最初の一歩・1
心を決めれば、案外後は動けるものだとサラは身を持って知った。次にスティルに会った時に、迷いもなくすっと別れ話を告げることが出来たのだ。
「薄々、分かってた」
スティルは寂しげな笑みを浮かべて頷いた。そんなスティルを見たのは初めてのような気がして、サラは彼にも別の時間が流れていたことを知る。もう恋に夢中になっていたあの頃のスティルはいないのだ。
スティルと別れて一人になってサラがまず始めたことは、ディアナが、サンド村で見せた『薬草への回復魔法の使用』を自分でも実践してみることだった。
誰かに好かれる自分じゃなくても、自信をもてるようになりたかった。卒業までの半年、サラは薬草に対する研究と魔法の威力をあげることに集中した。
そして卒業を迎える。卒業後の進路は、治療師の中ではエリートコースと言われる宮廷治療師だ。
意外だったのは、当初卒業したらブレイドと旅をすると言っていたディアナが、同じく宮廷治療師になったことだ。本人の意志と言うよりは王子殿下の意志だったようだが、同僚に友達がいるというのは心強い。
ロックとはその後何もなかった。今はまだ告白するだけの自信もなく、とにかく目の前にある仕事をこなさなければと必死だった。
そんな中、事件は起こった。ディアナが、王子殿下の不興を買って自宅謹慎処分になったのだ。
あれほどディアナに執着していた王子殿下がなぜそんな処分を下したのか。問い詰めようと思ったがサラがディアナに近づけるタイミングは無かった。ディアナはただ黙って、処分を受け入れて城を後にする。治療師仲間がざわつく中、サラだけは冷静にその姿を見つめていた。
あのディアナが間違ったことをするはずはない。だからこそそうして、堂々と背筋を伸ばして歩いて行くんだろう。
翌日、クルセア王女からディアナへの要請を伝えるように言われた時、その伝達役をかって出たのは、自分は味方だと伝えたかったからだ。
仕事を終え、城下町にあるディアナのアパートに向かう。その近くに馬車があるのに気づいて、不審に思いながらディアナの部屋を見ると戸口が少しだけ開いていた。誰か来ているのかと覗いてみて、サラは一気に血が下がるのを感じた。
抱き合っている一組の男女。それはロックとディアナだった。
「……う、そ」
思わず漏れてしまった声に自分で驚き、口を抑えて後ずさりする。その時扉がカタンと鳴り、ロックのほうが顔を上げた。
ロックはサラに気づくと憐れむような瞳をディアナに向けた。その視線の動きに合わせるようにサラもディアナを見ると、彼女は泣いていた。ディアナとは長い付き合いになるけど、泣いているのを見るのは初めてかもしれない。
「……ディアナ、泣いてるの?」
ディアナは力なく食卓の椅子に腰を下ろす。ロックは戸口によって、サラに事情を説明した。
「ブレイドが、いなくなったんだ」
「ブレイド君が?」
「ディアナにも、別れようって言ったらしい」
「……嘘」
予想外の事実に、何と言ったらいいか分からない。ブレイドとディアナは傍から見ていて嫌になるほど熱愛だった。あの彼がディアナに別れを告げることがあるなんて。
ディアナは痛ましいほど憔悴していて、その上半身を食卓に投げ出すようにしていた。サラが訪問の理由を伝えると、ディアナは弱々しく頷いた。
「……大丈夫。明日、いつも通りに出勤すればいいんでしょ」
「でも、ディアナ」
自分を奮い立たせようとしているのか、ディアナは不意に立ち上がった。けれどすぐによろけてしまう。それをかばったのはロックだ。
「……ロック。大丈夫だってば」
「ウソだよ。全然大丈夫じゃない。しばらく休んだ方がいいよ」
「平気だから、離して」
「……ディアナ!!」
ロックが普段からは考えられないほどキツイ口調で彼女を怒鳴る。
その光景はサラには痛かった。ロックの言葉の端々から、ディアナを思う気持ちが溢れ出ていて、それが刃になってサラを痛めつけていく。
――あなたが今でもそんなにディアナ好きなら。
サラは無表情のまま眼の前の二人を見つめ続けた。
ディアナが一人になったというなら、ロックにとってはチャンスだ。傷ついたタイミングならばディアナだってきっとロックの優しさに気づく。二人がうまくいくなら自分だって諦められるかもしれない。
そう思う一方で胸はジリジリする。切なくて苦しくて堪らない。
「ディアナ? 無理しなくてもいいのよ。クルセア様には私から伝えておくから」
胸の痛みに負けて、サラはロックの手からディアナを奪い取った。ロックがディアナを支えているその姿を、これ以上見ていたくなかった。
ディアナの方は逆に安心したように、サラの肩に寄りかかった。
「いいの。……大丈夫。失恋なんて、……誰でもしてる」
「ディアナ。でも」
「振られたくらいで何もできないような、情けない女になりたくない」
強がりを言っているのは、誰の目にも明らかだった。
結局、一人にするのは心配だからと、ロックとサラはディアナの部屋に泊まりこむことにした。
明日の着替えを取りに、そこから三十分ほどかかる自宅へ向かううちに、サラの頭も冷えてくる。
今までの状況が一変したことで、サラには可能性が無くなってしまった。ロックは年齢に近しい年数の間、ずっとディアナ一人を想っている。きっとそれはこれから先も変わることは無いんだろう。だとしたら、彼にとって今はチャンスだ。
――あなたが幸せになるなら。
サラは初めて、それが自分の不幸と同一なのを知っていて、好きな人の幸せを願った。
「ロック君が、好きだよ」
本人には伝えられない言葉を、夜の空気に溶かす。
強くなるための最初の一歩として、サラはロックの恋を応援する決意をする。




