悪霊になるとされる地縛霊の彼女が去年までの七年間でそうならなかったのは、学校というきちんとした一定サイクルで動く場所だったからに他ならない。

 そしてさらに多くの人々が行き来していたことも大きな要因だった。

 そんな幸運が重なり合って、今彼女はここに存在している。

 もちろんこの間の彼らの功績も含めてだ。


「『ここがスタート地点』か……リョージ、わかるか?」

「おそらくここの話が一番目ってことになっていることと関係あると思う。そうなるとゴールは七番目になるはずなんだが、七番目に場所の特定はない。『地獄に行く』、これだけだ」


 ここから何かが始まるはずなのだが、肝心の終わる場所がいまいちわからない。まさかこの学園の何処かに地獄があるわけでもなかろう。


「しょうがない。一旦屋上に行こう。今日は綾華さんと真帆も来るって言ってたしな。知恵さん、情報ありがとうございます。では」

「うん、じゃあまたね」


 柔らかく微笑んで本棚の陰へと消える。もう夕方になるが、やはり陽のあるうちに実体化するのは疲れるものらしい。霊が夜に活動的になるのは、逆に陽のある時間帯が苦手という体質のせいだ。まぁ身体というか実体はないのでおかしな話だが。


「じゃあ出るか。そういえばリョージ、クラスのほうは大丈夫なのか? 委員長も来るって話だが」


 度々手伝いには行っていたが、その進行状況は芳しくなかったのを記憶している。細井のやる気は大いに結構なのだが、それが全く纏まっていなかったのだ。何とか真帆が軌道を修正しようとしている光景を幾度となく見ていたが効果はあまり出ていない。しまいには半泣きだった気がする。和弥も良治も、細井がこういったイベント事のリーダーは合わないというのを理解していた。


 校庭に散在する準備中の模擬店を横に過ぎ、いつもなら不可能な校庭の中央を歩いていく。普段の放課後はいろいろな運動部が使用していて空くことなどありえない。

 校舎の真ん中にある出入り口から内部に入り、中央階段を屋上へと上っていく。

 明日はもう学園祭。待っている三人との話し合いで何かヒントでも見つかりはしないだろうか。

 綾華なら自分より頭の回転が速い分、きっといい考えが浮かぶだろう。真帆に関しては普段の情けなさが先にたってしまい、少々心許ないが仕事モードに変われば話は別だ。


「……それにしても最近よく歩くなぁ」


 呟いた途端、前を上っていた良治の動きが止まった。愚痴を言ったのが気に障ったのかもしれないとちょっとびくびくしながら階段を上って彼に並び、顔を覗いた。


「――まさか」


 呆けたようにこぼすといきなり駆け出した。

 目指しているのは当初の予定通り屋上のようだ。


「ど、どーしたんだよ!?」


 叫びながら彼を追う。階段を三段飛ばしで駆け上がっていくと最上階の踊り場には開いた扉。走っているその勢いのままに屋上に出ると見知った面々と、フェンス越しに校庭を見下ろす良治の姿が見えた。


「どうしたんですか、二人とも。そんなに急いで」


 長い髪を風に靡かせた綾華が幾分驚いた様子で話しかけてくる。追っかけて来ただけの和弥にもわからないので首を振って答える。

 よく見てみれば真帆も慎也も、そして何故か会長まで揃っていた。いずれも頭の上にハテナマークを浮かべているのは二人が走ってきたせいだ。

 とりあえず理由を聞こうとフェンスに手をかけたままの良治のそばに寄る。


「鏡の位置は多分、あの辺だ」

「え、なんて言った?」


 唐突に放たれた言葉の意味を理解できず、彼の顔を凝視する。今、なんと言ったか。


「鏡の位置はあの辺……食堂の西端にあるはずだ。畜生、なんで気づかなかったんだ……!」


 がしゃん、と自分への苛立ちを隠そうとせずフェンスを叩く。その表情には、無念、焦燥といった感情が入り混じっている。

 記憶違いがなければ良治の言っている場所には姿見の大きな鏡があったはずだ。それを七不思議の鏡だと特定できたのは何故なのだろう。


「みんな、こっちへ来てくれ。で、校庭を見て欲しい」


 言われるままに四人がフェンスにくっついて校庭を眺める。

 あちこちに模擬店やその準備に追われる生徒たちが見える。歩いていたときは思わなかったが結構な数だ。しかし彼が今から話そうとしているのには関係ないだろう。


「まず一番目の舞台は図書館。そこの中央奥をポイントとして、二番目の高等部校舎二階の美術室。そして三番目の食堂西端の壁にある姿見の鏡。この三点を結ぶと――」

「三角形……いえ正三角形ね。それぞれの距離が同じくらいだから。あれ、そうすると……」


 会長の指摘通り、三点を結ぶと正三角形を形作る。そしてさらにその先へと思考を巡らす中、良治が続ける。


「さらに四番目の中等部屋上のプール。プールはほぼ中央、校庭手前側をポイントにします。五番目はさっきわかった図書館と高等部校舎を結ぶ間にある塀沿いの根の盛り上がった桜の木。これはちょっと校舎よりにあります。そしてこの二点と北部にある大学の広場を結ぶと、またも正三角形。この二つを重ねると――」

六芒星ヘキサグラム――!?」


 綾華の驚愕に満ちた声が響く。水樹姉弟も顔色を失っていた。

 ただ、どんなものかわからない和弥とせりなは皆の様子から推察するしかない。

 どのようなマズイことなのか。


「その通りです。その効果はおそらく空間転移。七番目の『地獄へ連れて行かれる』というはこのことでしょう。そして行方不明者はこれに気づいて……」

「地獄に行ってしまった、か」


 学園にこんな大規模な魔術装置、即ち魔方陣が仕掛けられ今までこれに気づけなかった事実。ここにきてやっと先程の良治の心中が理解できた気がした。


「それで、どうすればこの六芒星を消せるんだ?」


 わかった以上一刻も早く何とかしなくては。ここでもたもたしていたのが原因で犠牲者が出たのでは目も当てられない。


「六ヶ所を浄化すれば……いえ、駄目ですね。力の残滓がなければ浄化のしようがない。せめて起動条件がわかれば……」


 綾華がぶつぶつと言いながら考える。顔の前で手を振っても反応がないところを見ると、完全に思考の海に浸かっているようだ。


「ここで考えていてもどうしようもない。一番確率の高そうな方法を試そう」

「一番確率の高い方法? なんなんだ、それは」


 その疑問に彼はあっさりと答えた。まるで答えを見ながらのように。


「回るんだよ。一番から三番、四番から六番とな」









 夕暮れの学園をひた走る。

 学園祭前日ということで多くの生徒が残っていたが、走る彼らを訝しく思う者はほとんどいない。それはある人がその集団にいるからだった。


「うう、副会長に見つかりませんように……」


 そう、会長が彼らの中にまぎれて走っているのだ。もちろん五人が五人とも反対したのだが『別に一緒にじゃダメだって言うなら一人でもやるけど?』と、こちらが見捨てることができないのを見越した、脅迫に近い発言をしたからである。


「あ、あと少し、ね……」


 会長のあえいだ声の通り、この図書館と食堂の間の道を抜ければ六番目の話の舞台である大学の広場はすぐそこだ。

 先頭は和弥と会長、その後ろに水樹姉弟と綾華、最後尾に良治が続いている。ちらっと背後に目をやると良治以外の三人は息を切らせていた。綾華は体力に自信がない、水樹姉弟は特別な訓練、特に体力面は何もやっていないのだろう。良治に視線を移すとまぁ仕方ないか、と言っているような苦笑いが返ってきた。


 そうこうするうちに広場には着いたが、まだ怪しいことはない。明確な場所指定はなかったのでとりあえず中央にある噴水まで走っていく。和弥と良治の二人はともかく、他の四人は一回止まったら、また動くのは酷な気がしたからだ。


「と、この辺でいいか」


 噴水までたどりついて後ろに続いていた皆に振り向く。だいぶ苦しそうだが気にしてばかりもいられない。何が起こるかわからないのだ。小さな変化も見逃さないよう周辺に注意を配る。


 一呼吸空けて、微かな違和感。

 結界のそれとは違う、空気そのものが変質するような気配だ。


「――来たな。気をつけろ!」


 良治の警戒の呼びかけが響く。

 輪になって背を向け、死角を消す。

 周囲自体には何の変化も見られない。ただ身体を包む違和感だけが大きくなっていく。


 不意に、湿った土と風の匂いを感じ――出し抜けに景色が変わった。






「ここは……」


 そこは石造りの大きな回廊だった。十m程の幅で、適度な距離ごとに壁に火が灯っている。窓は一切なく、転移してきたときと同じ匂いが充満していることからここは地下だろうと見当をつけた。


「あの六芒星はここへ転移するための魔方陣というわけですか。起動条件は順番通りに辿る、そういうことのようですね。しかしここは一体……」


 息を整え終えた綾華が口を開く。この場所がまともではないのは彼女にもわかっている。

 地獄とは思えないがただならぬ空気が満ちているのは確かで、その違いを考える。似た雰囲気の場所を訪れた覚えがあったのだ。


「あ……」


 すぐに思い当たり小さく声を上げる。そう、ほんの少し前に連れて行かれた樹海、そこにこの雰囲気がそっくりだったのだ。

 あのむせるような緑の匂いとここのそれは似ても似つかないが、そっくりだと思える要因はわからない。

 浦崎からはあの場所に関して聞いていなかった。

 綾華にとってあの樹海は、ただ大気に満ちた魔力が比較的多かった修練場に過ぎなかったのだから。


「ここが何処か見当もつかないわね……誰かわかる?」

「いえ、僕にはさっぱり……」

「私も……柊くん?」


 その声に良治に目を向けると呆然とした彼の姿。瞳の焦点が合ってないような気もするくらい棒立ちになっている。こんな良治を和弥は初めて見た。


「ここは、まさか」



「――ようこそ、生贄となられる人間の皆様方」



 突然割り込んできた声に驚いて、通路の奥に視線を向けるとそこには一体の骸骨。

 まるで理科室の骨格模型をそのまま運んできたかのようなその喋る骸骨はカタカタと顎を鳴らせて喋っていた。実際には動かす必要はなさそうだが。

 その手に持ったランタンを和弥たちを照らすように翳すと、それは楽しげに笑った。



「今年は六名ですか。多いに越したことはありませんからね。――ようこそ、魔界へ。そして我が主の祭壇へ――」




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