お屋敷・3
「お父さん。無理を言ってはいけませんよ。彼女には彼女の都合と言うものがあるんです。結婚されているならなおのことでしょう。さあ、お父さんはもうベッドに横になってください。ワッツ、このお嬢さんを町までお送りするんだ」
「フェスタ! 勝手に話を進めるな」
「早く!」
フェスタは、使用人たちを呼びつけディールを寝室に連れていくように言いつけた。バタバタと数人のメイドが現れ、わめくディールを慣れた様子で言いくるめ両腕を左右から抑えて部屋から連れ出す。
そして、ディールがいなくなったのを確認すると、フェスタはディアナの方へ向き直り少し厳しい顔をした。
「……先ほどの話の続きだ。妹は『黒』にさらわれたんだ。あろうことかあの男は、婚約を控えた妹を力づくで自分のものにして連れ去った。私は『黒』を憎んでいる。お嬢さんには罪はないが、『黒』の妻を屋敷に入れたくはない。出ていってくれないか」
冷たい表情で語られた過去は壮絶なもので、フェスタがここまで頑なな理由を垣間見たような気がした。
「はい。……帰ります」
ディアナは返す言葉を見つけられず、素直に頷くと腰を上げた。
かつて『黒』がここにいた。そのことにも驚くが、今の話を素直に信じるならば、その男がこの家の令嬢を強姦したということだ。だとすれば、町に広がる偏見の目はともかく、彼らが『黒』を嫌うのは納得できる。
途端に背筋が寒くなって、覇気が萎えてくる。
「ワッツに送らせよう。お嬢さん、君の夫君の名前はなんという?」
「え?」
「妹を、……ダリアを連れ去ったのは『ブレイド=ロースター』と言う名の男だ。君の夫はその血族かもしれない。だとしたら、その男との生活は考えた方がいいぞ」
これには反発の方が先にくる。彼の両親がどんな人物であれ、彼自身を否定する根拠にはならないはずだ。ディアナはフェスタを睨みつけた。
「……人の夫を悪く言うのはやめてください。私たちは同意のもと結婚したんです」
「そうだな。余計な世話だった。……もう行くといい」
「失礼します」
ディアナはわざと扉を強く閉めた。玄関前では、これまでのやりとりを知らないワッツがにこやかな笑顔で待っている。彼に馬車の中へと誘導され、大人しく椅子に座った。
すぐに馬車は動き出し、広い庭を携えたドニデラ家が段々小さくなっていく。その景色を眺めながら、ディアナは思案に暮れた。
明らかに『黒』を悪い人間だと決めつけるフェスタの言動には閉口するが、入ってきた情報はものすごいものだった。
ブレイドの名は、意識の戻らない母親がうわごとのように呟いた名前からつけられたのだと聞いたことがある。それが父親の名前であってもおかしくはない。
それに、サンド村のベルクから聞いた彼の母親の名は、『ダリア』だったはず。
「……ブレイドの両親のことなの?」
まさか、とは思う。けれど、現状から考えれば明らかにそうだ。
「『黒』が自分のものにして連れ去ったって……」
だとすれば、ブレイドは望まれて生まれた子供じゃなかったのだろうか。父親の乱暴から出来た子供?
だけど……。
『ダリアは幸せだったと思う。誰よりも。少なくとも、あいつを産んだ時は幸せだったはずだ』
ベルクはそう言っていた。あの男のことは今でも好きではないが、この言葉は本当だったろうと思う。
だから、ブレイドは愛し合った両親から生まれてきたんだ。そう信じてる。
それでも、フェスタから聞いた事実はブレイドには告げにくい。
「……でも、言えないよ」
ディアナはぽつりと呟いた。自分でも驚くほど、それは途方に暮れたように響いた。




