表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜天に星は煌めいて  作者: 榎元亮哉
~祭壇への扉~
17/44

~祭壇への扉~ 二話

 九月十一日、放課後。

 彼らが七不思議の調査をしだしてから丸三日。

 和弥と良治は日課となりつつある屋上の会議を始める。慎也はまだ調査から戻ってきていないのでこれで全員だ。


「とりあえず昨日までにわかったのは、一番目『図書館に出る女生徒の霊』、二番目『夜、高等部の美術室の胸像の一つが生首になる』、五番目『校庭のどこかに首吊りの木がある』、そして七番目の話の四つだ」


 屋上を囲う網状のフェンスに寄りかかりながら、良治が状況を整理する。この三日間で七つのうち四つが判明した。しかしそれでも順調といえるかどうかは微妙だった。

 この中に行方不明に関係するものがあるのか、それとも七つ全てが揃って初めて関係するのか。そしてそれぞれ人間の手が加えられているのか、自然に発生したものなのか、それとも会長の勘が当たっているのかのパターンに分けられる。


「図書館の話も七不思議の一つだったとは知らなかったな。昨日聞いたときは驚いた」

「ああ、俺も知らなかった。千恵さん、何も言ってなかったし。っていうのが昨日までの話で、昨夜直接聞きに行った。で、結論から言うと、彼女は何も知らなかった。七不思議のことも、自分が話に組み込まれていることも」


 図書館の幽霊の先輩の名前は中垣なかがき千恵という。和弥も昨日まで知らなかった。それどころか彼女の名前を聞くということすらも思いつかなかった。


「ということは……どういうことだ?」


 言っていることは理解できるが、それがどんな事を指し示しているのかまでには至らない。発言している本人は把握しているようなので聞き返してみる。


「つまり、だ。少なくとも彼女が死んだ八年前までは七不思議の話はなかったってことだ。元々図書館に怪談があって、それが入れ替わった可能性もあるにはあるが、それにしては図書館にまつわるもう一つの怪談が出てこない。まぁ、調べた結果、話が八つになったらその可能性もあるな。あとは怪談に割り振られた番号に意味があるのかどうか。こればっかりは予想もつかないな」


 基本路線としては、七不思議の話は八年以内、ここ最近になってから広まった可能性がかなり高いということだ。いや、『広まった』より『創られた』と言ったほうが正しいかもしれない。


「そっか。で、ついでに行ったんだろ、美術室」

「……よくわかったな」


 虚を突かれて驚く良治。これから話そうとしていたことを先に言われ、驚かすつもりだったのが逆に驚かされてしまった。段々と思考の面でも追いついてきたということだろう。


「で、美術室に行ってきたんだが……結論から言うとあの話はデマだ。何の痕跡もなかった。霊的なものとは無関係だろう。残る三番目の首吊りの木については場所が特定できてからだな。……ふと気付いたんだが、確か二百本くらいあったよな、校庭の木って」

「そういやたくさんあるよな、条件に当て嵌まる木って」


 学園が広い分、それに比例して校庭も広い。

 中等部・高等部それぞれの校庭に、北の食堂・図書館と南の中高の校舎の間にある中央校庭。ちなみに中高の校庭はそれぞれの校舎の南に位置する。

 今一度場所の整理をしておくと、最北端に出っ張る形に大学院。その南に、順に大学あり、さらにその南に食堂・図書館、そして中央校庭、その南西に中等部校舎、南東に高等部の校舎、それぞれの校舎の南に中高の校庭。初等部は大学の南西に細長い感じでその他の建物と並ぶように建てられている。


「これは探し出すのはくたびれそうだな……でも『校庭の』でよかったな。『学園の』だったら数百じゃ済まないだろうし」


 この学園は自然が多いことで有名だったりする。裏山があることもそうだが、学園内にも場所さえあれば手当たり次第何処にでも植えている気がしないでもない。

 裏山は以前まどかと一緒に特訓した場所でもある。今思えばあれはなんの意味があったのか甚だ疑問ではあるが、ここでは横に置いておこう。


「それもそうだが……来たな」


 キィと耳障りな高音をたてて金属製の厚い扉が開く。呼吸を若干荒くして現れたのは待ち人である慎也。その顔には何かを達成したような充実した笑みを浮かんでいた。


「四番目がわかりました……『夜の中等部屋上のプールに、溺れ死んだ生徒の死体が浮かんでくる』だそうです」

「ナイス!」


 軽く背中を叩いて労う。これで五つ、何とかなりそうな気がしてきた。情報を持ってきた慎也も同様で、自信が伝わってくる。


「よし。じゃあそれは俺が今夜調べてみる。あとは引き続き情報収集――なんだが気を付けておけよ」

「え?」


 急に低い声に変わって目を見張る。何に気をつけろと言うのだろうか。


「和弥にはさっき言ったことだが、まだこの一件が人為的なものである可能性も残ってる。だとすれば、俺たちに干渉してくるかもしれない。邪魔をするのか追い込むのかはわからないけどな。これだけ聞き込みしてるんだ、噂に敏感なヤツなら勘付いてるだろ」

「……わかった」


 なるほど、良治はこれも見越して聞き込みをしていたらしい。

 誰かしらが意図的にやっていることなら聞き込みを秘密裏にするのではなく、あえてオープンにして相手を誘き出して尻尾を掴む。情報が不足している現状、これ以上に有効な策はないだろう。


「では解散。一応クラスのほうも手伝いはしておかないとな。その辺の折り合いは各自に任せる」


 そう言って今日は解散になった。

 戻った教室で細井に散々愚痴られたのは言うまでもない。











「完全に行き詰ったな」


 休み明けの月曜日の放課後。男三人は日課の話し合いに集まっていた。

 しかし話すべきことは何もない。五つまで判明した七不思議も、それ以降新しい話はわかっていなかった。

 正直自分でもわかっているのだが、なかなか気合いを入れて調査出来ていない。元々そういった作業が苦手なのもあるが、理由はそれだけではないのを薄々自覚していた。最近話す機会が少なくなっている、『彼女』のことが時折頭をよぎるのだ。

 しかし今はそのことを頭から切り離して問題に向き合わなければならない。


「まずいよな……」


 さっきからこのやりとりの繰り返し。和弥と良治の中身のない会話が辛うじて場を繋いでいるのに過ぎない。それでもボヤかずにはいられなかった。

 学園祭は今週の金曜日。もう今日は放課後になっているので実質二日といったこころだ。さらに言うなら、一昨年も去年も学園祭前日に行方不明者が出ているので最早時間はあってないようなものだった。


 ――このままではダメだ。



「よぉぉしっ!」


 気合を入れて立ち上がる。倦怠した雰囲気を振り払うように、強く、雄雄しく。


「どうした、何かわかったのか?」

「いや、何も。でもこういうときこそ動かなきゃどうしようもないだろ? とりあえずガムシャラにやってみようと思ってな」


 わからないから止まるのではなく、わからないから動く。考えるだけでは道は開けない。


「……その通りだな。どうも考えすぎて立ち止まっていたみたいだ。お前の言うとおりだよ。――さて、もう一頑張りするか」

「ああ!」

「はい!」


 元気のいい声。暗雲のように立ち込めていたものは既に消え去っていた。


 ――これが和弥の凄いところだ。

 一瞬で重かった空気を吹き飛ばす、その力強さ。

 これこそが彼の一番の長所……人を惹きつける不思議な魅力。



「じゃ、早速――」


 良治の掛け声で三人が屋上唯一の扉に向かおうとすると、それを待っていたかのように扉が開く。それもかなりの勢いで。


「あ、やっぱりここだったわね。六番目はもうわかった?」


 扉の陰から現れたのは予想通りこの件の依頼人。何故予想がついたか言うと、女性陣でただ一人豪快に扉を開けるタイプだというのが理由だったりする。


「六番目は……まだだよな?」

「ああ。今のところわかってるのは、一・二・四・五・七だ」


 確認してから会長に向き直る。彼女がニヤリと笑った。


「ふっふっふー。なんとっ、六番目の怪談が判明したわよっ!」

「おー!」


 その場のノリで歓声と拍手が起こる。と言っても三人しかいないので酷く寂しい。


「その話ってのはね……『晴れた満月の夜、大学校舎から飛び降りる人の影が見える』っていう話。これって高等部の生徒はほとんど知らないんじゃないかな。私も大学に行った先輩に聞いて知ったから話だから」


 なるほど、確かにこの話は和弥たち高校生には手に入らないものだ。これは会長のファインプレーと言っていいだろう。

 そしてこれであと一つ。

 しかし首吊りの木に関しては未だに場所を特定できていない。首吊りの木が鍵になるのか、それとも図書館以外の話と同じようにまるっきしのデマなのか。


「そうなるとあとは三番目か……。かいちょーはこういうのに詳しい知り合いとかいないんですか?」

「えーと……さすがにいな――あ、いた」

『いるんですかっ!?』


 色よい返答など全く期待していなかった問いを、いい意味で裏切ってくれる小久保せりな生徒会長。というか、今まで思い出せなかったのだろうか。反射的に三人が唱和してしまうのも仕方ないと言えた。


「んー、でも私アイツと相性悪いのよねー。天敵ってヤツ?」


 この人にしては珍しく渋い表情。だが確かにこの性格を考えると天敵というのは存在しそうだった。ちゃらんぽらんのように見える上に生徒会長という権限を持っているせりな。権力を盾に気ままに好き勝手やっているように見える人間もいるだろう。


「で、その天敵っていうのは誰なんですか?」


 会長相手に応対するのはとても疲れることだということを体感したので、ここから先は良治に任せることにする。まるで細井と話をしているような感覚だった。


「それがねぇ……オカルト研究会の部長なのよ。ま、そうは言っても部員は二人しかいないんだけどね。――って、『何でオカ研なんて七不思議に詳しそうなところを黙


ってたんだ』みたいな顔しないでよ」

「あえて言いますが……何で黙ってたんですか?」

「だって……アイツに頭を下げるくらいならここ屋上から飛び降りたほうがマシよ?」


 つまり、自分が嫌だったから。実に会長らしくてシンプルでわかりやすい理由だった。


「生徒のことはいいんですか?」

「だから、そう思ったから言ったんじゃない。とにかく私は嫌だから、行くならそっちだけで聞きに行って」


 心底嫌そうに押し付ける。教えてあげただけでも彼女にとっては熟考の末の決断だったようで、もう関わり合いになりたくないというのがありありと見てとれた。


「はぁ、それは別にいいですけど、それでその人はどんな人なんですか?」

「3-D、高崎伸昭。頭の回転は悪くないけどその分セコイ。で、他人の弱点突くのが趣味みたいなこと言ってたわね。あとはそうねぇ、柊くんをかなり皮肉屋にしてねちっこくした感じ?」

「リョージを皮肉屋に……ああ、なんとなく想像つくな」


 人の弱いところを的確に見抜いてそこを突いてくる。そして自分はさも他人とは違うような態度をするタイプか。そんなのがいたら確かに腹が立つだろう。


「和弥。お前一人で行ってくるか?」

「いやいやいや。悪かった、一緒に行ってくれ」

「まったく……」


 溜め息を吐いて半眼で睨んでくる。もちろん本気で怒っているわけではない。


「じゃ頼んだわよ。それと、私の名前は出さないほうがスムーズに行くと思うわ。向こうも私のこと嫌ってるから」


 もうこれで自分のやるべきことは全て終わったかのようにスキップまでして屋上から消える会長。きっとこの瞬間学園祭のことなど完全に忘れているのだろう。生徒会室で現実に戻ってげんなりするのだろう。


「それで、どうします?」


 今まで一切口出ししなかった慎也が先輩二人に訊ねる。


「行くんだろ、リョージ」


 コンクリートの地面に目をやって黙考する良治に声をかける。もう行くことは決まっているだろうに、何故思索しているのか。

 その疑問に答えるように、彼は口を開いた。


「俺と和弥の二人で行ってくる。慎也は残っててくれ。もし一時間以内に二人とも戻ってこなかったら全ての情報を綾華さんたちに伝えてくれ。それからの行動は各自に任せる」


 その言葉に、今更ながらに自覚した。

 もう自分たちは六つの話を知ってしまっているという事実を。

 もしも七番目の話が本当なら、自分たちにとって七つ目の話である、三番目の話を聞いた時点で地獄へと連れて行かれることになる。今のところ図書館以外の話には何の力も感じることはできなかったので、その確率は低いが万一ということはあった。

 慎也を置いていくのはその為。あとの指示も実に良治らしかった。


「よし。じゃあリョージ、行くか」

「ああ」


 二人は不敵に笑いあった。










「――成る程。君達が七不思議を調べている人達ですか」


 高等部校舎二階の東端の空き教室。そこが部員二名のオカルト研究会の部室だった。部室と言っても、余った机や椅子が積み重ねられていて、半分程しかスペースはない。掃除もほとんどしていないのだろう、全体的に埃っぽさが拭えない。

 そんな部屋の中央、長机で書き物をしていたのはこの教室の主の高崎。そして和弥が用件を伝えて聞く一番の言葉がそれだった。


「ああ。で、最後の三番目の話を教えて欲しい。知ってるか?」


 今回の交渉役は意外にも和弥だ。良治はこじれるまではでしゃばるつもりはない。和弥がやる気を出していたのでいつもとは逆のポジションとなっていた。


「……ええ。知っていますよ。私は六つしか知りませんが三番目の怪談なら承知しています。それにしてもこれが最後ですか。怖くはないのですか?」


 椅子に座ったまま高崎が問う。少しこけた顔をしているが、それが眼光をさらに鋭いものにしている。

 なにかを見極めるかのような、視線。


「別に。今は七番目の話が本当かどうかを調べてるんだ、実際にそうなってから怖がればいい」


 本気の発言。開き直りともいえるその言葉に、イラついたような苦々しい表情を浮かべる。……どこからともなく綾華の溜め息が聞こえてくる気がした。


「浅慮な……。まぁいいでしょう、教えてあげます。三番目の怪談は――」

「…………」


「――『夕方一人で鏡に映ると自分の死に顔が見える』です」

















「別に何も起こらなかったな」

「ああ」


 七つ目を知ったら何かが起こる可能性は低かったが、一応構えていただけに肩透かしを喰った気分だった。


「実際はまだ全部わかったわけじゃないからか……木と鏡の位置はわかんないままだしなぁ」


 この時点では何もないが、本当の意味で全てを知ったわけではないのだ、結論を出すのはまだ早いといえる。これは二人の共通の認識だった。

 首吊りの木の探索も一向に進んでいない。高等部校舎から図書館に続く、東の壁沿いにある桜並木が怪しいといえば怪しいが、それも根拠があってのことではない。

 さらに今回わかった鏡に関しても、学園内に何枚あるかもわからない。二つとも探すのは非常に困難だと嫌な予測をせざるをえない。話自体がデマだった場合には力の痕跡を頼りに見つけることもできない。


 ――手詰まりだ。


 朱に染まる屋上。

 校舎から校庭から賑やかな喧騒が聞こえる。

 まだこれで終わりではない。知らない手がかりがまだきっとあるはず――






 ――三日後、この状況を打開したのは彼らの中で最も長く学園にいる『彼女』だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ