お屋敷・2
老人が疲れた様子で目を閉じた時、屋敷の中からは体躯のいい壮年の男性とその妻と思われる美しい女性が現れた。
「父上」
老人を父上と呼んだ男は、使用人を呼び寄せ部屋のベッドに寝かせるように指示を出した。そしてディアナを見ると、一礼して自己紹介をした。
「お嬢さん。父を助けてくれたようで、ありがとう。見たことがない顔だが、この町の方かな? 私はフェスタ=ドニデラ。この屋敷の主だ」
「あなたが……。あ、私はディアナ=ウェルドックと言います。旅のものです」
「ウェルドック?」
フェスタ氏が軽く眉根を寄せた。考えを巡らすように口元に手を当てた後、言いづらそうに口を開く。
「もしかして、『黒』の連れの人かな?」
「あ。……ええ。でも、そのいい方はやめてもらえませんか。私の国では黒髪の人物を差別する風習はありません。彼は、自国では名の知れた英雄です」
「英雄?」
「ええ。マドラスの人食い龍を倒した英雄です」
おそらくは、町人たちが町を治めるこの領主に報告したのだろう。であれば逆に、この人のブレイドに対する印象を変えることができれば、町の人たちの対応も変えられるかもしれない。
ディアナはそう思って、敢えてブレイドの功績を教えたが、フェスタ氏は感心はしたものの侮蔑の表情は変えなかった。
「そうか。でもやはり尋常じゃない力を持っているということだな。人が龍を倒すなんて普通ならばあり得ない」
そうとらえるのか。ディアナは内心がっかりした。偏見の根深さを見せつけられたようで、やりきれない気持ちになる。
「父を助けてくれたことは感謝している。けれど、君たちは早くこの町から出た方がいい。なにか、ここに滞在する理由でもあるのかな」
フェスタ氏は、言葉を選びながらもはっきりと出て行けと言う。ディアナは疑問を逆に口にした。
「なぜ、そんなに私たちをこの町から出させたがるんですか? あなただけじゃない。町の人たちも遠まわしにそういいます」
「それは、君の連れが『黒』で、君がその栗色の髪を持っているからだよ」
「私の髪……?」
ディアナは自分の少し癖のある髪を触った。母親譲りだという栗色の髪。これに何の原因があるというのか。
「私の妹と同じ髪色なんだ。父と母が溺愛していた妹のね」
フェスタ氏が苦笑しながら言うのと同時に、屋敷の入口の方からガヤガヤと声が聞こえる。フェスタ氏の肩越しにディアナが覗くと、老人が使用人を振り切ってやってくるところだった。
「何をしているんだ、フェスタ。このお嬢さんはわしの恩人だぞ。早く中に招かんか!」
「お父さん、ちゃんと寝ていてくださいよ」
「お前の礼儀がなってないからわざわざでてきたんだろうが。お嬢さん、さあ入って。すまんがまた魔法をかけてくれんか。アンタの魔法の後は喉の通りが良いみたいだ」
「でも、……あの」
ディアナは助けを求めるようにフェスタを見た。彼は困ったように両手をあげると、方針を変えたらしくディアナに中に入るように勧める。どうやら、フェスタが領主とはいえ、まだまだ父親の権威は無くなってはいないらしい。
通された応接室は屋敷同様豪奢な造りだったが、壁にかけられた絵画や飾られた陶器類は清楚で、上品な印象を与えられる。家の中をとりしきる人間のセンスがいいのだろう。
「まだ名乗ってなかったな。わしはディール=ドニデラじゃ」
今、老人は現実世界の方にいるのだろう、しっかりした口調でハキハキと話す。
「お嬢さんは僧侶なのかね」
「いえ、治療師です。タリス国から来ました」
「治療師……、ここでいう僧侶のようなものか。一人で来たのかね」
「いいえ。夫と二人で旅をしているんです」
「お嬢さんは結婚してるのか。お若く見えるのに」
ディールが驚いた声をあげ、ディアナは眉を寄せた。町で話した時に比べて、あまりにも礼儀正しくしゃんとしている。普通でいる時間がさっきよりずっと長いことにも違和感を感じた。
「ああ、お父さん。せっかくですからお茶でも飲みましょうか」
フェスタが話の腰を折り、呼びつけられたメイドが行ったり来たりを繰り返し、テーブルの上に湯気をあげるお茶といい香りを漂わせる菓子が置かれた。
メイドの行き来が落ち着いたあたりで、ディアナはおずおずと話始めた。
「あの……。お爺さんは、お医者様にはかかられているんですか?」
「いや? わしの咳は持病だ。もう10年くらいこのままだ」
「でも、ちょっと咳の音がおかしい気がします。一度きちんとした知識のある人に見てもらった方がいいかも知れません」
「では、お嬢さんが治療してくれんか。旅が急ぎでなければしばらくこの町に滞在すればいい。なんなら、この屋敷の一室を用意してもいいんだ」
「あのでも、それはちょっと……」
老人はディアナの事が気に入ったのか、やたらに町への滞在を勧めた。しかし、その脇でフェスタは苦い顔をしている。
さっきの話と老人がぼけているときの会話をつなぎ合わせれば、ディアナはこの老人の娘に重ね合わせて見られているのだろう。




