~祭壇への扉~ 一話
「さて、と。やるか」
夏休みが終わってちょうど一週間が経っていた。残暑はまだきつく、夏を引きずっていた。
じりじりと日差しが窓から覗く中、放課後の教室で呟く和弥。そして何をやるのかというと、開催まであと二週間を切った学園祭の準備だ。
和弥は夏休み中ずっと京都で修行をしていたので、一日も準備に参加していなかった。ちなみに一か月半ほど家を空けていたせいで姉からこっぴどく怒られた。土産の八橋を献上したら大人しくなってくれたが。
学園祭の出し物は教室での食べ物屋になってしまっていて、その内容はアイスキャンデー各種、肉まん、あんまん、ピザまん、そしてジュース数種類。よく文句が出なかったと思うほど混沌としたラインナップ。細井がクラスの学園祭委員というのも関係なくはないのは容易に想像がついた。
「ほら、さっさとやるぞ!」
お祭好きな性格からか、かなり気合が入っている。指揮しているのは彼と委員長の真帆なのだが、少し気弱な面のある真帆は細井に圧倒されていて、実質的には細井一人でまとめている感がある。正直、間違った方向に行きそうで不安でしょうがない。フォローしたいのは山々なのだが、夏休み中に一回も参加していないので強いことも言えない。普段さりげなく助ける役割の良治も『今回は細井が頼ってくるまでは何もしない』と不干渉を決め込んでいる。このあたりは細井に『お前らが来なかったから女子の出席率が悪かったんだ!』というのも効いているかもしれない。
「ほら、バカズヤ、リョージ。やるぞ!」
「はぁ、わかったわかった」
「了解。じゃあとりあえず――」
「ん?」
教室備え付けのスピーカーから微かなノイズ。発せられたのは教師のものではない、聞き覚えのある声。
『えー、2-Bの柊くんと水樹さん。これ聞いたらすぐ生徒会室に来てー』
「…………」
教室にいる全員がどういうリアクションをとっていいかわからずに立ち尽くす。いつかと同じ光景だった。
「……会長、だよな?」
「……ああ、会長、だな」
独り言のようにぽつりと言った言葉に律儀に返答したのは良治。心なしか呆れているようだ。校内放送で『来てー』はないだろう、『来てー』は。ある意味とてもあの人らしいとも言えるが。
「まぁ、とりあえず。真帆、行くぞ」
「あ、うん」
立ち直った良治が渋い顔をしながらも真帆に声をかけた。
心当たりはある。図書館で見つかった二人を呼び出したのだ。きっとその辺の話だ
ろうと良治は考えた。ただ教室でこんな注目を集めているときに詳しいことは言えない。
「……真帆?」
背中越しの細井の声に、教室を出ようとしていた彼の肩がビクッと動く。穏やかならぬ響きに気付いたからだ。
放送を聞いて、僅かな間だが仕事モードに入ってしまったが故の失態。今まで学校で『真帆』と呼んだ事は一回もない。普段は『委員長』、仕事のときは『真帆』としっかり使い分けていたのだが。
一瞬固まってから、意を決したように振り向いた。
「ん、どうかしたか?」
普段は見せないような爽やかな笑顔。爽やか過ぎて逆にとても怪しい。良く見れば頬が引きつっていた。
「へぇ、夏休みの間に二人の関係はそこまで進んでいたと。ああ、大丈夫。ぜーんぶわかったから。な?」
良治に負けない爽やかなスマイルで悟ったように勝ち誇る。それにつられてクラスのあちこちで小さな話し声が囁かれ始めた。
和弥が真帆の顔を見ると、その顔はもう真っ赤で、これではたとえ否定しても説得力は皆無だろう。
「……どうにでもしてくれ。とりあえず生徒会室に行ってくる。さ、委員長」
「え、あ、う、うん」
うわうっぜぇと心の底から思ったが、何を言っても無駄と判断し一切を無視して教室を出ようとする。しかしさらに細井が二人に声をかけた。それも良く通る声で、だ。
「しばらく帰ってこなくていいぞ。具体的には二時間くらい」
「お、お前は……」
この冷静な友人をからかえる機会などそうあることではない。少し悪いとは思うがこの場の雰囲気に乗らせてもらうことにする。
「彼女にも伝えておくからなー」
トドメ。さすがに振り返って声を張り上げた。
「いいかげんにしろー!」
「あ、遅かったね。……どうしたの、疲れた顔して」
「お気になさらず。で、ご用件はなんでしょうか、会長」
ようやく来た二人にせりなが訝しげな表情をする。何か聞きたげな彼女を一言で黙らせ、単刀直入に聞いた。さっきのやりとりを引きずっているのは明白。隣に立つ真帆がその態度に苦笑したのが気配でわかった。
「……出来ればそういう態度はやめてほしいんだけど?」
西日の入る生徒会室。パイプ椅子に座った会長の茶の色をした髪が鮮やかに染まる。二人からは逆光になってよく見えないが、苦笑しているに違いない。
「この呼び出しがトラブルの押し付けじゃなかったらいいですよ」
「……先手打たれちゃったか、残念。でも話くらい聞いてくれない? ここの生徒である以上無関係とは言えないわけだし」
ね、いいでしょ、と正面の椅子から立ち上がって手を合わせる。
これ以上頼まれると断りづらい。さっさと逃げ出すことを決めた半瞬後。
「それで、どんな話なんですか? 私たちに出来ることでしたら協力しますよ」
のほほんとした口調で、あまつさえ会長の手をとって協力を申し出たのは今まで一言も発していなかった2-Bの良心。ここぞとばかりにせりなが話を進める。
「ありがとうっ! 単位で困ったら言ってね、何とかするから。で、本題なんだけど……この学園の七不思議について調べてほしいの」
「七不思議?」
真帆がその単語を繰り返す。冗談かと思われたが会長は真剣そのものだ。
「もしかして、行方不明事件と関係あるんですか?」
噂で聞いたことがあった。一昨年、去年と連続で行方不明の生徒がいることを。それも学園祭に前後して、だ。その生徒たちの共通点が確か……七不思議を調べていたことだったはずだ。
「その通り。まぁ、今年はまだ行方不明者は出ていないんだけどね。でも一昨年は二人、去年は一人。それでもさすがに無視は出来ないし、私が生徒会の会長になった以上何とかしたいのよ。これは単なる勘なんだけど、多分この一件は貴方たちの専門かなって思ったの。で、どう、受けてくれない?」
背は同じくらいなのに頭を下げて上目遣いでお願いのポーズ。真帆が視線で答えを促しているのがわかる。
話を聞いてしまった時点で嵌められた気もしないではないが、これも学園に関係することだ。腹をくくることに決めた。
「報酬は?」
「ありがとうっ! いやー、さすが見込んだだけあるわ。で、報酬なんだけど……無しで♪」
ニヤリ、としか擬音が当てはまらない笑みで可愛く言う生徒会長。報酬なんて出しませんよ、と。メガネの奥の瞳が怪しく光る。
「それなら受けませんよ」
呆れたのを隠そうともせずに出口に向かおうとする。しかし会長は焦るどころか余裕の表情。そして。
「お・ね・が・い。……こんなに頼んでもダメ?」
お願い攻撃に頭が痛くなってきた。頼み方もそうだが、こんな人が自分の学校の生徒会長だということが信じられない。というか信じたくない。ちなみに彼は生徒会の役員選挙のとき仕事で欠席していた。今年の投票権と二十歳になってからの選挙権はよく考えてから使うことを心に誓った。
それにしてもどうするか。こちらの性格をわかってこういう作戦に出ているのなら、もう負けは確実だ。そして意図的にやっている確率もかなり高い。この人は無駄なことほど一生懸命になるタイプ。おそらく新学期が始まってからのこの一週間、『柊良治』がどんな人間かを調査していたのだろう。
(――で、こういう展開になったか)
彼は損得勘定で動くタイプではない。頼まれれば基本的には受けるし、最後まで見届ける。しかし命令されてやることに関しては自分の意思を何よりも尊重する。ビジネスライクな関係はさっぱりしてて悪くはないと思っているが、それは自分の感情を殺してまでやることではない。背けばどれだけ不利になることでも納得できないことは絶対にしない。
「……はぁ。こういうことは今回一度きりですよ」
「ふふふ、この作戦で正解だったわね」
まんまと頼みごとを成功させたせりなの調査の評価は、冷静沈着に見えて激情家、優しく見えるが冷たい、ように見えてお人好し。真っ当に頼み込めば、なんだかんだ言っても手を貸してくれる。せりなはそう踏んだのだ。
「まったく……。それで何か情報はあるんですか? さすがに何もないところからやるのは辛いんですけど」
「さすがに切り替え速いわね。で、そうね。二人は七不思議のことどれくらい知ってる?」
「俺は一つしか知らないな。真帆はどうだ?」
うーん、と唸って考えるが、思い当たる節はないようだ。こういった話は女子のほうが好きだと思っていたが、彼女には当てはまらないようだ。神社の娘で、こっちの世界を知っていたら仕方がないかもしれない。
「……私も一つしか知らない、かな。他はちょっと」
「で、会長は?」
「ごめん、私も一つしか知らないのよね。で、みんなの知ってるっていうのって、七番目のアレでしょ。『七つの真実を知ったら地獄へ連れて行かれる』ってやつ」
三人の視線が交錯し、溜め息。頭にあったのは皆同じだったらしい。
「まぁ、とりあえずお願いね。こっちも一応調べてみるけどあまり期待しないでおいて。学園祭の準備もあるし」
これからが忙しいのよねー、なんて大きく背伸び。それを聞いた委員長が小さく音を漏らす。それで思い出した。
「私も準備あるんだ……」
真帆もクラス委員長なわけで、準備の忙しくなるこれからは特に抜け出すことができなくなる。細井一人に任せるのは色々な意味で不安なことも理由の一つだ。フォローすべき良治も調査する側にいるのも痛い。どう考えても教室から抜け出すことは無理だ。
「となると、あと協力してくれそうなのは三人、か」
和弥、綾華、そして真帆の弟の慎也。学園祭まであと十日、頑張れば何とかできるかもしれない。少々不安ではあるが仕方ない。この手の知り合いはもういない。まどかに学園の制服を着せて手伝わせるという方法もなくはないが、出来る限り使いたくない。理由を強いて言うなら良治の健康状態が著しく悪化するからだということだ。
「調査のやりかたは任せるわ。そっちのほうがいいでしょうし。ま、何かあったら言って。少しは手伝えるかもしれないから」
ウィンク一つ。いつの間にか手伝う側が替わってしまっているが今更言っても詮無いことだろう。
「はい、わかりました。では早速行ってきます」
「いってらっしゃーい」
目で促して二人で生徒会室を出る。思ったより時間が経っていたが、これから三人のところへ行かなければならない。まぁ、実質二箇所ではあるのでそんな労力を使うことでもない。二人で手分けすれば尚更だ。
「じゃあ真帆は綾華さんと慎也のクラスへ。俺は和弥と一緒に屋上で待ってるからそこで合流。いいな?」
「うん。じゃああとで」
そう言って廊下で別れると、彼は疲れた溜め息を吐いた。
「――と、そういうわけなんだが」
屋上の地面を灼きつけるような日差しのなか、良治が説明を終えて座っている四人を見渡す。
「すみませんが……」
言いにくそうに口を開いたのは長い髪の少女。隣に座る慎也のほうを一瞬見て言葉を続けた。
「実は……私、学園祭委員になってしまって」
「ええ。うちのクラス、人数少ないんで。白兼さんが来るまでは委員長が兼任することになってたんです。そんなわけで……」
慎也が丁寧にも解説してくれる。言われるまでもなくしっかりフォローするのは、姉が多少天然なせいもあるだろう。そう考えると少し同情したくなってくる。
「つーことは、俺とリョージと慎也の三人か、動けるのは」
残ったのは男三人。誰かの陰謀か、全くもって華がない。和弥的には少々やる気に欠けるメンツだ。口には出さないが。
「まぁ、そうなるな。こればかりは仕方ないだろう」
諦めモードに入っている友人に一つの案が浮かぶ。きっと考えているだろうけどとは思うが、一応提案しておくことにする。
「なぁ、まどかは――」
「却下。無理」
即答。電光石火とはこのことか。
「はや。でもなんで」
「ダメなものはダメだ。これ以上言うと命を縮めることになるぞ」
「…………」
ここまで一方的に意見を許さない彼も珍しい。いつもなら一通り相手の話を聞いてから、ちゃんと説明をしたうえで判断する。でも今回はまるで何かを恐れるように一切をシャットアウト。これについてはあとで聞いてみることにしよう。
「じゃあ、とりあえず七不思議についての話を知ってるか? 七番目の『全てを知ったら地獄に連れて行かれる』っていうのの他に」
「…………」
知らない。というか和弥は七不思議自体も知らなかった。綾華にちらりと視線を送ったが、彼女も首を横に振る。彼女は転校生なのだ、知らなくても当然だった。
「慎也はどうだ?」
最後の希望を込めた響きで、縋るように問いかける。
「すいません、俺もそれしか知らないです」
あっさりと砕かれた。心なしか良治が遠い目をしてる気がする。
つまりこれで、残り六つの話を調べてからの活動になったわけだ。
「……やるだけやってみるか」
「結局そういうことだな。和弥、慎也、よろしく頼むぞ。まずやることは六つの話の情報収集。時間がない、さっさとやっていこう」
表情は既に仕事用になっている。もはや迷いはないようだ。
「和弥は二年、慎也は一年を中心に頼む。二人も気になることがあったらすぐ連絡してくれ。俺はできるだけ動き回ってみる。いいな?」
僅かに緊張した空気のなか、無言で頷く四人。それに良治が微かに微笑む。
「それじゃ解散。和弥、葵さんには俺から伝えておくからじっくり調べてくれ」
あぁ、と返事をしそうになって昨日のことを思い出した。どうやら目の前の男は忘れているらしい。
「葵さんはいないだろ。確か福島支部に行くって言ってなかったっけか」
「あー、そういえばそうだったな。完全に忘れてた」
昨日のことなのにな、と苦笑。これもまた珍しいミスだ。
「蓮岡さんの奥さんが病気で亡くなられたとか。元々身体の弱い方だったと聞いてました。私は直接の面識がないので行きませんでしたが、継承者の皆さんは全員行ってるのではないかと」
さも当然のように納得している綾華。隣の良治も同様だ。
「何で?」
「――自分の所属している組織の各流派の継承者くらいは覚えておいてください。蓮岡家は福島支部の支部長の家柄で、四流派の一つ、蒼月流の継承者です。ちなみに残る三つは紅牙流の玖珂、黒影流の浦崎、そして碧翼流の南雲です」
白神会の根幹を担う四流派。その一つの配偶者が亡くなったのだ、そう考えると幹部クラスとも言うべき者たちが行くのも理解できる。
納得しながら心の中でメモを必死でとる。綾華にちくちくと言われるのは少なければ少ないほどいいに決まっている。
「まぁ、そっちのことは俺が何とかしておこう。じゃ行くか」
「おぅ」
「はい」
屋上を出る扉のところで待っていた水樹姉弟と一緒に階段を下りる。
今度こそ。彼は誓った。もう足手纏いにはなりたくない。ここに一緒にいる綾華や良治たちの力になりたい。そのためにだったらどんなことでもしたいと思う。
その瞬間の表情を見た、彼女の顔は微かに紅かった。




