セリーナ町・2
宿屋からの通りを曲がったところには大きな広場がある。朝は人通りも少ないので、ブレイドの朝稽古は大体ここで行うことにしているのだ。
「ところで、良い仕事あった?」
準備体操の後、軽く剣を合わせながらディアナが聞くと、ブレイドが難色を示した。
「あんまり無いな。なんつーかこの町は平和だろ。気質的に当たり障りのないような人物が多い。あんまり魔物の住む森に入ろうって輩がいないせいか、魔物退治の仕事とかが少ない」
「じゃあどうする?」
「んー。でもお偉いさんの警備みたいな仕事は性に合わないしな。もう数日探してみるよ」
「わかった」
その瞬間、ブレイドの剣がディアナの頬先をかすめた。普通ならぎょっとするほどの距離だが、眼のいいブレイドはちゃんと距離感も測っているのだろう。ギリギリのところを攻撃しつつ、稽古中にディアナに誤って怪我をさせたことは今までに無い。
一通り技の型を練習するとブレイドは腰にかけてある鞘に剣を治めた。近くの木の枝にかけておいたタオルをとり、一枚をディアナに投げつける。
「ま、こんなもんだな。サンキュ」
「うん。おなかもすいたよね」
「お前、そればっかだよな」
「うっさい!」
二人でいると、最後にはこんな言い合いにばかりなってしまう。それでも、ディアナはその生活に満足していた。正直、一般的に言う『妻』というものに自分がなったという自覚がディアナには無いのだ。結婚してほぼ同時に旅に出たので、今でも学生時代の続きをしているような気分が抜けない。
「やあ、ディアナさん。お帰りなさい」
「おはようございます」
宿屋の主人は、ディアナを見つけるとほほ笑みかけ、隣にいるブレイドにちらりと一瞥を向けてそそくさと奥へ行く。こうした態度にもはや慣れつつはあるが、不快な気分にならないかといえば嘘になる。
「朝定食二つ、頼む」
ブレイドは、さして気にもしていないような表情で奥に行った店主に告げる。そのまま空いていた席に着くと、近くの席に居た人たちが途端に移動した。明らかな拒絶の態度に、ブレイドは傷つきはしないのだろうか。
「感じ悪い」
ボソリとディアナが呟くと、ブレイドは笑ってディアナの頭を撫でる。
「気にすんな。いいからお前は周囲とうまくやっとけ」
「でも。ここにずっといても楽しく無いじゃん」
「悪いな。気になることがあるんだよ」
その気になることの詳細を教えてくれればいいのだが、ブレイド自身も確信が無いのか、きちんと教えてくれようとはしない。思いつきで行動する割には、大事なことは胸にしまいこむ性格だなというのは、なんとなく感じてはいたけれど、ディアナとしては不満だ。なんでも話してくれればいいのに、と思う。
食事を終えて部屋に向かおうとしたとき、看板娘のアリスがディアナを手招きした。何度かブレイドの顔をちらちら見るところを見れば、彼には聞かせたくない話なのだろう。
「ブレイド、先に戻ってて。アリスと話をしてから行くから」
「ああ。俺も一休みしたら仕事探しに行くけど」
「わかった。戻るのが遅かったら行ってて?」
ブレイドが笑顔で頷いて行くのを見届けた後、アリスの方へ向き直る。
「アリス、どうしたの?」
「ディアナ。お願いがあるの。隣の家のラッカちゃんが怪我をして治してもらいたいんだけど」
「何だそんな事か。それならブレイドを追い立てなくても良かった」
「ううん、助かったわ。あなたの旦那さんにこんなこと言いたくないけど、苦手なのよ『黒』は」
「『黒』ねぇ……」
「だって化け物の子孫だって言うじゃない?」
アリスの眉根が寄る。この国では、『黒』と呼ばれる黒髪黒目の人物が極稀にいるのだという。いずれも得意能力者といえるほど身体能力に長けている。それだけなら問題なかったのだが、皮膚がうろこ状だったり、人間とは思えぬ鉤爪を宿していたりと、外見的にも普通ではない『黒』がいたことがあるらしい。長い年月の中で、『黒』はバケモノだという認識がこの国に充満してしまった。今では、ただ『黒』というだけで差別の対象であるのだという。
単なる噂が横行しているだけならディアナも反論しようかと考えるのだが、ブレイドは実際に龍の子孫なのだ。もちろん、龍はもう何百年も前の祖先で、ブレイド本人が変身したりするようなことはない。
けれど、その五感の鋭さや強さなど常人とは違うところがあるのも事実だ。
この国の人たちは噂を信じて疑っているだけだけど、それが真実だと分かったらブレイドに何をされるかわからない。ブレイドにこの町に悪さをしようとかそういう気は全くなくとも。
それくらい、この国にはびこる偏見や侮蔑の意識は根強いものだった。




