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夢を見たーー覚めても忘れない夢を。
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学生服を身に着けた学生達が行き交うーー。
小柄な男の子がパタパタ足音を響かせて門の外から駆けて来ていた。
「早く、速く! 遅刻しちゃう! 」
「はやく、はやく! ほら! 遅刻するぞ! 」
小柄な男の子と同じ事を言った少年もまたこの私立西音寺学園の生徒だ。
高校生にしては幼い顔立ちに背丈ーー小学生とも捉えられるような二人はきちんとこの高等学校ーー西音寺学園に通う高校生である。
「君たちはーーまたですか……。」
「遅くなりましたーー! 」
「間に合いました! 」
「はぁーー……。間に合ったなら良いですが、教室までは間に合わない様ですよ? 」
ホームルーム開始を告げる鐘が鳴り響いた。
「それは先生が」
「言い訳をしてくださったりしたらどうにかなりますーー! よねーー?……。」
「はぁーーそれも毎度のことですか。仕方ありません……。」
重々しい口調とは裏腹に軽い足取りで、慣れた様子で前を行く教師を追うようにして二人の生徒も昇降口へ入って行った。ーー『お、またかお前ら』なんて鉢合わせする教師や他の生徒達に言われながら……。
「セーフ、」
「間に合った〜。」
「間に合って良かったね。先生のお陰で。」
「ね。先生のお陰だよ? 」
『分かってる? 二人とも』と、念を押すクラスメイトの女生徒には返事をせずに、二人は分かった風に顔を見合わせた。
「今日の宿題何だっけ? 」
「今日はーー」
「お前らそこからかよ……。」
『えっ? 』と二人が振り返ると、他のクラスの男生徒が二人を見て呆れていた。
二人が『えっ? 』となったのは、毎朝この調子で繰り返されているいつもの事だったからだ。いつもの事なのだから、今更クラスメイトからそんな言葉は出てこない。
「この二人はいつもだよ。」
「そうです。ーーいつもなんですよ。君からも言ってやってください、どうぞ遠慮なく。」
「先生……。」
「宿題、終わりそう? 」
「朝提出ーーは、無理ですっ! 今日は放課後までに〜」
「こっちは終わったから提出して来た。けど……。終わらないの、珍しいね? 」
「長くなってーー長く掛かってます。時間も内容も。」
「そっか。……。じゃあ」
「アイスは食べに行く! から! ーー」
「うん、じゃあ、頑張れ! 」
「アイス〜……。アイス……。食べられるかなぁ!? 食べられないかもっ!? 何で終わらないの終われないのこれぇ!! 」
『う゛ぅ゛〜』とくぐもった小さな唸り声を漏らして机に突っ伏し、
さっきまで橙の陽を浴びせてきていた窓の外はすっかり夜空の色になり、灯りの付いていない教室は薄暗くなっていた。
一向に結びの文を書くことの出来ない難題のようなものに変わり果てた宿題は、最後の一問でその猛威を振るい、約束していた親友との放課後アイスのひと時を阻んだ。
「まだーー帰らないんですか? あの子が待っているのでは? 」
「分からないんです……。最後の問題がーー……。」
「これはーー、」
教師はその一問を覗き、瞳に映した。
「この問題、どうしました? 」
「今朝来ていた他クラスのーーあの見たことあるけどあんまり見たことないような男の子から、問題だけ写させてもらったんですけど……。」
自分が黒板を写し書き出来なかったことに問題があると言われてしまうかもしれないと尻すぼみになった言葉は、けれど教師の耳にはハッキリと聞こえていて。
「ーーーー諦めますか? 」
「諦めーー、ません。ちゃんとやります……。」
それは大学入試ならまだしも、大学卒業で出るようなーー高校生では解くことも不可能の難題だった。
「(ーー私は出していませんが……。この子ならーーと、期待してしまいますねーーこの子はこの学園が最も学業に力を入れていたとする世代において、首位に身を置いていたあの人の子供……。おっと、おいてと置いてを掛けてしまいました)」
「(何でーー? 何でこれ解けないの? 習ってない公式でもないのに……。)」
涙目になりながら問題を計算し、紙に書き解こうとし続ける教師も期待するこの生徒は、この問題がここにいる教師でも他の教師でもない、今朝のよく知らない男生徒が悪戯や嫌がらせで写し書きをさせられたものだということを知らずに頭を抱えているのである。
事実を述べるのならば、全く習っていない公式を当て嵌めて解くもので、そもそもその公式を習ってすらいない者には解くことはおろか理解すら難しく、所謂ちんぷんかんぷんなものだった。
「(解けるってわかるのに、何かが引っ掛かってて解けない〜……。どうして? 解けるはずなのにぃ〜! )」
公式を新しく作り出して滅茶苦茶にしなければならない為、答えを書けずにいた。
しかし、その滅茶苦茶にするとも思える公式が、合っているのだ。
そして時間も刻々と過ぎ、教師が帰れずにいるのは自分が居るからだと分かっていて、諦めてそのまま考えていた公式を使い計算式と解答を書き込み、教師に提出した。
「さて、解答はーー」
「先生、すみません! 失礼します! 」
「待ってください、ーー待ちなさい。ここまで人を待たせたのだから、君も少し時間をーー……。」
「えっ? 先生、帰ってから見るんじゃないんですか? 」
「えぇ……。いつもならーー……。天成くん、合ってます。」
「はい? 」
「合ってますよ、この公式ーーこの式はどこで覚えました? 君のご両親から教わりましたか? 」
「いえ、先生ーー僕が教わってないこと、知ってますよね? 」
「えぇ。君が両親とは離されて生きてきたことも、本当は母親は死に、父親は失踪ーーの様な状態であることも知っています。知っているんです、実はーー、私はーー……。」
「先生? ーーあぁあ、電話だっ! あいつからーー! 」
通話ボタンを押すと、『はーやーくー来ーないと〜お前の分のアイスは無いっ!! 』という親友の声が電話機から発せられた。
「アイスが無くなるっ!! じゃあ僕はこれで! 提出はしましたからーー! 先生、待っていただいてありがとうございましたっ! 」
最後の方は早口になりながらバタバタと教室のドアを出ていく自分の実子を、教師は呼び止めることが出来ずに黙って見送った。
「……。せっかちなのは、僕似ですかーー? (息子ってまた言えませんでしたよ、天照さん……。)ーーいえ、私似と言うべきでしょうかーーあぁ、もう、貴方が居ないせいですよ? 」
教師は窓から見える月夜を見上げ、想いを馳せているようだった。
「(天照という名に不釣り合いなくらいーー貴方は月が似合っていましたね。否、初めの頃の天照さんからは遠いーー遠くなってしまったからでしょうか? 我々の輪廻転生も、曖昧になりましたね……。)」
教師は癖で溜め息を吐いてしまいそうになるのを一息に変え、ネガティブになりそうな思考ごと払った。
「(危うくあの子に月夜なんて名前を付け掛けましたよ……。月読は私だと言うのにーー)」
丁度、陰陽で力のバランスが良く釣り合いが取れるからと見合いをさせられてからーーあれから幾年月日が過ぎ去っただろうーーと、それは幾年ではなく、幾百年という膨大な歳月だということも判っていながら、つい幾年と使ってしまったと独り言ち、教師は提出された息子の宿題を大切に持って教室を後にした。
「アイス溶けた? 」
「まだ買ってないーーこれから買うけど、何にする? 」
「やったぁ〜! アイスぅ〜! 」
「ナイスゥ〜、って言った?」
「ううん、アイスって言った。」
「ぁ、アイスか。な〜んだ。ナイス〜だったら面白かったのに」
「ーー面白いこと好きだよね、本当に……。」
「好き。面白いことが。ーー何か面白いことないかな〜? 」
「面白いことーーあ、」
「ーーある? 」
「面白いーーかは、分からないけど、……。君なら面白いって言うかもーー学力高いし……。」
「? ーー学力高いと面白いーー? 何か問題ーー、これか……。どれ〜、どんなーー」
「解いた? 」
「うん、一応……。」
「解けた? ーー解けたかぁ〜、この問題! 」
「ふぇ? 知ってるの? 」
「他のクラスで、大学の問題が流行っててさ〜、これ、その大学問題だよ。」
「えーー? 」
「しかもこれはーー高校生じゃ解けないーー……。大学生でも難しいかもーーな、そんな問題のやつ」
「へ、え? そんな問題だったのーー? 」
「うん。そのはず。俺が言うんだから間違いない〜。」
「ーーえぇ〜? じゃあその流行りの問題を先生が出したの? 」
「いや、出されてないかな……。」
「え? 」
「クラスの問題ーー宿題は、ここまで。後の問題は、多分写し間違いか混ざったんじゃない? 今朝のあのーーなんか見たことあるんだかないんだかみたいなあの人がさ、間違えたんだよ、きっと! 」
「見つけたぞ、天照、やっとーー」
背後ーーアイス屋の入り口を入ってすぐ、天成たちの後ろに背の高いスラッとしたけれど体格の良い男が呟いた。
「へ? 」
「わっ!? え!? 」
男の呟きは天成に対するものだった。天成は手を掴まれ声を上げていた。
「これで、帰れるーー! 」
「て、天照ってーー」
「天照さんって……。確か、天成のお父さん? 」
「そのはずーー……。あの、似ているんですか? 僕ーー息子なんですけど、その人のーー、天照さんの」
「息子ーー? いや、お前は天照のはず、お前が天照だ、そうだろ? 」
そんなに似ているのだろうか? ーーと、つい小首を傾げた。
「違うって! ーー言ってるじゃん! 」
天成の手から男の手を振り払い、天成と同じ位の小柄な背丈で天成を庇うように、前に出て間に入り男を見据えた。
「こいつは天成。天照さんの、息子。で、俺の親友だから! だから、絡まないで。」
「違うーー? 今回もか? なら俺はーーどうして……。帰れないーーお前を連れ帰るまでーーッ! 息子でもいい、来いッ!! 」
背の高い男は、ブツブツと呟いたかと思えば言葉を放ちながら腕だけで親友を押し退け、再び天成の腕を掴み引っ張った。
「!? 」
「やめろっ!! 離せっ!! 誰かっ!! 友達がーー攫われっーー!! 誘拐だっ!!! 」
連れ攫われる天成の体にしがみつき、自らの方へ引き戻しその場に何とか留める親友。
「誘拐ーー? 違う……。連れ帰るだけだーー俺は天照のーー」
不意に掴む腕の力が抜け、男は天成を見て立ち止まった。
「(父さんのーー?)」
「ーーそうだな、誘拐でいい。別に、構わない……。天照とはお前らみたいな、友達ーー親友だった……。ただ、それだけだ……。」
男が天成たちを目に映し、フッと小さく笑った様に見えた。
「ーー親友ってーー……。それだけってーー、それだけで!! そいつを攫って良い理由にはならないだろっ!! 」
「なる。それだけの理由があれば、あいつはーー天照は納得する。」
「(天照さんが納得してもーー! )」
「そいつが納得しないだろっ! 離せよっ! どこに連れて行くんだーー!! 」
「何処ーーか。ここではない“世界”だ。」
“いけないーー! それは、駄目よ……。お仕置きが必要ね? ”
魔女の声が遠くーー別の世界から響き聞こえたと同時に、パキンと何かが割れるような音がした。
「っ、(胸が熱いーーっ)!? 」
天成の体が炎に包まれ、燃え上がった。
「何ッ!? ーー、天照の炎か……。俺を妨げるーー否定するか……。なら、荒っぽくなるぞ、良いな? 天照! 」
「何か分かんないけど、その炎でやっちゃえ! 天成っ!! 」
「このーー炎で!? 」
相手には攻撃のようにダメージを与えているらしい炎が、自分には熱くーー暖かく溶けていくように体を癒していた。
2025.10.30




