訪問者・1
翌朝の朝食後、ディアナたちはブレイドの実家に向かった。ガルデア町からニニカ村へ向かう街道は学生の頃と全く変わらない。
当時はこの道を喧嘩をしながら走っていた。それが今や馬を並べて走る夫婦になっているのだ。ディアナは胸がくすぐったくなり、笑いだすのをなんとか堪える。
「馬だと楽だよな」
「そうね」
「よくケンカしてたよな、昔」
「競争とかしたよね。学園までとか」
ブレイドとディアナは顔を見合わせて笑う。同じことを思い出していたんだと思ったら尚更おかしかった。
「それがあって今があるんだよなぁ」
「そうね」
「何も、無駄なもんなんかないよな。辛いことでもさ」
しみじみというブレイドに、ディアナはからかうような声を出した。
「なんかブレイド、年寄りみたいよ」
「何だと!」
ブレイドが怒りだす前に、ディアナは笑って馬を速める。すぐに、彼が追いかけてくて、ディアナはまた逃げる。こんな追いかけっこを、もう何年もやってきたような気がする。
「良かったね。ブレイド」
「何がだ?」
「アンタは人の倍家族がいるんだわ。本当の両親と、育ててくれた両親と」
ブレイドは一瞬不思議そうな顔でディアナを見る。
「全部大切にすればいいよ。きっと、出来るよ」
ディアナが笑うと、ブレイドが馬を隣に寄せる。近付き過ぎて興奮したのか、馬同士は息を荒くする。
「ちょっと危ないって」
制止も聞かずに、ブレイドはディアナを引っ張る。バランスが崩れて落ちそうになるところを、彼の肩につかまることでなんとか保った。二人の愛馬は小さく不満気にいななきながらも、二人を落とそうとするほど激しい動きは見せなかった。
「やっぱりお前はいいなぁ。逞しくて、頼りになる」
「ちょっとそれ、褒めてないよ」
「褒めてんだよ。ほら、もうすぐ村だ」
ようやくブレイドが離してくれ、馬同士も安心するほどの距離をとれた。ディアナは馬の首筋を撫で、興奮しすぎなかったことを褒める。
そのままブレイドの家まで一気に走らせた。
こじんまりとした平屋の家に、奥まで長く広がる薬草畑。ブレイドの家は何ら変化もなくそこにあった。
「ただいま。帰ったぜ」
まるで近所から帰ってきたかのような口調で入るブレイドを見つめ返す瞳は、予想外にも三組あった。ブレイドの母セリカ、父アイク。そして、見たことのない男性。濃い茶色の髪に温厚そうな顔つきの三十歳程度の青年だ。
「あれ、お客さん?」
ブレイドがそう呟く前に、その男は嬉しそうにブレイドの傍に駆け寄ってきた。
「……驚いたな。本当にブレイドさんにそっくりだ」
「え?」
「ディール。……いや、今はブレイドだっけ。ああ、なんだか呼びにくいなぁ」
頭をガシガシとかきながら呟く青年を見ながら、湧き上がるのは期待。
「あんた、もしかして」
「初めまして、僕はビット=ロースター。北の町で治療師をしているんだ。君の、……兄貴になりそこなった男だよ」
「それは、……どういう」
そう尋ねるブレイドの声が、かすかに震えていた。ロースターとは実の父親の名字だ。それを名乗る彼は、もしかしたら両親の最後の真実を知っているのかも知れない。
不安に揺れたブレイドの瞳を、ディアナは見逃さなかった。そっとブレイドの手をとり、励ますように強く握る。
何があっても、どんなことを言われても、大丈夫。一緒に受け止めるから。
気持ちが伝わったのか、ブレイドは無言のまま手を握り返してくる。合わさった手のひらのぬくもりに勇気づけられたように、二人はビットに先を促す。
「こんなに大きくなったなんて。僕は君とダリアさんは死んでしまったのだと思っていた。だから、英雄の噂を聞いた時は驚いたんだ。噂の人物は、まるでブレイドさんそのものだったから」
「俺の父や母を知ってるんですか?」
ビットはこみ上げてくるものをこらえようとして上ずってしまった声で続けた。
「ああ。僕は君が生まれる前後、ナナキ村というところで、ブレイドさんとダリアさんと一緒にいたんだ。ある事情があって、そこを追われることになったんだけど。強くて優しかったブレイドさんは、自分が犠牲になって僕とダリアさんと君を龍の森から逃がしてくれた」
つらそうに目を伏せて、励ますようにブレイドの肩を撫でる。
「その途中で、竜巻に巻き込まれたんだ。その時の記憶は殆ど無くて、気がついた時にはとある村に保護されていた。ひどい怪我で、完治するまでには一年以上かかった。その間、もっと南の村では女性と子供が保護されたけど亡くなったって聞いたから。君もダリアさんも死んでしまったと思っていたんだよ。……生きているなんて」
ビットの瞳に涙が浮かんでくる。ブレイドは一瞬ぎょっと身を引いたが、それよりも早くビットに抱きすくめられてしまった。
「僕はずっと、君とダリアさんを守れなかったことを悔やんで生きてきた。あの時、守ってあげれなくてごめん。ブレイドさんと約束してたのに。君を守るって」
「ビット……さん」
「生きててくれて……本当に良かった」
半泣きの男性に抱きすくめられて、ブレイドは困った顔をディアナに向けた。けれど、感極まっている彼の邪魔をするのも忍びない。好きなだけ泣かせてあげたら、とディアナは両手で手振りをした。




