最初の一歩・2
それから一週間ほどたったある日。サラは治療室で、呼び出しを受けた。
「サラ、お客さまよ」
「はい」
そこで待っていたのはロックだ。今更、自分に何の用があるというのだろう。若干いじけた思考で、サラは中庭に向かうロックの後をついていった。
「ロックくん、今日は配達?」
「うん。一応そういう名目ではあるけど。ディアナの様子を見に来たんだ」
「……そう」
彼は本当に、嫌になるほど正直だ。ウソでもいいから、自分に会いに来たと言ってくれればどれほど嬉しいだろうと思うのに。
「ディアナは、どう?」
「それなんだけどさ。実はサラに頼みがあるんだ」
「私に?」
「これを、ディアナの髪につけてやってくれない?」
差し出されたのは、小さな木彫りの髪飾りだった。
サラの胸に一気に黒い影がかかる。
――プレゼントなら、自分で渡せばいいじゃないの。
しかし、ロックが続けて言ったのはサラの思いとは別のことだった。
「これをつければ、思い出すと思うんだ。ディアナ」
「思い出すって、……何を?」
「ブレイドが、ディアナのどんなところを好きだったかってこと」
――髪飾りで?
疑問に思って思い至る。学生時代にディアナの髪を結ってあげようとしたら、自分でやりたいからと言われたことを。
「サラも覚えてる? ディアナって、ホントはこんなところで大人しく待ってるようなタイプじゃないだろ」
「……でも」
「出来ないことでも向かっていく。逃げられたって追っていく。……そういう子だろ、ディアナは」
それを教えたら、ディアナはきっと行ってしまう。それなのに。
「それで、……いいの?」
サラの震える声に、ロックは寂しそうに笑った。
「告白出来ただけで僕は十分。あんなディアナをいつまでも見ているのも嫌だし、やっぱ僕じゃないんだよね、ディアナを活かせるのは」
「……分かった」
サラは、受け取った髪飾りを握り締めた。これが彼の恋に終止符を打つものだと思うと、嬉しいはずなのに悲しくなる。自分の気持ちを制御しきれず、サラは胸が苦しくなった。
*
その後、聖堂でディアナを見つけて、彼女の髪を結いあげて髪飾りをつけた。話しているうちに、ディアナの眼差しが少しずつはっきりしていくのが分かる。
嘘みたいだった。この先の彼の気持ちを思って、泣きたくなるなんて。あんなに望んでいた彼の失恋を、目の当たりにするのが辛いだなんて。
最後まで見届ける勇気が出ず、ディアナをその場に残して聖堂を出た。入れ替わりでロックが入って行く。
ドアに背中をつけて、目をつぶりながら彼らの会話を聞いた。
振られるためにプロポーズをするなんて馬鹿だ。ディアナがその言葉に流されないために、わざとその髪飾りをつけさせてまで。
そう思うのに、溢れ出てくるのは彼を好きだと思う気持ちばかりだ。
「……馬鹿な人なんてキライなはずなんだけどなぁ」
泣きたい気分でそう呟くと人が近づいてくる気配がして、サラはそっと聖堂の扉から離れた。前しか見ていないディアナが、気づかないまま行ってしまう。その姿が見えなくなるまで見送ってから、サラは聖堂の中に入った。静かに佇むロックに悲壮な表情は無かった。
「良かったの? ロック君」
「サラ。ありがとう、色々協力してくれて」
ロックが差し出した手に、自分の手を重ねる。これは友情の握手だろう。
「なんか吹っ切れたよ、僕。すっきりした」
「そう」
握手の形で重なった掌に、空いている左手を添える。
「サラ…?」
「私、待ってるね。……二人が、ブレイドくんを連れて帰ってくるのを」
「うん」
「ずっと待ってる」
この触れた手にこもるものが、友情だけじゃなくなる日を。
いつかディアナのことを思い出にしてくれるのを。
恋というよりは愛に近い感情が自分の中に育っているのを、サラはゆるやかに自覚した。




